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マイナンバー制度は、違憲です。
直ちに、廃止されなければなりません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151006-00000043-asahi-soci
(以下は、コピーです)
消費者庁は6日、マイナンバー制度に便乗した不審な電話で、関東在住の70代女性が現金数百万円以上をだまし取られたと発表した。全国の消費生活センターなどにはマイナンバーに関する不審電話などの相談が約20件寄せられているが、金銭被害が確認されたのは初めて。

 発表によると、公的な相談窓口を名乗る者から女性に電話があり、偽のマイナンバーを告げられた。その後、別の男性から電話があり、「公的機関に寄付をしたい。マイナンバーを貸してほしい」と言われ、教えた。翌日、今度は寄付を受けた機関を名乗る者から、「マイナンバーを教えたことは犯罪にあたる」と言われ、記録を改ざんすると称して金銭を要求され、郵送と手渡しで現金を計2回渡したという。

 消費者庁は「劇場型の詐欺と考えられる。マイナンバーを貸してほしいといった依頼は詐欺の手口。不審な電話はすぐに切ってほしい」と呼びかけた。  


Posted by いざぁりん  at 22:48

2015年10月06日

トリセツ / 西野カナ

Posted by いざぁりん  at 01:27
口止め工作?
http://www.news-postseven.com/archives/20150926_353336.html
(以下は、コピーです)
 栃木県佐野市にある児童数70人あまりの小さな小学校に子供を通わせる母親のA子さんとB美さんが相次いで自殺したのは今年4月中旬だった。

 A子さんは自宅で首を吊り、小4の愛娘に発見された。A子さんの葬儀には親友であるB美さんが出席し、「私がA子ちゃんの代わりに子供のことを守る」と弔辞を述べたが、A子さんの死から1週間後に自らも首を吊って命を絶った。

 B美さんの近隣住民が声を震わせる。

「その日、B美さんの小学生の娘が“学校から帰ったらママがいない”と知人を訪ねてきた。知人が一緒にB美さん宅まで行って物置を開けると彼女が首を吊っていた。子供にはあまりにむごいことで…」

 連続自殺を報じた読売新聞の栃木県南版(7月3日)によると、A子さんとB美さんの子供は学校で所持品を隠されるなどのいじめを受け、不登校になった。A子さんとB美さんがいじめた子の母親に「やめてほしい」と改善を訴えると、他の母親たちからLINEで陰口を叩かれるようになったという。

「B美さんは亡くなる前日、PTA総会に出席していました。そこである母親から突然、『あなたはどうするの?』と言われたそうです。B美さんはその数日前に亡くなられたA子さんととても親しかったので、“A子さんは自殺したけれど、B美さんはどうするの?”という意味だと捉えて凍りついたそうです。B美さんはその後、泣きながら帰られました」(別の近隣住民)

 自殺後、市教育委員会には「B美さんは、学校に強い影響力を持ち、母親グループの中心的な存在だったXさんとトラブルを抱えていた」という情報がもたらされた。市教委によってXさんとB美さんの遺族が話し合う場が設けられたという。

 この「ママ友LINEいじめ連続自殺」騒動を7月中旬に本誌が報じて以来、女性セブン編集部にはかつてないほどの意見、問い合わせ、そして情報提供が寄せられた。

「地元では“誰がマスコミにしゃべったんだ”と犯人捜しが行われ、保護者たちは“次のいじめのターゲット”になりはしないかと戦々恐々としていました。

 そんな中、この夏休みにXさんを中心にしてママ友や子供たちの食事会が開かれたそうです。“まさかこんな時に…”と誰もが思ったそうですが、誘われた保護者は“参加しないと目をつけられるのではないか”という恐怖心から平静を装って出席するしかなかったそうです。結束を固めて“事件”の口止めをしようという思いもあったのかもしれません…」(近隣学校の保護者)

 参加した誰もが騒動の話題を避け、食事会はゾッとするほど穏やかに進行していったという。
  


Posted by いざぁりん  at 01:26
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151004-00000064-mai-eurp
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キリスト教カトリックの総本山バチカン(ローマ法王庁)は3日、同性愛者であることを公言した法王庁職員、ポーランド人のハラムサ神父(43)を解任すると発表した。ハラムサ氏はカトリックの教義を担当する法王庁教理省職員を務めていた。

 ハラムサ氏は3日付の新聞インタビューで「私は同性愛者だ」と告白。スペイン人男性のパートナー同席のもとで同日、ローマで記者会見を開き、「教会は同性愛者の苦しみに目を向けて」と訴えた。バチカンではちょうど、カトリック聖職者270人などが現代社会における家族を巡る問題を話し合う世界代表司教会議の開幕(4日)を控えていた。

 バチカン報道官は「その(司教会議の)前日にこのような発言をするのは極めて重大で無責任。会議をメディアの圧力にさらそうとするものだ」とハラムサ氏の言動を批判した。

 カトリックの教えは男女による結婚を神聖視しており、同性愛者をどう処遇するかは教会にとって近年の大きな課題になっている。

 フランシスコ・ローマ法王は9月下旬の訪米中、同性愛者のかつての教え子と旧交を温めた一方、同性カップルに結婚許可証の発行を拒否した地方公務員とも面会した。  


Posted by いざぁりん  at 01:26
2歳児程度ということは、小動物程度に、人工知能は発達したことになります。
やがて、大人の人間を越える日が来ると思います。
ロボットが人間に牙をむくことは、有り得ると思います。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11998521.html?rm=150
(以下は、コピーです)
 人間の作ったロボットが人間を攻撃し始めるのは、SF映画の定番だ。源流の一つに、チェコの作家チャペックによる戯曲「ロボット」がある。なぜ人間に刃向かうのか、彼ら自身が語る理由が不気味だ。「あなた方がロボットのようではないからです。……ロボットのように有能ではないからです」(千野栄一訳)▼ロボットの頭ログイン前の続き脳となる人工知能の進歩がめざましい。この分野への投資は世界的なブームとも聞く。明るい未来につながるのだろうか。一方で警戒する人もいる▼「完全な人工知能が開発されれば、人類の終焉(しゅうえん)を招くかもしれない」。名高い宇宙物理学者ホーキング博士が、英BBC放送に語っている。知力で勝る人間は多くの生き物を圧倒し、絶滅させた。同じことが起きないとも限らないと▼人間を超えたものに人間はどう映るだろう。人工知能の取材を重ねてきた米国のジェイムズ・バラット氏は近著で大意こう推し量る。「あなたが、ネズミが看守の牢屋で目を覚まし、自分がネズミに作られたと知ったら、どういう感情を抱くだろう。畏(おそ)れ? 敬愛? きっと違うだろう」▼もっとも現場の研究者に聞くと心配する水準ではないという。学習能力は「まだ2歳児程度」の声もある。だが、2歳児と比べられるところまで来たと見ることもできる▼大人になって、我々を超えるのにあとどのくらいだろう。いい助っ人でいてくれるのか。忘れていけないのは、巨大な技術はときに私たちに牙をむくということだ。  


Posted by いざぁりん  at 01:25
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151004-00000001-maiall-soci
(以下は、コピーです)
<高齢化社会>増え続ける「キレるオヤジ」の理由

 17歳前後の少年による犯罪が相次いだ約15年前、新聞や雑誌などでは「キレる若者」との見出しがあふれた。その後、「キレる」現象は高齢者にも広く見られ、作家、藤原智美さん(60)が「暴走老人!」を著したのは2007年のこと。今や、通勤電車やコンビニなどで「キレるオヤジ」に遭遇するのはさほど珍しいことではない。激高はどこから来るのか。彼ら自身の問題なのか。時代の、社会のせいなのか。その理由を探った。

 この夏、こんな場面に出くわした。東京・地下鉄東西線の車内で70代と思われる男性が突然、「おい、ずれろ!」と若い女性に言い放った。白髪、銀縁メガネのスーツ姿。謹厳実直そうに見える男性の表情は険しかった。車内が混んでいるのに、女性がスマートフォンをいじったまま全く動かず、車両の奥へずれないことに腹を立てたらしい。女性が舌打ちしてにらみ返すと、男性は「なんだ!」とさらに声を荒らげた。

 「ずれろ」を「少しずれてもらえる?」にしていれば何も問題はなかったはず。周囲に聞いてみると「キレるオヤジ」の目撃者は多い。

 「友人とジョギング中、自転車に乗った年配男性から『邪魔だ!』と大声で怒鳴られた」(37歳・会社員)

 「電車に駆け込み乗車しようとして間に合わなかったおじさんが『開けろよ!』と怒鳴り、ドアを蹴っていた」(31歳・女性会社員)

 「スーパーで50代くらいのサラリーマンふうの男性が、同じ年代の店員を怒鳴り続け、謝っても許さない態度が異様だった」(55歳・情報技術のエンジニア)

 憤怒、あるいはキレた中高年の数を正確に把握する統計はない。犯罪白書などによれば、暴行容疑で検挙された65歳以上の男性は年々増え、13年は2834人。10年前の6・6倍だ。憤怒すなわち暴行とは言えないが、この増え方は一つの参考にはなるだろう。

 キレる原因は何なのか。藤原さんが、まず挙げたのは、言語力の老化だ。「人は体だけでなく思考や会話する力も老化する。定年などで引退した男性は、夫婦二人暮らしか(離婚や死別による)単身生活者が多い。会話が格段に減り言語力が衰えるため、地域などで新たに人間関係を築けない。老人会の組織率が低いのは、男性のコミュニケーション力が落ちたのもあるはずです。孤立し自暴自棄になった中高年の男性が、積年のストレスを電車などで暴発させてしまうのでは」

 藤原さん自身、言語力の老化を自覚している。「僕は講演や取材でよくしゃべりますが、それが途切れ、3、4日たつと途端に言葉が出なくなる。妻との会話では他人を説得する訓練にならない。他人と接しないと、議論というステップを踏まず、いきなり感情を爆発させてしまう」

 とはいえ、老いて黙する人は昔もいた。笠智衆(りゅうちしゅう)や佐分利信(さぶりしん)といった名優が、老境、寡黙の美学のモデルでもあったが、彼らはキレそうにない。

 「プライドの社会学」の著書がある奥井智之・亜細亜大教授(57)がこう解説する。「昭和の頃は、定年から死を迎えるまでの期間が短く、残された時間、死と対峙(たいじ)しようという美学があった。だが、今はむしろ死をタブー視しているところがある」

 今の定年者に待ち受けるのは死までの長い時間と不安、年金を使わせる消費社会だ。「何を目指すのかという老後の羅針盤、老いのモデルがない。高齢でもエベレスト登頂を果たした人や生涯現役の医師の『若さ』はもてはやされても、ただ老いてゆくのはマイナスでしかない」と奥井さんは指摘する。「かつてのオヤジはヘアトニックのにおいに、ようじをくわえてと、一種コミカルに見られていたが、今は高齢者の体そのものが嫌われる一方、若さにこびる商品が売られる」。老いが疎まれ孤立化するから、怒りが爆発するのか。

 藤原さんは、高齢者を取り囲む社会の変化に目を向ける。「かつて高齢者は少数の弱者であり、賢者という社会認識が広くあった。でも今は非正規雇用の若者など弱者の枠が広がり、高齢者は相対的に埋もれてしまった。経済、精神が疲弊し、社会に余裕がなくなり、高齢者はかつてない過酷さにさらされている」

 過酷さをあおるのがマニュアル社会とIT(情報技術)の浸透だと、藤原さんはみている。

 「マニュアル化が進んだコンビニでは店員だけでなく、客も店に応じてキャラクターを演じないといけない。素早く代金を払い、店員と会話をせずさっと去る。でも、夫や父親、会社員しか演じたことのない人に、電車内やいろいろな店と細分化された新たなキャラを演じ分けるのは難しい」

 3世代世帯が減り、家で「おじいちゃん」でいられるのは幸運な人。地縁、血縁、社縁が衰え、高齢者に与えられた役は演技が下手なエキストラくらいか。

 さらに高齢者を追い込むのが、ネットでの人間関係だ。「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での交流が当たり前となり、今やメールも古びた。電話はさらに少数派、いきなり自宅に手紙が来たら怪しいという社会で、おいてけぼりを食っているのが今の高齢者」と藤原さん。スマホを見つめる群衆の中で自分の存在は無となる--。

 「混雑する駅のホームでふざけあう男子中学生に出くわし、思わず声を荒らげてしまった。自分でも思いがけず、生理的な反応だった気がする。近ごろは外出時に怒りっぽくなった自分を意識することが多い。残された時間が少なくなった焦りかもしれない。ただ、世の中に居場所が少ないような気がしてならない……」。66歳のドキュメンタリー映画監督の言葉だ。

 こうした叫び、暴力を、藤原さんは世の中に対する「警笛」だと言う。有毒ガスなど異変に敏感な「社会のカナリア」ということだ。

 ことを中高年の問題として片付けられるのだろうか。過去20年のマニュアル、ネット社会の進展を見れば、今の若い世代が中高年になる頃、人間関係の手段は想像がつかないほど変わっている。彼らの置かれた環境が今以上に過酷になれば「キレるオヤジ」そのものが標準化する。そんなこともないとはいえない。

 藤原さんは処方箋をこう語る。「今はやりのコミュニケーション力の押し付けは一種の集団主義で、個性と対立するものです。それよりも、なぜコミュニケーション不全を起こすのか、その起点はどこにあるのか。中高年だけでなく若者を含めた社会全体がもう一度見つめ直さなければいけない。キレる原点がどこにあるのか。その片りんでも暴き、近未来のあるべき人間関係を考えていかなければ悪くなる一方です」  


Posted by いざぁりん  at 01:24

2015年10月06日

動物愛護法

こちらです。
http://aigohou.doginfospace.com/1syou/
(以下は、コピーです)
 第一条  この法律は、動物の虐待の防止、動物の適正な取扱いその他動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止することを目的とする。
 第二条  動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。   


Posted by いざぁりん  at 01:24