京つう

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国政と地方自治は繋がっているので、地方自治体の選挙では、当然に国政の課題が問われなければなりません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160207-00000033-kyt-l26
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 任期満了に伴う京都市長選は7日、投開票され、自民党、民主党、公明党、社民党府連が推薦する現職の門川大作氏(65)が、いずれも新人で共産党が推薦する元労組委員長の本田久美子氏(66)、元京都府議の三上隆氏(85)を破り、大差で3選を果たした。門川氏は厚い支持組織に支えられて安定した選挙戦を展開し、前回選より約3万2千票多い25万4545票を獲得。本田氏に倍近い差を付けた。投票率は前回より1・09ポイント減の35・68%で、過去4番目に低かった。
 3期目に向け、門川氏は「133の市民への約束を掲げて選挙を戦った。しっかりと実行し、仕事で市民にお返しをしたい」と決意を述べた。
 政党レベルでは1993年選挙から7回連続で「非共産対共産」の対決構図となった。門川市政の2期8年の評価や中小企業振興、四条通歩道拡幅や景観規制のあり方、福祉の充実などが争点となった。各党は夏の参院選もにらみ、激しい論戦を繰り広げた。
 門川氏は経済界や連合京都、各種団体で構成する「未来の京都をつくる会」を選挙母体に、有効求人倍率の上昇や「保育所待機児童ゼロ」などの実績を強調し、市政の継続を訴えた。
 京都府との協調も掲げ、経済界なども一緒に「オール京都」で文化庁の移転や北陸新幹線の誘致に取り組むとアピール。昨春に大渋滞を引き起こした四条通の歩道拡幅で批判も招いたが、市議会与党の市議らが支えて組織を固めた。
 今後、市の財政状況が厳しい中、いかに財源を確保し、公約を実現するか手腕が問われる。
 開票は午後9時20分に始まり、門川氏は全11行政区で本田氏を上回った。東山区を除く10区で前回から上積みして得票を伸ばした。
 本田氏は共産推薦候補を擁立してきた「民主市政の会」と京都総評で構成する「憲法市政みらいネット」が選挙母体。「戦争法(安全保障関連法)廃止」を前面に掲げたが、国政課題を市長選の最大争点とする手法には批判もあり、支持は広がりを欠いた。「革新市政」を経た1980年代以降、共産が単独推薦した候補では過去最低の12万9119票に終わった。
 三上氏は知人らでつくる「世界平和の会」を選挙母体とし、「京都から世界平和を発信する」と訴えたが、約1万5千票の獲得にとどまった。

▽京都市長選開票結果(選管最終)
当254,545 門川 大作 無現
 129,119 本田久美子 無新
  15,334 三上  隆 無新
・門川 大作氏(かどかわ・だいさく) 1950年、京都市生まれ。立命館大二部法学部卒。市教育委員会に入り、市教育長を経て2008年2月の市長選で初当選。世界歴史都市連盟会長、中教審臨時委員を務める。京都市中京区西洞院通二条上ル。当選3回。
  


Posted by いざぁりん  at 00:30
マイナンバーは、直ちに廃止しなければなりません。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&id=3841132&from=pickup_news
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◇多いのが「ゴミと一緒に捨ててしまった」など


 静岡県警会計課は、昨年1年間に遺失物届を10万5548件受理したと発表した。2014年に一部遺失物の届け出書の作成が省略されたことから前年より1万2354件減少したが、昨年10月に郵送が始まった「マイナンバー通知カード」で早くも100件を超える遺失届が出ていた。


 マイナンバー通知カードの遺失届は123件。うち16件はその後自分で発見し、9件が持ち主に戻ったが、98件は現在も発見されず「調査中」のままだ。18件を受理した静岡中央署では「家の中で無くした」「ゴミと一緒に捨ててしまった」というケースが多かった。同課は「悪用の恐れもあるので、気をつけてほしい」と呼びかけている。


 県情報政策課によると、通知カードを紛失した際は、市役所など住民登録のある地域の窓口で対応する。盗難など悪用の恐れのある場合は、再交付の手続きが可能という。


 届け出の多かった遺失物は▽キャッシュカード(3万2817件)▽財布(2万3565件)▽運転免許証(2万3552件)--など。全体の26.6%が拾得されて持ち主に返還され、15.9%は自分で発見した。浜松市で昨年4月、600万円の現金をなくしたという届け出があったが、現在も見つかっていないという。  


Posted by いざぁりん  at 00:20
こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160202-00023363-jprime-ent
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ベッキー、ゲス川谷と結婚を熱望「仕事辞めたい」で引退も

 ベッキーが窮地に立たされている。ファン離れも一気に加速しており、テレビCMは差し替えられ、インターネットのCMは削除された。スポンサーとの契約も一部が打ち切り、残りは契約更新がなされないという。

 そして、いちばん危惧されていた、出演番組の降板という事態が今、彼女を襲っている。

 『週刊文春』で最初の“不倫報道”が出たのが1月7日。その前日に緊急記者会見を開いたベッキー。会見では涙を浮かべ、沈痛な表情で、「お付き合いはしていない。友人関係です」と、川谷絵音との不倫交際を否定したのだったが……。

 最初の報道が出た翌々週、21日発売の同誌で、再びベッキーと川谷の『LINE』でのリアルなやりとりが明らかになると、彼女に対して好意的だった人たちが一斉に距離を置くようになった。

 この報道で、ベッキーが築き上げてきた“明るくて聡明な優等生”のイメージは一気に瓦解することに。

「彼女が出演しているテレビ局には連日、抗議の電話が殺到しているといいます。本人はやっとコトの重大さに気がついたのか、食事もノドを通らないくらい、憔悴しきっているようです」(スポーツ紙記者)

 そのため、自ら地上波5本の番組の出演休止を申し出た。

「残りの番組はまだ4本ありますが、それも同様に検討されています。ベッキーが画面から消える日は近いと思います」(前出・スポーツ紙記者)

 “不倫交際”といえば、思い出されるのが元モーニング娘。の矢口真里。当時は矢口もCMや番組をすべて降板、その後ワイドショーに出演し、再起を図った。

「この出演は非常に評判が悪く失敗でした。そのため復帰には時間がかかってしまいましたが、その後“ぶっちゃけキャラ”を生かして共演者にイジられるようになり、今は徐々に復活しています。しかし、ベッキーの場合はキャラ的に難しいでしょうね」(ワイドショースタッフ)

 彼女は再び笑顔でファンの前に戻ってこられるのか?

「事務所は川谷と別れるようにさんざん説得したようですが、本人は絶対別れないと言っており、結婚を熱望しているようです。仕事を辞めたいとも言っているようで、芸能界を引退して結婚ということも考えられます」(前出・ワイドショースタッフ)

 一方の川谷は“両成敗”となるどころか、テレビ出演も増え認知度もアップ。しかしベッキーとの今後については、こう語っているという。

「思っていたより大ごとになってビビってしまい、周りには“もう別れようかな”と言っているようです」(レコード会社幹部)  


Posted by いざぁりん  at 00:20
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160207-00000098-spnannex-ent
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 ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音(27)との不倫疑惑騒動のため休業したタレントのベッキー(31)がパーソナリティーを務めるTOKYO FM「ベッキー♪GO LUCKY」(日曜前9・30)が7日、オンエアされた。同番組が14日に終了することが明らかになってから初の放送。いつも通り、明るく番組を進行。番組終了や騒動には触れなかった。

【写真】ベッキーについて語った大竹しのぶ

 また、太田胃散が冠スポンサーだったが、ベッキーのCMはもちろん、代わりに流れていた本仮屋ユイカ(28)や河北麻友子(24)のCMも放送されず。CMがない異例のオンエアとなった。

 途中、北朝鮮による“ミサイル”発射のニュースが重なる一幕もあった。

 休業は所属事務所が5日、文書で正式発表。1月30日付で、期間は明かさなかったが、関係者によると、年内いっぱいに及ぶ可能性がある。

 レギュラーを務めたテレビ番組10本の休演は、既に各局が発表。唯一残っていたのがこのFMラジオで、14日で終了。騒動の影響で、番組が打ち切られるのは初となった。

 この日のオープニングは「最近、お水を探しています」。年中、白湯を飲んでいるといい、九州の温泉水を取り寄せていることを明かした。

 リスナーの「オススメのお一人様メニュー」には「1人用の鍋を買うのがいいかもしれません」と答えた。

 また、小売店で働く女性の「ウソをついてまで商品を取らせようとするメーカーの営業の人」に対する悩みには「世の中には心でお仕事をする人と、頭でお仕事をする人がいると思うんですよ。心のやさしさは大切にしつつ、売上のことだけ、自分のノルマだけ考えている人には強い心で、ビジネスな心で接するといいんじゃないかなと思います。切り替えをしていくといいんじゃないかなと思います」とアドバイスした。

 曲は「LinQ」「ONE OK ROCK」「DREAMS COME TRUE」をかけた。  


Posted by いざぁりん  at 00:19
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160205-00010000-socra-bus_all
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あるセブン店、日販80万円が30万円割れ、倒産状態に

集中出店の弊害 200m内出店でトドメ

 集中出店に押しつぶされそうになっているセブンーイレブンのオーナー、多摩真一氏の話を続けよう。
 妻がガンの手術を受け闘病生活を送っていた真っ最中の2011年11月。200メートルの至近距離に新規出店(ドミナント)され、トドメを刺された。これで日販30万円に落ちた。
 過去3回のドミナントで回復できないほどのダメージを受け、廃業寸前に追いこまれていた。いまでは日販28万円(1月半ば)まで激減した。
 そのときの心情を多摩氏が打ちあける。
 「私がどうしても許せないのは、女房がガンで手術して、入退院している月なのですよッ、もう知らんぷりして新店を作ったのですよ! お見舞いもない。それが絶対許せないッ! ガンといったら死ぬ覚悟ですよ、店も(経営に)困って、女房も(ガンに)困って、仕事が手につかない。そんなときドミナントですよッ!」
 年中無休の24時間店を運営するだけで並大抵ではない。親が死んでもまともな葬式があげられない。今はコンビニだらけでアルバイトの奪いあいとなり、従業員も集まらない。最低賃金が上昇して人件費もキツい。
 ふつうの24時間店では、オーナー夫妻のほかアルバイト従業員が20人ほど必要だ。深夜の防犯対策や労働基準法を守ろうとすると、最低でも18人のバイトがいる。それで人件費は月120~140万円かかる。多い店では150万円以上使っている。
 それが多摩氏の店では、オーナー自身月530時間(1日約18時間)店に入り、ガン手術後に再発の不安を抱える妻が300時間(1日10時間)働き、後は4人のアルバイトできり廻す、全国で最も苛酷といえるようなシフトを強いられている。
 月の人件費はなんと40万円(時給950円、一人深夜では2000円加算)。ふつうの店の3分の1だ。今月はもっと厳しく30万円台になりそうだ。こうした状態が数年つづいている。これはもう、いつ過労死してもおかしくないレベルだろう。
 もし、直営店方式でセブンーイレブンが24時間営業をしたら、私の試算では人件費は6600億円になり、本部の利益は吹き飛び、確実に赤字だ。オーナー夫婦に代わる店長と副店長で年計2000万円、18人のアルバイトで月130万円。合計は年3550万円、それが1万8600店だから、約6600億円になる。
 多摩氏の労働実態を知ったあるオーナーがこう証言する。
 「530時間?うゎぁ、凄い!!オレも毎日14時間働き、10年以上休みとってないけど、ウチよりひどい人がいるのだ!もう地獄ですねぇ。ウチの近くでも去年11月にオープンしたコンビニ『セーブオン』のオーナーが売上を20万円も取れず、2週間で夜逃げしている。逃げなきゃあ、自分が死んじゃうから。セブンーイレブン・ジャパン(セブン本部)から2号店をやらされた人なんか、日販30万円ですから。それで店長を雇って、本部のいいなりのオーナーなので見切り販売もできないので大赤字ですよ」
 全国のドミナント被害に詳しい人物もこう指摘する。
 「オーナーさんが530時間も働き、人件費が40万円ギリギリだとは“殺人シフト”ですよ!命の切り売りをしているような状態ですよ。オーナーをこんな状況に追いこみ、まだまだドミナントするなんて、セブンーイレブンの自滅行為だと鈴木会長は分かってないのですかねぇ」
 ドミナントにはもう一つ、「懲罰」の意味がある。
 セブン本部に反抗的なオーナーを追いこんで従わせるのだ。それでも従わないと、最悪の場合、売上不振やささやかな理由で契約を解除し、チェーンから追放する。オーナーたちのクーデター潰しである。
 そのため週2回店を訪問するOFCは、常時、契約違反はないか、反抗的言動はないか、目を光らせ、監視している。これがセブンーイレブンの暗部が40年も世間に知られることのない理由の一つでもある。
 多摩氏も「鮮度管理違反」と「見切り妨害裁判」と「見切り販売」の3点で睨まれていた。こうしたセブンの手口は、先に佐々木則夫のインタビューでも明らかにした。
 最後に多摩氏が仰天の事実を打ちあける。
 「私も、公正取引委員会の排除命令後(09年)、みんなで見切り妨害の裁判をやったのですよ。売り上げがこうだから見切り販売もやってます。それと15年前、販売期限切れの弁当を売って契約違反だ、と言われているのです。お客さんから『5分か10分過ぎただけだから売ってくれ』といわれて、売ったのです。たった1回。それを本部がどこかから聞きつけて、『契約違反だ!』と。それから毎週本部に呼ばれて、お偉いさん(神奈川地区最高責任者)の前で1カ月、説教ですよ。そこで出された条件が、『1年間、反省して何もなければ契約更新する』と。そんな弱みをにぎられて、何かあったら、『アンタ、鮮度管理の違反したね』と、昔のことを持ち出して責めてくるのですよ。十何年まえのことですよ、恐喝ですよッ、コレ! 私も気が小さいから(幹部たちに吊るしあげられたのがトラウマになり)本部から言われると威圧感があって何も言えなくなるのですよ」
 もちろん、こんな些細なことが契約違反の正当な理由になるはずがない
 だが、実はもっと驚くべき事実があった。何とセブン本部は、こうした事を理由にしてオーナーの名義を妻に切り替えているのだ。その際、生い立ちや経歴や反省の言葉を陳述した「念書」までとられている。
 もちろん、口下手で経営問題の詳細を知らない妻をオーナーにすることで、裁判などに訴えにくくする対策だ。「オーナーは奥さんだ。あなたは関係ない」と事実上の口封じといえる。
 当時はそこまで気が回らず受け入れてしまったという。従って多摩氏は、現在、法律的になんの権限もない「店長」なのだ。
 多摩夫妻は、景気のいいとき買った別荘を売却し、唯一の財産の自宅も売らなければならないところまで追いこまれている。銀行ローンもまだある。わずかな国民年金も支えである。フランチャイズの名の下で、こうした不法行為が堂々と繰り返されていいのか。

(「集中出店の弊害」の連載は今回で終わりです)

■渡辺 仁(経済ジャーナリスト)
中小企業を含め産業界の動向にくわしい。長年、コンビニ問題に取り組む。著書に「セブンイレブンの罠」。  


Posted by いざぁりん  at 00:19
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セブンーイレブンでのドミナント(集中出店)の残酷さは、地域に一番乗りで出店してもすぐライバル店を出され、売上を奪われることだ。そこには先行者の権利も経営努力も一切守られていない。

 もちろん、契約に縛られ、OFC(週2回巡店する指導員)に監視され、経営の自由などもない。パイオニア店の苦労が水の泡となり、古いオーナー(地域ナンバーワン店)ほど報われず、使い捨てというよう扱いを受ける例が少なくない。

 私はこれまでの取材で、そんなオーナーたちの悲惨な声をイヤというほど聞いた。最悪、売上激減による経営苦に押し潰されたオーナーや妻が過労死したり、自殺したり、自己破産したケースをみてきている。

 なぜ、オーナーたちの命を奪うほどの出店をセブンーイレブンは繰り返しているのか。理由は単純だ。ドミナントがチェーン本部の利益を上げるのに有効な戦略だからだ。これこそが売上を伸ばし、利益を最大化させる、最も手っ取り早く確実な方法だからである。 

 これがイトーヨーカ堂のような直営店だと、莫大な資金がかかり、出店リスクが高い。また、いったん業績不振になっても簡単に閉鎖できないし、リストラも大変だ。社会的影響も大きい。現実問題、今、イトーヨーカ堂は40店もの大閉店・大リストラに踏み切ろうとして苦労している。

 (加盟店主が全責任を負う)フランチャイズ方式だと、セブン本部にリスクがほとんどないのだ。出店を規制するフランチャイズ法もない。店を増やせば増やすだけ、売り上げが上がり、利益もとれる。

 そのうえ苛酷な年中無休の24時間営業を押しつけられ、事実上の労働法逃れ(大半の加盟店のオーナーが従業員であったら労働基準法違反となる労働条件で働いている)ができる。“一石二鳥・三鳥”のおいしいビジネスだ。

 そもそも労働組合(セブンイレブン・ジャパンには鈴木会長の大反対で労組がない)があったら今のような、オーナーや従業員には非人間的にみえる24時間営業は簡単ではなかっただろう。

 前2回の連載で紹介してきた多摩真一氏(仮名)のケースがその典型例だ。

 28年前、彼がセブンーイレブンを開業した時は、近隣にはファミリーマート1店だけだった。もちろん、当時は今と比較にならないほど景気がよく、いわばコンビニブームの走りだった。

 立地条件は三等地だったが、多摩氏の店が繁盛していれば、ライバルチェーンが狙ったのも当然だろう。

だが、それ以上にこの15年ほどの間に2キロ四方でセブンだけで8店、ローソン、ファミマを入れると15、6店もひしめく過密市場となったのだ。人口1万数千人の商圏なので1店あたり1000人ほどと全国平均(2300人)の半分以下だ。

 セブンーイレブンだけで、98年の新規出店を皮切りに翌99年、08年(専修大学内)と、500メール四方に出店され、完全にセブン店で包囲されてしまった。

 多摩真一氏が怒りをぶちまける。

 「ふつうに考えて、1店あったところにもう1店出すと、売上が半分になりますよ、日販60万円が30万円に。それが3店、4店増えるのですよッ! こんなことあり得ないですよ!  いいですか、ローソンやファミマなら、まぁ、競合だからしょうがない(と諦めもつく)。売上も全国平均(日販65万円)以上ならしょうがない、と思うじゃないですか、下がっても10万円ぐらいだろうと。そうじゃないのですよ、私の店はッ! (ピークは日販80万円台だったのに)全国以下の40万円、50万円まで落ちてしまったのですよッ! そんな店の近くにバカスカ作るバカいますか? 仮に(売上が)30万円に落ちても、まぁ、1カ月我慢してくれッ、というなら我慢しますよ。それが(1回ドミナントされると)毎日毎日、何年も(相手が潰れるまで)続くのですよッ!その消えたお金(減収分)はどこにいったかというと、(ライバル店の売り上げとなって、結局)全部、本部にいってるんですよッ!!」

 だが、それ以上にぜったい許せないことが起こった。

多摩夫妻には子どもがいない。コンビニ経営が二人の人生であり、生き甲斐だった。その妻にガンが発見されたのだ。2011年6月のことだ。

 コンビニ経営で妻の存在はクルマの両輪である。24時間店は妻がいなくては廻っていかない。それを見込んでフランチャイズ募集では夫婦ペアが最低条件である。

 そのかけがえのない妻が生きるか死ぬかのガン手術だというのに、セブン本部からは見舞いの挨拶もねぎらいの一言もなかった。

 それどころか、入退院でバタバタしている真っ最中、最後の新規出店を仕掛け、二人を絶望のドン底に突き落とした。血も涙もないとはこういう仕打ちをいうのではないだろうか。
  


Posted by いざぁりん  at 00:18
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セブンイレブン、再建した店のそばに容赦なき新規出店

集中出店の弊害 過労死寸前のオーナー

 セブンーイレブン・ジャパンのドミナント(高密度集中出店)戦略の洗礼を受けた古参オーナー、多摩真一氏(仮名、60代)の半生をみてみよう。

  一本気でガッツがあり、一般のコンビニオーナーとはまったく違う異色の経営者だ。社会人のスタートが証券会社のセールスマンで、社長賞をもらうほどのスゴ腕だった。

 実家が製菓業だったので、若いころから独立心が強く、30代でミニストップ池袋北口店の成功報酬型の「雇われ店長」となり、コンビニの世界に入った。それ以来34年、コンビニに人生をかけた大ベテランだ。

  ミニストップ時代は、ヤクザのたまり場で一般客に敬遠されていた不振店を3年で建てなおした。ヤクザの出入りをシャットアウトし、一般向けにリニューアルし、ワースト10からベスト10の繁盛店に作りかえたのだ。最後はミニストップのパンフレットに載るほどのモデル店に変貌させた。最盛期は年収2000万円も稼いだ。

そこで蓄えた資金をもとに1988年、現在のセブンーイレブン店を約3000万円で買収した。この店も8年ほど日販40万円で低迷し続けたイワクつきの中古店だった。ミニストップで6年の経験があり、「コンビニの再建屋」としてウデ試しをしたかったのだ。

  この店は小田急線沿いだが、背後に山をかかえ踏切や陸橋で分断され、定住人口は1500人ほどで商圏としては最悪だった。苦戦が続くコンビニ店が多い現在でもコンビニ1店あたりの平均人口が2300人であることかららみても、いかに恵まれていないかが分かるだろう。

唯一のとりえは近くに専修大と明治大があり、世田谷通りのロードサイド店であることだ。このためクルマ客が見込めて学生客も引っ張れる。だが、駐車スペースがなく、いわば路上駐車で買い物をしなければならない。

そんなハンディを背負った店だったが、「こんな商圏でやれるのは俺しかいない」と、再建屋の血が騒いだという。当時、新築だと1億円かかるといわれており、安い価格も魅力だった。

そんな三等地商圏をどう切りひらいたのか。秘策は池袋でもやった宣伝チラシをポストに投げこむポスティング作戦だった。

  「店が立ち上がるまで、月2回、毎回1000件ぐらいチラシ配りをしましたよ。バイト2人を連れて家や団地を廻ったのです。コピー代で1、2万円、バイトの日当で1万円ほどかかったけど、客を引っ張るのはこれしかない、とね。ポスティングなどコンビニオーナーは誰もやりませんよ。この店は前のオーナーが選んで作ったので、セブンーイレブン・ジャパン(セブン本部)が市場調査したわけではなく、責任がないのです。だから必死でした」

  6、7年と地道なチラシ配りを続け、顧客名簿を集めた。その甲斐あって日販も60万、70万と伸び、最高80万までいった。うなぎセールスでは全国1位、新茶セールスでは全国6位(関東1位)、クリスマスケーキなど400個売り、イベントに強くなった。最後はオーナー仲間が、「ノウハウを教えてほしい」と言ってくるようになった。

 それが暗転したのが、開業10年目の近隣へのセブンーイレブンの新規出店だった。セブン本部は毎年の実績をじっくり観察しており、「これならもっといけるぞ」と判断したのだ。

 多摩真一氏は98年11月の新規出店を悔しそうに、こう語る。
「もう、挨拶もなにもなくいきなりですからねぇ。新規出店を知ったのは、(商品搬入の)運転手さんからですよ。『こんどセブンができるのですね』、『ナニッ!』っと。寝耳に水ですから、怒って本部にクレームをつけると、『ああ、作りますよ。いやだったらやめろッ』、『(売上が落ちるのは)オマエのやり方が悪いッ!』と、こうなるのですよ。話し合いもなにもない。発覚したのは全部できた後。ドミナント(高密度集中出店)すると、配送コストが安くなる、とかいうじゃないですか。そんなのキレイ事、ぜんぶ本部の都合ですから、既存店のオーナーにとっては、サギにしかみえません」

 私がセブンーイレブンOBに取材したところ、「新店で日販80万円いったら追加出店する」と、リクルーター(新店開発社員)とOFC(店舗指導員)で暗黙の合意ができていたという。当時はまだ、半径1キロ内には新規出店しないと決まりがあったのに。

 これが多摩夫妻を過労死寸前に追いこむ、連続4店のセブンーイレブン出店の始まりだった。

  


Posted by いざぁりん  at 00:17