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http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20160218-00054511/
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奨学金というリスク 中嶋よしふみさんの批判にこたえて

中嶋よしふみさんというファイナンシャルプランナーに、奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。という記事で、「大学教授を辞めろ」と言われた。ご本人が私が大学教授を辞めない理由 奨学金制度を批判する自由と義務という記事に、「何を言いたいのか、どこを批判してるのか前々理解出来ない(笑)」(ママ)とつぶやかれて、困惑されているようである。ごめんなさい。であるなら、さっさと反論しておく。トンチンカンな論理にいちいち反論するのも面倒だったし、そういう行為は下品かと思って躊躇していたのだが、よく考えれば、そもそも売られた喧嘩なのだから、遠慮することはないと思い直した。

■奨学金は大学を支えている。で? それが?

中嶋さんには、社会構造とか社会制度、社会システムという考え方はどうもないらしい。

私は日本で、多くの学生が奨学金を借りなければ、大学に行けない現状を憂いている。ヨーロッパの多くの国では、授業料がほぼ無料である。そうでない国では給付の奨学金がある。高等教育は社会の平等と結び付けられて考えられており、中嶋さんが絶賛している日本学生支援機構の理事長のインタビューのタイトルにある「努力次第で上に行ける平等社会」に対する一応の合意がある。

ところが残念ながら、「『日本は』努力次第で上に行ける平等社会だ」という理事長インタビューのタイトルのほうには、とても賛同できない。他ならぬ中嶋さん自身が「大学進学者の2.6人に1人、金額で言えば毎年1兆円以上の奨学金が貸し出されている」と指摘されているように、多くの学生が奨学金を借りなければ大学に進学できないというシステムが出来あがっているからである。それは公費が大学に投入される比率が著しく低いことと関係がある。国立大学の授業料もうなぎ登りにあがっており、文部科学省は学費を私立大学並みにする試案を出している。どうも今回は本気らしい。

大学授業料における公費負担の比率が著しく低いのは、韓国と日本とアメリカである。OECD諸国の平均は、72.6パーセントであるというのに、日本の公費負担は32.2パーセントにすぎない、というのは、以前に大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たちに書いたとおりだ。こうした状況は「政策的に」作られている。社会制度は変更可能である。現状を批判することには意味があり、「現状では奨学金は大学を支えているんだから」といわれても、「で? それが?」としかいいようがない。
高等教育段階の教育支出の公私負担割合の状況 文部科学省説明資料 財務省HPより高等教育段階の教育支出の公私負担割合の状況 文部科学省説明資料 財務省HPより
日本学生支援機構の第二種奨学金の金利は、いちおう上限3パーセントである。中嶋さんは、私の勤務先のホームページで、それよりもずっと条件が悪い「政策金融公庫やオリコ・ジャックスなど、明らかに機構より返済条件が悪いものも紹介されている」ことをもって、「大学自身が借金の案内をしている事をどう考えているのか」と批判される。何度もいうようだが、そういう事態を憂いているのである。ついでにいえば、政府金融公庫やジャックス、オリコは「教育ローン」であるが、奨学金と同列に並べて語っているあたり、中嶋さん自身が、奨学金はローンと同じであるときちんと理解されているのではないか。のちに「借金を奨学金と呼ぶことはおかしい」という批判に対する日本学生支援機構の理事長による反論の言葉を引用していらっしゃるけれども(大学のホームページでは、奨学金と教育ローンを、いちおう峻別してある)。

日本学生支援機構の金利は実際には3パーセントまではいかないといっても、ほかの「奨学金」の金利には、例えば5パーセントというものがある(教育ローン金利援助奨学金)。3パーセントどころではない利率である。もちろん、だからといって、「日本学生支援機構の奨学金は素晴らしい」という結論にはならないが。

中嶋さんは、なんでそこまで日本学生支援機構の奨学金を誉めそやすのだろう。『日本の奨学金はこれでいいのか!-奨学金という名の貧困ビジネス』(奨学金問題対策全国会議編。あけび書房)を読めば、奨学金の恐ろしさは、まさに延滞にある。ネットでも同様の事例は溢れている。中嶋さんは、奨学金の取り立てを強化すべき理由。で、日本学生支援機構の奨学金を、

返済に困っている人には返済期間の猶予や収入が一定額に達するまでは返済を猶予する仕組みもある。民間の教育ローンと比べても貸し出しの条件は良くて金利は極めて低く、奨学金の存在を悪者かのように考えるのは明らかに間違っている。

出典:奨学金の取り立てを強化すべき理由。
と書かれているが、私にはとてもそうは思えなかった。

日本学生支援機構は2010年に「債権管理部」を設置し、回収を強化している。延滞が3か月に達すると、延滞者の情報は個人信用情報機関(全国銀行個人信用情報センター)に登録され、5年間はローンやクレジットカードの審査に通らなくなる可能性が高くなる。4か月に達すると延滞債権の回収を債権回収専門会社に委託、9か月になると裁判所に「支払い督促」を申し立てられ、その後は差し押さえや提訴が始まるのである。延滞すると延滞金の金利は10パーセント(現在は、批判を受けて5パーセントに改められた)。猶予期間は1回きりで、5年のみ(10年に改められた)。

2004年以降、回収金はまず延滞金、そして利息に充当されている。2010年の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円であり、なによりもこれらの金は、経常収益に計上され、原資とは無関係の(!)、銀行や債権回収専門会社にもいっているのである。そして、一度滞納すると、滞納金、利息、元金の順に減っていくため、元金はなかなか減らない。これは酷い。

元本163万円、延滞利息(年率10%)152万円の計315万円を払えという支払督促を受けたAさん(年収100万円)の事例は、驚くべきものである。Aさんは、20年前に奨学金を、無利子のもの130万円と、原則返済免除になる「特別貸与奨学金」57万円の計187万円を借り、給与口座からの引き落としで返済は終わったと思い込んでいた。ところが実際には、二度続けて残高不足の月があり、それが理由でその後、口座に残高があっても引き落とせない状態になっていた。そのために、特別貸与奨学金の返還義務まで発生してしまった。この間、日本育英会(日本学生支援機構の前身)からの連絡はなかったという。法テラスで相談して、315万円の請求のうち、220万円は10年の時効が過ぎているという事実がありながら、機構側は支払うように求めてきていたことにAさんは気付くことができた。Aさんの場合は、減額が可能になった幸運な例ともいえる。支払い猶予は存在しているが、遡及的には適用されない。手続きを忘れて、とにかく延滞金を払うようにと取り立てられる事例は事欠かないようだ

出典:「奨学金『取り立て』ビジネスの残酷」と『日本の奨学金はこれでいいのか!-奨学金という名の貧困ビジネス』より、簡単にまとめました。
中嶋さんは、私が大学の現状を憂いたうえで、「勤務校の名誉のために言っておけば、自分がかつて受けてきていないほどのきめ細やかな指導がなされているし、授業料以上の教育がなされていることは自負している」と書いたことに関して、「他の大学に対して極めて失礼かつムチャクチャな論を展開している」というが、その論理自体がまったく理解できない。勤務校の教育体制に瑕疵がないことを断ると、どうして他の大学に対して失礼なのだろうか。繰り返すが、私が問題にしているのは大学をめぐる「システム」の問題である。うちの大学だけがOKでほかの大学は全部ダメ、などと言っているわけですらない。どうしたら、このような読解が可能なのか。

■進学率50%は奨学金が支えている。それで?

文部科学省自体が、「日本の大学進学率はOECD各国平均に比べると高いとは言えない」といっている。
大学進学率の各国比較。文部科学省HPより大学進学率の各国比較。文部科学省HPより
大学進学率は、オーストラリアが96パーセント、ポルトガルが89パーセント、アメリカが74パーセント、韓国が71パーセント、日本が51パーセントである。中嶋さんは、この進学率を高い、というより、高すぎると評価されていらっしゃるようである。もしも進学率をあげたいのであったら、奨学金や授業料をめぐる制度を変革が必要なのは自明であるが、日本の大学進学率を下げたいと考えていらっしゃるのだったら、確かに現状のままでも構わないのかもしれない。

自分が普段ファイナンシャルプランナーとして教育費のアドバイスをする際も、限界まで奨学金を借りると良いとアドバイスしている。在学中は無利子で、なおかつ奨学金無しで支払いが可能でも、資金繰りの観点から貯金の取り崩し等はしない方が良いからだ。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
中嶋さんの認識には、ため息の出る思いだ。私の学生時代には、「無利子で借りられる奨学金を高額な利率の定期預金にぶち込んで、利息分を稼ぐんだ」という不届き者は確かにいた。しかし現在は、そもそも「取り崩す」貯金すらない世帯が増加していることを、ファイナンシャルプランナーならご存じない訳ではあるまい。無貯蓄世帯は3割を超えていたのではなかったのか。無利息で借りても、先述べたように延滞金が付くことを考えれば、奨学金にはリスクがある。多くの学生は、「奨学金を借りなければ進学できないから」という理由で、奨学金を利用して大学に来ているのである。少なくとも私の知り得る限りでは。

■利息が無ければ、学費が無料なら問題は無いのか? ってそんな短絡的なことはいいません。

千田氏としては、奨学金に利息がかかること、そして借金をしないと進学できないことが問題であるというのが記事で書きたかった本来の意図だのようだ。しかし、話はそれほど単純ではない。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
ええその通り。そんな短絡的なことは言ってはいません。利息がなくても高額な奨学金を利用しなければ進学できない社会は問題だと考えている。学費は公費で賄うほうが望ましいとは思っている。問題は、望ましい社会制度の設計である。

お前が給料もらっているのは、奨学金で学生が大学進学するからだろう。批判するなら辞めろという主張に関しては、反論をすでに書いたので、繰り返さない(残念ながら、ご理解いただけなかったようであるが)。

■国は大学に税金をつぎ込むべきか?って、日本の高等教育の公支出は、OECD諸国で最低レベルなのをご存知ですか?
各国の公財政教育支出の対GDP費 首相官邸HPより各国の公財政教育支出の対GDP費 首相官邸HPより

そもそも大学教育は世の中に役に立っているのか?多額の税金を投入するだけの価値はあるのか?という議論無しに、奨学金の問題は語る事は出来ない。奨学金の問題は学費の問題につながり、学費の問題は税金の話につながり、そして他の様々な問題に優先して大学教育に税金を投入するのであればそれだけの価値があると客観的に証明される必要があるからだ。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
教育は階層の問題、不平等の問題と切り離せない。ところが中嶋さんのいう「価値」とは何か。現在の大学進学率が50%を超えた結果、「日本は経済成長したのかと言えば、ずっと停滞を続けている。もちろんこれは様々な要因があるが、少なくとも大学教育が経済成長に確実に資すると言える状況ではない」という文章から見ると、どうも経済成長のことを指すようだ。がっかりする。社会的には教育は、社会的公平であり、正義の問題である。個人には学びの機会の問題である。

成果主義や能力主義がここ数10年の流行であるが、もしも能力主義を貫徹したい(できる)と仮定するならば、すべてのひとに等しい教育機会を与えることが前提となるだろう。それが業績主義(メリトクラシー)というものではないか。競争をうたうのであったら、せめて公平な教育機会が必要である。

中嶋さんは、大学教育が経済成長に資していない原因を、低学力の学生の入学に求めていらっしゃるようだ。

少なくとも大学教育が経済成長に確実に資すると言える状況ではない。その原因は大学の教育内容のみならず、中学レベルからやり直す必要があるような、大学に行く必要が無い、行っても意味が無い人も多数進学しているから、ということも理由の一つだろう。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
直前に「大学に通う意味についても、以前be動詞を教える低レベルな授業をしていると批判を受けた大学があった。しかしその大学の学長は『今の大学には中学レベルからやり直さないといけない学生が入学してきている、そのようなリメディアルと呼ばれる授業は公開されていないだけで難関校を含めたほとんどの大学で行われている』と批判に答えた」と書いていらっしゃるところから、難関校でも「レベルの低い学生」ばかりが入学しているのではと、推定されているのではないか。しかし難関校でリメディアルをするとしても、専門にかかわる部分の中等教育に関してのおさらいをしている程度のことだろう。これはゆとり教育によるカリキュラムの削減、大学入試の科目数の減少などから起こっていることであって、個々の学生に責任を負わせるのは、気の毒である。

何よりもbe動詞もわからない学生が、大学で学び直す機会を得たとしたら、それはそれで評価されるべきことなのではないか。教育を中嶋さんのような視点で語ることに、寒々とした思いしか抱けないので、また別途論じることにしたい。うんざりする。

■高卒では就職できない?って、1990年代に労働市場の変化が確実にありました。

中嶋さんは私が、高卒できちんと職がある時代が終わったと指摘したことに対して、「ついでのように高卒を見下すような書き方は、事実誤認の上に学歴差別としか言いようが無い酷い認識だ」と批判する。その根拠は、

50%程度の大学進学率を考えれば残り半数は中卒・高卒・専門卒・短大卒等で就職をしている。奇しくもこの記事を書いている時点で高卒の就職内定率が90%で25年ぶりの高水準であると時事通信で報じられている。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
ということであるらしい。眩暈がする。ひょっとして、そこらへんにある数字を切ったり貼ったりすることで、社会問題を語りつくせると思っていらっしゃるんでしょうか? 「トンチンカンな批判する前にまずは正確なデータを把握すべきだ」という言葉は、そのまま中嶋さんにお返ししたい。

1990年代に労働市場のありかたは、確かに変わった。日本社会では、学校を経由して就職が行われてきた。これは国際的にみても、顕著な特徴である。教育社会学においては、高卒の就職の研究の蓄積がある。高校と企業のあいだで就職のルートが確保されており、推薦指定校制と一人一社制によって支えられてきた。学業を真面目にコツコツとやれば、高校が就職を斡旋してくれる制度が存在したのである。高卒であっても、就職はほぼ保障されていたのである。

ところがグローバリゼーションの波と、日本型経営の終焉によって、こうした結びつきは崩壊した。高卒に仕事がない訳ではない。しかしもはや高卒に来る求人は、「現業」が多い。ホワイトカラーを望む学生たちの選好とはずれ、マッチングが上手くいかなくなった。その結果、高卒で就職できなかった学生が、仕方なく大学に入学するような事態すら起こっている。見かけの数字は、どのような就職であるかは何も語らない。社会システムをみなければ、こういった事態は把握できないだろう(これは別に私のオリジナルな意見でもなんでもなく、教育社会学の議論をまとめただけである)。

こうした1990年代における日本社会の変化と、奨学金の問題は、密接にリンクしている。終身雇用や年功序列、そして実際には新卒一括採用が行われる日本型経営では、いったん就職すれば、そのまま雇用され続けるだろうという見通しが立てられた。大学に行けば就職できるだろうという希望がもてた。ところが、山田昌弘さんが『希望格差社会』で「パイプラインの漏れ」と表現したように、教育や職業の接続はうまくいく保障がなくなったのである。

私たちの同級生の口からは、父親が苦学しながら大学を卒業し、その後コツコツと奨学金を返したというエピソードを何度もきいたことがある。しかしそれは社会問題とはならなかった。以前は大学を卒業したら、就職があり、そしてそのまま雇用され続けられるだろうという見通しが立てられたからである。

しかしもはや、就職も「運」であれば、そのまま働き続けられる見通しも定かではない。非正規雇用化とリストラが、あたり前になってきたからである。自分が正社員の職を見つけられるか、見つけられたとしても十分な給料がもらえるかどうかは、そしてクビにならないかはまったくわからない。しかし大学の学位をもっていなければ、雇用をめぐる競争にすら参加できないように思わされ、多額の奨学金を背負ったうえで、学生たちは勝負に出るのである。

大卒と高卒の生涯年収を比較すれば大卒の方が高い。これは今後も同じ状況が続くと思われるが、この話は個人の損得の話であり、公益ではなく個人の利益のために税金を今まで以上に投入すべきというなら、おかしな話になってしまう。

出典:奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。
教育はあくまで個人の損得の問題にすぎないのであって、公共的な色彩は帯びないのか。大学教育は、生涯賃金のためだけに必要であり、教育はなんら社会的な意味合いをもたないのか。中嶋さんにとって、「公益」と「個人の利益」とはどのようにわけられるのだろう。繰り返すが、このような土俵でしか教育が語られないことに、残念な気持ちになる。教育に経済的側面があるのは、事実である。しかしせめて社会的正義の観点からも、考えてみてはくれないだろうか。

■奨学金批判は辞めて建設的な議論を。 って、後半部分は大賛成!

建設的な議論には、賛成である。しかしまず、現在の日本社会で奨学金がもっている問題性を検討したうえで、始まるものだろう。奨学金批判をするなというのであれば、それより先の話はなにもできないと思われる。こんな大きな前提を押し付けらても、とても首を縦に振ることはできない。

長々とお付き合い、ありがとうございました。

【追記】

コメントを見て。確かに私の記事だけでは、奨学金の延滞料の問題がわかりにくいかもしれませんね。調べていて恐ろしくなり、あまりにも自明になりすぎました。中嶋さん自身も、「確かに奨学金の返済で困っている人は多数存在し、返還請求の訴訟は6000件を超えているという」とは認めています。「しかし多額の奨学金の裏には、親の収入減少、教育費に投入される税金が少ないという問題、就職後の収入の低さなど、様々な原因がある」とあっさりと切って捨てますが、訴訟が6000件というのは異常な数字のように思います。探せばたくさん出てくると思いますが、例えば返せない若者、急増中…奨学金訴訟が8年で100倍にのNever まとめなどでもそれはうかがえるのではないでしょうか。

日本学生支援機構自身の平成 25 年度奨学金の延滞者に関する属性調査によれば、

今回の調査から、400 万円以上の選択肢を増やした。

延滞者と無延滞者を比較すると、延滞者では「100 万~200 万円未満」と回答した者の割合が最も高いのに対して、無延滞者では「200 万~300 万円未満」と回答した者の割合が高い。全体的に延滞者より無延滞者の収入が多い。

出典:平成 25 年度奨学金の延滞者に関する属性調査
返還しているひともいないひとも、多くが年収300万円以下で頑張っており、年収300万円以下でもなんとか200万円あれば返せる、という状態が見て取れて、大変そうです。年収300万~400万円を超えれば、ほぼ延滞はなくなりますね。
延滞者と無延滞者の年収(平成25年度奨学金の延滞者に関する属性調査結果 日本学生支援機構HPより)延滞者と無延滞者の年収(平成25年度奨学金の延滞者に関する属性調査結果 日本学生支援機構HPより)
中嶋さんがいうように、経済的に困窮していても奨学金があるからかろうじて、大学に行けているひとがたくさんいるのが現状です。であるから、「大学教授は文句をいうな」というのか、「もっとよりよい社会制度を作っていこうか」と考えるのか、その差は大きなものであると思われます(2016年2月18日)。
  


Posted by いざぁりん  at 00:21
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http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20160211-00054313/
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体調を崩して大学を辞めたいという学生の奨学金の書類を見て驚いた。月々10万円、4年間で合計480万円を借りた結果、金利は3パーセントで、最終支払額が700万円を超えている。日本学生支援機構で借りた奨学金である。日本学生支援機構は、以前は日本育英会だった業務を引き継ぐ独立行政法人であり、大学生がまず奨学金を申し込むのは、ここである。

暗澹たる気持ちになった。就職先もなく、働ける見込みもないまま、結局700万円以上の借金を背負い、この学生の将来はどうなるのだろう。まさにマイナスからのスタートである。現在私が借りている住宅ローンは、変動金利とはいえ、金利が1パーセントを超えたことはない。住宅を購入するための金利をはるかに超える金利が、教育を受けるために課されている。驚くべきことではないか。もちろん成績優秀であれば、無利子で借りることも可能ではあるのだ。しかしそれだからこそ、有利子で借りる学生は「自分の力が及ばなかった」と自分を責めやすい。

教授会には、授業料の延滞者のリストが回ってくる。授業料の遅延者の氏名を知ったあと、どうするかは悩ましい問題だ。保護者のまったくのミスで授業料を払い忘れ、退学になった例もあるからである。しかし先生から、「授業料が振り込まれていないんだけど」とは言いにくい。毎回出てくる氏名には、気が付かないふりをするしかない。

かつて授業料を払えない保護者のために、大学がローン会社と提携して、紹介することになった。しかしすぐにそれはあまり意味がないことが判明した。大学の授業料を滞納する保護者の多くはすでに債務者であり、ローン自体が組めなかったのである。

考えてみれば当然である。親にとって、子どもの授業料はなにはともあれ払ってあげたいものだろう。それを滞納しているのだから、相当に行き詰っているのだ。

私自身は大学教育に意味があると思っている。それまでの教科書に沿った暗記が主となる授業とは違い、自分で考えること、批判的な精神、自由な想像力、そして一般的に教養と呼ばれるもの、そういうものを身に着けることができるところが大学である。もちろん、それは高校でも可能ではあるし、大学を出たからといってできるひとばかりではないだろう。それでも多くのひとが働いているなかで、4年間、いっけん「無駄」とも思える時間を過ごさせてもらうことは大切なことであると思っているのだ。そう思わなければ、大学の教員などやってはいない。

しかしこれほどの借金を背負ってまで行く価値のあるものかと問われると、歯切れは悪くならざるを得ない。以前のように高卒でも、きちんと職がある時代も終わった。大学を出ていたほうが、まだ有利ではあるだろう。しかし大学を出たからと言って、職があるという保証もない。この奨学金は、運よく一流企業に就職できたならば返還できる額だろうが、そうでなかった場合には、マイナスからのスタートである。まさに博打としか言いようがない。勤務校の名誉のために言っておけば、自分がかつて受けてきていないほどのきめ細やかな指導がなされているし、授業料以上の教育がなされていることは自負している。そこは自信をもって断言できる。しかし裕福ではない層にとって、大学進学自体があまりのリスクを抱え込むことになってきている。

私が大学教員になれたのは、日本学生支援機構の前身の日本育英会の奨学金のおかげである。借りた期間は短いものの、数百万円の奨学金を「貰う」ことができた。大学の先生という免除職につき、15年間連続して勤務した結果、返還義務がなくなったのである。かつての大学院の進学者を支えていたのは、この日本育英会の奨学金とこの免除規定である。しかし免除職の規定はなくなり、日本育英会もなくなった。小泉政権の「改革」の一環である。当時、「まだ公平な奨学金制度はなくすべきではない。社会の公正、格差の問題なのだ」と言ってはみても、「あんたみたいに貰い逃げする人間がいるから、無駄で不平等な制度だ」と周囲の反応は鈍かった。制度の改変とその結果の出現には、タイムラグがある。

近年は、「できる」学生は損得勘定をして大学院を選択しなくなってきた。優秀な人材が大学教員などにはならず、民間に流れる潮流は歓迎すべきことなのかもしれないが。

奨学金を貰ったあとの重苦しい気持ちは、いまでも覚えている。博士論文を書くときに逡巡したのは、論文内容よりもまず、博士号を貰ってしまい学籍を抜いてしまったあと、2年間で就職できるかどうかだった。2年間のうちに就職がなければ、免許規定が適用されず、職がないまま返還が始まってしまう。数百万円の借金を返還しながら、東京でひとり暮らしをしつつ、学業を続けていけるだろうか。心細さで、押しつぶされそうだった。働きたい気持ちはあった。でも就職先がない。

多くの学生に同じような気持ちを味あわせているとしたら――内心忸怩たる思いである。日本の大学の授業料の高さは、世界的にも異常である。ヨーロッパはほぼ無料に近い。しかも上昇を続けてきた国立大学の授業料を、私立大学並みにするという。日本の大学授業料の公費負担は32.2パーセントにすぎない。OECD諸国の平均は、72.6パーセントであるというのに(授業料や奨学金についての文部科学省説明資料はこちらを)。成績優秀な学生にひらかれていた、せめてもの進学機会すら、奪われようとしている。望ましい社会制度についての構想力を、私たち皆がもつ必要があるのではないだろうか。

【追記】幾人かのひとから、「金利3パーセントというのは理論上の話で、実際に適用される金利はもっと低いことが日本学生支援機構のHPに書いてあります。訂正してください」というお知らせをいただいています。私は実際に退学する学生の書類を見て、3パーセントの金利が適用されて返済額が700万円以上になっていることに驚愕し、むしろ後からHPで「確かに上限は3パーセントなのか」と確認しました。学生のプライバシーにかかわりますから具体的な状況は申し上げられませんが、複雑な事情のせいかもしれません。しかしもしも仮に金利が変動した場合の最大値が700万円越えだったとしても、困難な状況のなかで、印刷された書類で「その数字」を突きつけられた学生の絶望感は、想像してあまりあります。私も呆然としました。やはり奨学金というからには、無利子であることが望ましいという思いには変わりがありません。

【さらなる追記】日本学生支援機構に電話をしてたずねようと思っていたのですが、実際に勤務されていたという方からご連絡をいただき、ご教授いただきました(ありがとうございます)。貸与終了時の書類には、確かに利率3パーセントのケースが記入されているようです。なぜなら金利が変動した場合、3パーセントまで行く契約をしたのだという事実を踏まえ、最悪の可能性を伝えているということのようです。私も奨学金の専門家ではなく、書類をみて驚きました。実際にこれまでは最大利息の3パーセントが適用されてはいないということにホッとしたと同時に(過去ギリギリでも2パーセントを超えていないので)、誤解を招いたとしたら謝罪いたします。学生さんでも3パーセントの利息が適用されているとおっしゃっている方がいらっしゃいましたが、この書類をみれば、確かにそう思うかたもいるでしょう(仮に本当に3パーセントの利率が適用されることがないという前提に立てば)。ほかの民間の奨学金が3パーセントの利率をはるかに超え、留年した場合に返還の猶予もない(したがって成績優秀者以外は恐ろしくて推薦できない)ことに比較すれば、日本学生支援機構は「良心的」な奨学金ということが可能なのかもしれない。とまで書いて、やはり、そう書かざるを得ない日本社会の現状にため息をつかざるを得ない気持ちが正直なところです(2016.02.13)。
  


Posted by いざぁりん  at 00:20
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http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20160229-00000030-jnn-soci
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 奨学金を借りている人のおよそ30%が、「奨学金の返還が結婚に影響を与えている」と答えていることが分かりました。

 労働者福祉中央協議会によりますと、10代から60代の働く男女にアンケート調査を行ったところ、奨学金を借りている人のおよそ30%が、「奨学金の返還が結婚に影響を与えている」と答えたということです。

 また、奨学金返還の負担感については、非正規労働者では56%、正規労働者でも36.8%が返還を「苦しい」と回答しています。「やっと就職したと思っても安い給料で自立すらできない。進学前は希望でも卒業時は絶望に変わった」という回答もあったということで、「給付型や無利子型を増やすなど、現状に見合った奨学金制度を整えてほしい」としています。  


Posted by いざぁりん  at 00:20
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http://news.yahoo.co.jp/feature/118
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学生時代に借りた資金の返済が、卒業後も長期間、重くのしかかって生活を圧迫していく――。そんな奨学金制度の在り方が広く社会で問われるようになってきた。学ぶための資金が、なぜこんな問題を引き起こすのか。取材を進めるうちに見えてきたポイントがある。借りるときは学業を支援する「奨学事業」としての姿が前面に押し出され、20歳前後の若者に最大で月10数万円の資金を貸すという「金融事業」としての実像が見えにくくなっている点だ。借りたお金を返すのは当たり前だが、その大原則の周辺で生じる歪み。奨学金問題の歪みを追った今回は、埼玉県に住む1人の女性の話から始めたい。(Yahoo!ニュース編集部)

300万円の一括返済を迫られた

「裁判所から呼び出しがあったときは、すごいびっくり。人生、終わった、と」

そんな言葉が口を突いて出た。富田久美さん(仮名)、30歳。2Kのアパートで1人暮らしを続けている。

最初に裁判所から通知があったのは、2013年2月だったという。学生時代に独立行政法人日本学生支援機構(支援機構)から借りた総額316万円の奨学金。「毎月1万6000円の返済を20年間続ける」という約束が果たせなくなって返済が滞り、とうとう支援機構側が裁判所を通じて一括返済を申し立てたのだという。

最終的な手段として、裁判所を通じた「支払督促」が行われる(撮影:林建次)

一括返済の総額は、遅延損害金も含め、334万円になる。

富田さんは2003年春、東京の私立大学に入った。ところが、家庭の事情で、授業料が未納になってしまった。実家からの援助も途絶え、富田さんの日常は一変する。

学生課とも相談し、まず、支援機構の利子付き奨学金(第2種奨学金)を毎月10万円借りることにした。それでも未納の授業料や生活費をカバーしきれない。昼間は学校に行き、夕方からは飲食店でアルバイト。仕事は朝5時まで続き、少し仮眠してまた大学へ行く。1年間の休学もして進級に必要な学費を貯めたという。

大学時代に借りた奨学金がいまも富田さんを苦しめている(撮影:林建次)

結論から言えば、学業と学費・生活費稼ぎは両立しなかった。休学後にキャンパスへ戻ってくると、「なんで自分だけお金に苦労しているのか。ならば、その元を切ってしまえばいい」とも感じ、自らの判断で大学をやめた。その時点で支援機構からの奨学金は316万円。資格は「高卒」のままでありながら、重い負担が残った。

滞納の末「ブラックリスト」に

この30年間、日本では世帯収入が伸び悩む一方、学費は上昇を続けてきた。社会全体の貧困化も進み、若者の生活環境を直撃してもいる。親元を離れ、かつ、「親の援助」によって学生生活をまっとうできる若者は、限られた存在になりつつある。

毎年100万人以上の若者が奨学金を利用している

日本最大の奨学金実施主体である「支援機構」のデータによると、2015年度(平成27年度)の奨学金利用者は、全国で約134万人に上った。10年前の3割増、人数で言えば35万人も増えている。

一方で「延滞者」も目立ってきた。貸与奨学金は社会人になってから返済の義務が生じるが、支援機構のデータによると、3カ月以上の延滞者は約17万人にもなる。

奨学金の返済に追われている若者も少なくない(撮影:幸田大地)

それにしても、富田さんのように30歳にもなって、なぜ裁判所で支援機構と向き合うような事態が起きるのだろうか。実は、富田さんもそうだったように、支援機構は延滞者に対し、貸し金の返還を求め、滞納者には督促を行う。督促しても返済がなければ、裁判所を通じて返済を求める。このプロセスは、通常の貸金業務と何ら変わらない。

支援機構でこの問題を担当する石川和則課長は、こう話す。

「多重債務によって自己破産に陥ることを防ぐためにも個人信用情報機関に登録し、延滞情報を共有することで新たな貸し付けを防ぐといった教育的観点からです」

奨学金の問題が日々の生活に影響を与えることもある(撮影:幸田大地)

信用情報機関との情報共有――。つまり「ブラックリスト」への登録である。そうなると、借りた側はクレジットカードなどの利用が難しくなり、生活設計が大きく狂ってしまう。富田さんもその境遇に陥った。

そうした先に裁判所を介した「支払督促」がある。支援機構によると、その件数は2014年度だけで8495件にのぼる。

「入口と出口がねじ曲がっている」

「少しでも学びたい」「親に頼らず、卒業したい」という思いを抱え、20歳前後で「奨学金」に頼った人たちが後年、貸金訴訟の被告になってしまう。しかも、そのリスクは奨学金を借りるとき、ほとんど認識されていない。その点にこそ問題がある、と専門家は言う。

借りた学費を返すために食費を切り詰める人もいる(撮影:幸田大地)

聖学院大学のキャンパスは埼玉県上尾市にある。政治経済学部政治経済学科の柴田武男教授に話を聞いた。金融市場論が専門で、奨学金問題にも詳しい。

柴田教授は「奨学金の入口と出口がねじ曲がっている」が持論だ。どういう意味なのか。少し説明してもらった。

「(貸与奨学金は)10代の若者に何百万円の借金を無審査で貸し出すのです。どこの大学に行くかわからないし、まして(将来の)職業なんかわからない。だから入り口は奨学金の性格。ところが出口の返済になると、金融機関の論理がむき出しになる。ちゃんと返済しなかったら遅延損害金をつけますよ、払わなかったら裁判にかけますよ、親から取り立てますよ。まさに金融の論理になる」

奨学金を借りた者は月々の返済をしていかなければならない(撮影:幸田大地)

入口は学びを助ける奨学事業。出口の返済では、金融業。その落差が奨学金問題の根本にある、との指摘だ。

支援機構は一般の金融機関ではないが、貸付金の原資の6割を返済資金で賄っているという。支援機構にすれば、返済が滞ると、新たな奨学金を出せなくなるというジレンマがある。

奨学金の財源の6割が返還金で占められている

「奨学金という名前がよくない」

同じ埼玉県には、奨学金問題を考えるネットワークがある。弁護士を中心に2013年から活動を続けてきた。返済に苦しむ人たちへのアドバイスや駅頭での宣伝のほか、制度の改善策なども話し合う。

ある日の会合には、奨学金担当の高校教員も参加していた。

「4年間借りて(大学卒業後に)返済することになるけど、月々の返済額がいくらになるか、ほぼ分からない」と教員は明かす。進学に際して奨学金に助けを求める高校3年生自身、借り入れと返済の内容を把握できていないというのだ。

相談に応じる埼玉奨学金問題ネットワークの鴨田譲弁護士(撮影:林建次)

いくら借りて、いくら返すのか。それすら分からない状態で、「利子付き奨学金」の利用は始まり、若者を将来にわたって苦しめる、と同ネットワークのメンバーたちは訴える。

そのうえで、返済義務のない「給付型奨学金」の創設が必要だと強調した。同ネット事務局長の鴨田譲弁護士によると、経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国のうち、大学の授業料が無償の国は17カ国を数える。ちょうど半数だ。

さらに「給付型奨学金」をみると、国としての制度が存在しないのは日本とアイスランドの2カ国しかない。アイスランドは授業料が無償だから、「授業料有償+給付型奨学金なし」は日本だけだという。

約20年かけて、大学時代に借りた奨学金を返していく(撮影:幸田大地)

奨学金返済の悩みを抱える若者の声をもう1人紹介しよう。

千葉県に住む酒井弘樹さん(仮名)、23歳。大学卒業後、公務員になり、2015年秋から返済が始まった。手取り20万円ほどの給与から、毎月1万6000円が返済で引かれていく。返済総額は約404万円。250回払いで、完済は40歳すぎになる。

この月々の返済額、多いか少ないかは、人によって見方が異なるはず。酒井さん自身は就活で苦労したこともあって、フリーターの状況で返済するとなったら、自分も延滞しただろう、と感じている。けがや病気も心配だが、保険料を考えると、生命保険にも入れない。

酒井さんの返済が完了するのは40歳すぎの予定だ(撮影:幸田大地)

そしてこう付け加えた。

「奨学金という名前がよくない。お金で困っている貧困層の学生にお金を貸し付けますよ、ほかの民間より利率が安いですよ、というのであれば……。返せない方はそこを勘違いしてしまうのでは。『奨学金』だとお金がもらえると思ってしまう。自分もそうだった。安易だった」
  


Posted by いざぁりん  at 00:19
こちらです。
http://digital.asahi.com/articles/ASJ1Y5RC5J1YULFA03Y.html?rm=545
(以下は、コピーです)
 雇用を守るための公的なお金が、その趣旨とは裏腹に、人材会社のビジネスの道具になっていた。厳しい競争にさらされ「効率化」を追い求める企業。そして、過酷な雇用環境に追い込まれている働く人。その実態の一端が朝日新聞が入手した内部資料と取材で浮かび上がった。

リストラ誘発しかねない再就職助成金 支給要件厳格化へ

 昨年6月、製紙大手の王子ホールディングス(HD)の子会社で働く50代の男性は、会議室に呼び出された。2人の上司から「転職支援制度を受けてほしい」と切り出され、再就職支援の案内を渡された。

 その後も面談があり、上司は「会社にはいられない。今の給料が変わる可能性がある」。男性は賃下げと受け止めた。7月、上司は「会社に籍を置いたまま、人材会社へ行って転職先を探してください」と通告した。男性は断れないと思い、退職に合意。現在、人材会社で転職先を探している。ただ、提案されるのは給料がこれまでの半分程度の仕事ばかりだ。

 働き方改革の一貫として従来にはない雇用調整の手段として希望退職および退職勧奨を積極的に実施――。王子HDの内部資料には、こう記されていた。男性の2015年3月時点の評価は低評価の「D」。リストアップされた人は、「D」や最低の「E」ばかりだ。こうした人は「ローパフォーマー(ローパー)」とされ、退職勧奨の対象となった。

 王子HDによると、この退職勧奨で7月末までに辞めた二十数人分として、労働移動支援助成金を二百数十万円受け取った。王子HDは「業績の悪化で人員削減に取り組んだ。グループ内で活躍や能力発揮を期待することが難しいと判断した従業員に対し、新しい環境への転進を支援することが双方にとって最善の選択肢と判断した」とする。子会社は2年連続の赤字。一方、王子HDは黒字を確保し、16年3月期も前年比44%増の250億円の純利益を予想している。

 「(会社に残った場合)年収は300万円前後。そこまで下がっていくことだよ。底辺まで下げますよ」

 昨年11月、退職勧奨を受けた王子グループの男性は上司からそう迫られ、人材会社で仕事を探すよう指示された。「理不尽な理由で何回も繰り返し面談を受けた。孤立し、怒りで精神的に追い詰められた」。王子HDは11月の退職勧奨は、助成金を申請していない。

■人材会社がノウハウ

 かつて複数の大企業で明らかになった「追い出し部屋」。多忙な他部署への「応援」や自らの転職・出向先探しを仕事とし、従業員を退職させるためのこうした部署は消えつつある。この手法を違法とする裁判例もある。

 だが、代わって出てきたのは、個別に低評価の社員を呼び出して退職を促すやり方だ。今回、王子HDの退職勧奨を支援し、再就職支援業務を受託した大手人材会社テンプHDの子会社は「リストアップ方式」と呼ぶ。

 社内外に非公表で進めるため、対象者が誰か分からず、社員同士で団結できない。誰にも相談できずに孤立するため、精神的に追い込まれるのが特徴だ。

 テンプが作った「貴社人員適正化施策実施のご提案――戦力入れ替えのお勧め」と題された資料は、「ローパー」の判定基準としてチェックリストを提示している。また昨年、面談に臨む王子HDの幹部社員を対象に、「厳秘」と記された研修資料を示して、法律に触れない退職勧奨の方法を伝授した。

 テンプの関与はあくまで無料の「事前コンサルティング」だ。従業員の退職後の再就職支援でもうける仕組みになっている。資料には15年3月までの3年間実績で、大手企業など7社、計272人から退職の同意を得たとの記載がある。こうしたビジネスは広がっているとみられる。

 テンプの提案資料には「公的助成金受給指導」といった記載もある。ただテンプは「助成金の活用をこちらから勧めることはない。助成金は企業がハローワークと相談して活用を決めるものだ」とする。
  


Posted by いざぁりん  at 00:18
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160222-00000008-asahi-bus_all
(以下は、コピーです)
 事業縮小や再編で離職を余儀なくされた人の再就職を支援する国の助成金について、厚生労働省は4月から支給要件を厳格化する方針を固めた。人材会社が、企業にリストラ方法をアドバイスし、助成金が使われる退職者の再就職支援で利益を得るなどしているためだ。労働者を守るためのお金が、リストラを誘発しかねない仕組みになっている。

 支給要件を見直すのは雇用保険を財源とする「労働移動支援助成金」。企業が雇用を維持できない状況になった場合、労働者を速やかに再就職させるため、再就職支援を人材会社などに委託すると企業に支給される。委託時に10万円、6カ月(45歳以上は9カ月)以内に再就職が実現すれば委託費用の一部が支払われる。上限は1人につき60万円。

 厚労省が問題視しているのは、人材会社の関与だ。事業効率化を考えている企業に、人材会社が人員削減の手法を提案。上司が部下に退職を促す方法などを無料でアドバイスする。退職者の再就職支援は、同じ人材会社が引き受け、助成金が流れているという。「アドバイスは無料だが、最終的な利益は人材会社に入る仕組みだ」(厚労省幹部)。この仕組みだと人材会社の利益のために、必要以上のリストラが誘発されかねない。

 このため厚労省は、人材会社にこうした提案をしないよう求めたり、人材会社が関与していないことを助成金の申請手続きで企業に明記させたりすることを検討している。具体的な要件は3月末までに詰める。

 人材会社が関与したケースでは、企業が評価の低い「非戦力社員」をリストアップし、退職を迫っていた例があった。退職を勧めること(退職勧奨)自体は合法だが、何度も強く迫るなど強要すれば違法だ。退職を強要したと受けとられかねないような迫り方で、厚労省も雇用の安定を図る法の趣旨に照らして「問題なしとは言えない」(担当者)として、防止策を検討する。

 この制度は「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換を図る」(安倍晋三首相)ため、2014年3月から大企業も対象に加えるなど拡充された。予算規模も2014年度当初は前年度の150倍にあたる301億円に急増。15年度も349億円を計上した。ただ景気の回復もあり、14年度に使われたのは6億円にとどまる。


■退職勧奨を助成金で国が後押ししているようなもの

 〈国学院大・本久洋一教授(労働法)の話〉 本来は規制すべき退職勧奨を助成金で国が後押ししているようなものだ。企業が社員の再就職を人材会社に丸投げし、助成金を支給する形では、人材会社が得をするだけ。助成金が何にどう使われているかを調べるモニタリングも不十分で、無責任な支援策と言わざるを得ない。

 そもそも新卒一括採用や終身雇用が根強く残る日本で、人材の流動化を進める政策は合わないのではないか。外見だけ流動化を進めようとしても、流動化が進む欧米とは似て非なるものになるのは当然だ。  


Posted by いざぁりん  at 00:17
こちらです。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=3861540&media_id=227&from=category_news
(以下は、コピーです)
30人以上の取材で明らかになった「貧困女子」の5つの共通点

一定あるいはそれ以上の収入があるのに、クレジットカードの残債が減らない。給料日前にはカップラーメンなどで食いつなぎながら、身につけているのは高級ブランドの服やバッグ――。

都市部でそんな生活を送る“貧困女子”の存在がクローズアップされています。

多くの人々から見ればちぐはぐなお金の使い方で、「なんで?」と思うような困窮生活を送る貧困女子。その実態をつぶさに見つめたのが、『貧困女子のリアル』(沢木文著、小学館)です。

本書は、30人以上の都市部の貧困女子へのインタビューで、彼女たちの“心の欠落と闇”とその結果の“浪費”を浮き彫りにしています。

彼女たちの多くは、ごく普通に育ち大学や短大を卒業した、どこにでもいる女性たちです。それがなぜ、貧困状態から抜け出せなくなってしまうのでしょうか。弱さでしょうか? 甘えでしょうか? 決してそれだけではありません。

本書を通して見えてきたのは、彼女たちに共通する5つの背景でした。

■1:大きな借金

わかりやすいきっかけのひとつが、多額の借金返済に収入が追いつかないケース。

親の病気や失業で実家の住宅ローンを負担するような突発的ケースのほか、ギャンブルに依存する父親の借金を負担する、浪費癖のあるきょうだいの借金を肩代わりする、といった話も。

するとお金の問題に、家族に対する精神的な嫌悪感が加わり、それが本人の浪費など新たな闇につながっていくのです。

■2:依存体質

親への精神的な依存や恋人、恋愛依存が浪費につながるケースも。

厳しすぎる母親に愛されたいという深層心理から、母親にお金や高価なブランドバッグを渡してしまうという38歳の女性。月収が40万円程度ありながら常時15万円ほどの借金を抱えています。

自分の容姿に自信をなくし、イケメンの恋人を失いたくないばかりに、いわれるまま生活費やパチンコ代にとお金を渡してしまう35歳の女性も。相手に愛されることを自分の存在意義のように考えてしまい、ゆがんだ関係から抜け出すことができないのです。

■3:間違った金銭感覚

収入以上の派手な生活をやめられない“浪費女子”は、裕福な家庭に育ち、高学歴、キャリアを持つ女性の落とし穴です。

大手の広告代理店に勤務する35歳の女性は、抜群のルックスで幼いころから親や周囲、恋人から甘やかされ、正しい金銭感覚を身につけることができないままに大人になってしまったといいます。

高校時代から15万円のエルメスの財布を持つなど暮らしぶりは“貧困”とは正反対ですが、借金の額は膨らむ一方。借金がいけないという感覚が欠落しています。

長い間に身についた金銭感覚を変えることは難しいもの。現状に目を背けているうちは、悪循環から抜け出すことはできません。

■4:外見、階級へのコンプレックス

自分自身や置かれた環境へのコンプレックスから浪費が止められないのも、都市部の独身貧困女子に多く見られる傾向です。

20代のころに読者モデルとして活躍した34歳の女性は、年齢が上がりモデルの仕事がなくなった今も華やかな世界へのあこがれが捨てられず、ファッションや美容、モデル同士の女子会への支出で借金が膨らんだとか。

39歳の販売員の女性は、結婚を焦るあまりエステや脱毛、矯正下着といった支出がやめられず、月収32万円でもクレジットカードの残債総額は不明だといいます。

■5:将来への不安

働く単身女性の3分の1が年収114万円未満といわれる現在、非正規雇用で働き社会保険などにも加入していないワーキングプアの独身女性も少なくありません。

“派遣切り”や“雇い止め”の影におびえ、あるいは早朝から深夜に及ぶ激務、職場でのパワハラなどで疲弊し、年収は正社員の半分、ということも。

転職を重ねてもブラック企業の連続だったという36歳の女性は、契約社員として入社した職場で正社員の3分の1以下の給料で3倍働かされ、その挙句に3年目で契約が打ち切りになったそう。

ストレスと寂しさで浪費をやめられず、キャッシングは常に限度額いっぱいまで利用してしまうと話します。



著者は、彼女たち一人ひとりに丹念に話を聞き、貧困状態に陥ったきっかけや現在の借金額を具体的に聞き取っては、その都度統計データを引き、そうした状況が決して特別なものではないことを裏づけていきます。

読むほどに、いつ自分自身が陥ってもおかしくないとすら感じます。

なかには「依存体質」と「外見へのコンプレックス」など、複数の傾向を併せ持つ女性も。「わかっていてもどうすることもできない」ともがく貧困女子の問題の根深さを、著者は淡々とあぶり出していきます。

貧困女子を「理解不能」「自業自得」と断じる前に、ぜひ一読してほしい1冊です。
  


Posted by いざぁりん  at 00:17