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こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160717-00010000-bfj-soci&p=1
(以下は、コピーです)
トルコのクーデター、失敗の理由は「二・二六事件」 EUや中東に深刻な影響も

トルコで現地時間15日夜に起きたクーデターは「未遂」に終わった。

AFP通信によると、クーデターを制圧した軍は、クーデターに加担した104人を殺害したと発表。この他に警察官41人と民間人47人、軍将校2人の計90人が犠牲になったという。

アジアとヨーロッパを結ぶイスタンブールのボスポラス橋は一時封鎖されたが、16日未明に兵士たちが投降すると、市民たちは戦車によじ登り、解放を喜んだ。

エルドアン大統領は「政府が秩序を掌握している」と宣言。トルコ全土で1500人以上の兵士や将校が拘束された。

一時は首都アンカラで国会が砲撃され、イスタンブールでも国際空港に戦車が展開。CNNなど放送局も一時占拠されたが、事態は収束した模様だ。

BuzzFeed Newsはトルコやイスラム社会に詳しい内藤正典・同志社大院教授に取材した。

クーデター失敗の原因について、内藤教授は「二・二六事件 と同じ、一部の将校たちによる反乱だったから」と指摘する。

今回、クーデターに加担したのは、軍のごく一部にすぎない。トルコには陸海空軍に加え、ジャンダルマという治安維持軍がある。そのトップである参謀総長は、クーデターを起こした側に身柄を拘束されていた。

クーデターは軍の中でもごく一部にしか支持されていなかった。内藤教授は「軍人がやったからクーデターという表現が使われているが、国会を爆破したり、警察を襲撃したり、やったことは同時多発テロのようなものだ」と話す。
では、彼らはなぜ、反乱を起こしたのか。

「強権的な政治をするエルドアン大統領がトルコのイスラム色を強めることに対し、否定的な将校たち世俗主義派が起こした叛乱でしょう」

トルコではこれまでも3回、1960年と71年、80年に軍によるクーデターが起き、いずれも成功している。内藤教授が今回失敗した理由として、もう一つあげるのが「国民の支持」だ。

「大半が支持をしなかった。与党AKPは支持率50%以上ある。それに1980年のクーデターで悲惨な目にあった世代は反発するし、当時を知らない若年層は、知らないから惹かれる理由もなかった」
  


Posted by いざぁりん  at 13:54
日本もそうですが、トルコも、北朝鮮のような国になることを、目指すのでしょう?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160717-00000044-san-eurp
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トルコ軍の一部がクーデターを企て政権転覆を図ったことは、隣国シリアの情勢をめぐる苦境や、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)によるテロなどの問題を抱えるトルコにさらなる難題を突きつけた。エルドアン大統領は今後、軍に残る不満分子の排除や、クーデター計画の背後にいるとみなすイスラム団体「ギュレン運動」との政治闘争など、国内問題に神経質にならざるを得ず、それによる混乱がISや、敵対する少数民族クルド人系武装組織の掃討などに影響する可能性もある。

 トルコは昨夏、それまでは直接の対立を避けてきたISとの全面対決にかじを切り、以降、同国内ではIS系によるとみられるテロが頻発するようになった。直近では6月下旬、最大都市イスタンブールの国際空港で、IS系とみられる男3人による自爆テロがあり、40人以上が死亡した。

 同時にトルコは、非合法武装組織「クルド労働者党」(PKK)と激しく敵対。PKK系によるテロも各地で相次いでいる。

 こうした「二正面作戦」に加え、シリア内戦にも深く関与してきた。シリア難民の主要な受け入れ国ともなっており、国内には、内戦に深入りするエルドアン氏の外交姿勢に不満もある。

 現地報道によると、トルコ当局はすでにクーデターに関与した2800人以上を拘束。今後は決起した将兵や首謀者らの処罰などをめぐり混乱も予想される。

 政権側はクーデター計画について、エルドアン氏とは対立関係にあり、行政や司法界に根を張っているとされるギュレン運動の関与を指摘。16日には同運動に関係するとみられる判事ら2700人以上を更迭もしくは拘束した。

 今後は、政権による軍内部の粛清や、同運動との闘争激化は不可避とみられる。

 ただ、北大西洋条約機構(NATO)の一員でもあるトルコの安定は、対IS軍事作戦を進める欧米などにとって大きな意味を持つだけに、政権が国内の政治問題にかかりきりとなればIS対策などの遅れにつながる懸念も拭えない。  


Posted by いざぁりん  at 13:53
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160716-00000034-mai-int
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◇軍の反乱勢力がクーデターか

 トルコで軍の反乱勢力がクーデターを試みたのは、言論統制など強硬策を進めるイスラム系政党出身のエルドアン大統領への反発が背景にあるとみられる。「民主・世俗主義の擁護」を掲げて政権転覆を正当化しようとする手法は、過去に繰り返された軍の政治介入の歴史と重なる。地域大国トルコの不安定化は、隣国シリアの内戦など中東情勢にも影響を与える可能性がある。

 「民主的、世俗的な法治が現政権下でむしばまれてきた」。軍の反乱勢力は15日夜、国営テレビを通じて声明を発表し、クーデターを試みた理由の一端を明かした。

 トルコでは1923年に共和国が誕生。軍の幹部らは、「トルコの父(アタチュルク)」である初代大統領ムスタファ・ケマルと共に建国のために戦った軍の系譜を受け継いでいるとして、「民主主義の守護者」を自負する。こうしたエリート意識が、政治介入のハードルを下げているとの見方がある。

 60年、当時のメンデレス政権がイスラム化に寛容な姿勢を示し、野党や言論機関への弾圧を強めたのに対し、軍による最初のクーデターが起きた。翌年に民政復帰したものの、軍は71年にも、経済難や社会不安を理由に当時の政権に圧力をかけて退陣させた。

 さらに80年には、当時の2大政党の政治対立や過激派のテロを背景に、再び軍がクーデターを起こした。96年にイスラム系政党中心の政権が生まれると、世俗主義を重視する軍が翌97年に再び政治介入し、当時のエルバカン首相は辞任した。

 エルドアン氏の出身政党・公正発展党(AKP)が2002年に政権を握り、翌年にエルドアン氏が首相に就くと、経済発展を遂げ政権安定の基盤を築いた。相対的に軍の影響力に陰りが出始めた。

 10年の国民投票で軍の権限を縮小する憲法改正案が承認されるなど、国民の間でも、民主化への期待と裏腹に、「軍離れ」の傾向が見られた。憲法改正によって80年のクーデターを主導した当時の参謀総長の不訴追特権は剥奪され、後に終身刑を下された。

 エルドアン氏は首相退任後、14年に大統領に就任。大統領権限の強化を図り、政権初期に比べて、社会のイスラム化を進めているとの指摘もある。エルドアン氏と対立する米在住のイスラム教指導者ギュレン師の影響下にある主要メディアを政府管理下に置くなど言論統制も強めた。

 一方、トルコでは昨年以降、首都アンカラや最大都市イスタンブールで過激派組織「イスラム国」(IS)などによるテロが頻発。一時は、政府との和解が進んでいた少数民族クルド系の非合法組織「クルド労働者党」(PKK)との衝突も再燃した。隣国シリアからISの越境砲撃も続いている。クーデターを試みた軍の反乱勢力は、最近の政権運営や治安情勢に不安を抱いていた可能性がある。

 北大西洋条約機構(NATO)の一角を占め、シリア内戦の主要関係国でもあるトルコの不安定化は、地域情勢に大きな影響を与えかねない。トルコは南部のインジルリク基地を米軍主導の対IS有志国連合に提供する。米国防総省は「現時点でインジルリク基地への影響はない」としているが、先行きは不透明だ。政情不安に乗じて、ISやクルド人勢力がトルコ・シリア国境で実効支配強化を図る可能性がある。  


Posted by いざぁりん  at 13:52
政権の方が、テロっぽいです。
エルドアン大統領が、安倍総理に重なります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160717-00000011-asahi-int
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 トルコ軍は1960年、71年、80年と過去3回、クーデターなどで権力を奪取した。国是とする「政教分離」の危機、政党政治の混乱、経済の長期低迷など、軍は「このままでは秩序を維持できない」と判断した場合に実力を行使し、混乱を治めた上で民政に移管させる役割を担った。

 1923年のトルコ共和国建国以来、「建国の父」ケマル・アタチュルクが率いた軍は、厳格な政教分離で公の場から宗教色を排除する世俗主義など建国の国家原則の「守護者」を自任する。世俗主義は憲法にも明記された国是だ。

 ところが、2002年にイスラム保守の公正発展党(AKP)政権が発足。03年に首相になったエルドアン氏は、政治に介入しつづけた軍の力をそぐ闘争に着手し、両者の緊張は一気に深まった。

 AKP政権は国民の支持を得て長期安定政権を維持し、トルコは中東屈指の経済大国に成長。エルドアン氏自身も14年8月、トルコ初の直接選挙で大統領に当選した。エルドアン氏は国民の高い支持を背景に、自分に従わない軍幹部の追放に成功。軍が政治介入できる力は大きく弱まったとみられていた。

 AKPの事実上のリーダーとして実権を握るエルドアン氏は近年、公の場でもイスラム重視を語るようになり、世俗主義に反するとの批判を受けるようになった。こうした状況を危惧した軍の一部が、世俗主義の徹底を目指して、今回のクーデターを企てた可能性がある。

 トルコの地元報道によると、クーデターを試みた軍の勢力は、エルドアン氏の政敵で米国に亡命中のイスラム教指導者ギュレン師が提唱する「ギュレン運動」に傾倒していたと、閣僚らは主張している。だが、実際にどのような関係だったかは分かっていない。

 ユルドゥルム首相は16日、ギュレン師が首謀者だと非難。一方、AFP通信によると、ギュレン師は「(クーデターの試みに)関連して非難されることは大きな侮辱だ。そのような非難は断固として否定する」と述べた。

 AKP政権発足当初、エルドアン氏はギュレン師とイスラム重視で一致。軍の政治的影響力の排除などで同師の協力を得た。だがエルドアン氏が強権ぶりを発揮するのに伴い、ギュレン師は離反したとされる。

 13年には両者の対立は決定的になり、エルドアン氏はギュレン師を「国を乗っ取ろうとしている」と非難した。トルコ政府は昨秋、国家転覆を企てているとしてギュレン師の団体を「テロ組織」に指定した。


     ◇

 〈ギュレン運動〉 米国に亡命中のイスラム教宗教指導者ギュレン師を中心とする運動。公の場から宗教色を排除する世俗主義が国是のトルコで、世俗主義とイスラム教は矛盾しないとする穏健な思想を持つ。公的機関でのスカーフの着用や酒類販売の規制強化など宗教色を前面に出すエルドアン政権とは対立関係になった。  


Posted by いざぁりん  at 13:51
エルドアン大統領は、強権的です。
しかし、それを国民が支持するのは、日本と同じです。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160717-00000009-nnn-int
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 トルコで起きたクーデターの動きについて、政権側は事態をほぼ鎮圧したと宣言した。エルドアン大統領は対立する勢力への締め付けを強めている。トルコのイスタンブールから松永新己記者が中継で伝える。

 イスタンブール中心部のタクシム広場には深夜にもかかわらず数千人ものひとが集まっている。その多くが広場に集まるよう呼びかける政府のメッセージに応じたもので、手に愛国心を示すトルコ国旗を持ち、エルドアン大統領支持の声をあげている。

 軍の一部がクーデターを試み、首都アンカラや最大都市イスタンブールでは戦車や戦闘機が展開して激しく衝突した。この一連の動きの中で市民47人を含む90人が死亡したほか、クーデターを試みた兵士らも104人が死亡したという。

 トルコ在住の日本人夫妻「ガラスが揺れるぐらいの爆音。(Q.爆発も?)爆発も1回あったと思います。正直ちょっと怖いなと思いました」

 政権側は、クーデターの企てにはエルドアン大統領と対立するイスラム組織「ギュレン運動」が関わっているとしている。

 日本時間17日午前2時半頃、支持者らの前に姿を見せたエルドアン大統領は国民に連帯を呼びかけた上で、ギュレン師への攻勢を強めた。

 エルドアン大統領「ギュレン師がクーデターを計画していると私は言ってきた。クーデターが起きた今、
 今回のクーデターの背景には強権的な政治手法で権力集中を進めるエルドアン大統領への反発があったものとみられている。エルドアン大統領はこのクーデターの動きが起きたことを理由に、今後さらに対立する勢力への締め付けを強めるものとみられる。  


Posted by いざぁりん  at 13:51
トルコには、トルコの国粋主義者が多いってこと?
右翼国家???
国民の人権意識は希薄???
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160717-00010003-afpbbnewsv-int
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トルコ政府は16日、レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領に不満を持ち、政権転覆を試みた軍の一部勢力によるクーデターを鎮圧し、国政の制御を取り戻した。鎮圧後のイスタンブール(Istanbul)では、国旗を掲げた大勢の人々が、エルドアン大統領を支持する行進を行った。  


Posted by いざぁりん  at 13:50
外に出た方が、危険です。
大統領の感覚は、おかしいと思います。
選挙で多数派を取ったからとて、何をやっても良いという訳ではありません。
日本国政府も、選挙で3分の2を取ったからとて、何をやっても良いという訳ではありません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160716-00010003-afpbbnewsv-int
(以下は、コピーです)
トルコで15日、軍の一部によるクーデターとみられる動きがあり、イスタンブール(Istanbul)や首都アンカラ(Ankara)の路上には兵士の姿が見られ、戦闘機が低空を飛行した。

 ビナリ・ユルドゥルム(Binali Yildirim)首相は、政府権力の強奪を図る違法行為だと述べた。現地報道によるとトルコ軍は「国の全権を掌握した」という声明を発表した。声明によるとクーデターは「憲法秩序と民主主義、人権、自由を保障して回復させ、最高法規を全土にいきわたらせ、崩壊した秩序を回復させるため」に実行されたという。

 トルコでは過去数十年間に、軍のクーデターによる政権転覆が3度起きている。しかし専門家の間では、レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領の与党・公正発展党(AKP)は軍と良好な関係を保っているとみられていた。

 エルドアン大統領は国民に対し、外に出て抗議するよう呼び掛けた。大統領筋は「これはトルコの民主主義に対する攻撃だ。軍内部のグループが指揮系統から外れて、民主的な選挙で選ばれた政府を転覆させようとしている」と述べた。「軍が出したとされる声明は軍司令官の承認を受けていない。われわれは世界に、トルコ国民と連帯するよう求める」
  


Posted by いざぁりん  at 13:50
以下の解説は、分かりやすいです。
国際関係の複雑さが、見えてきます。
エルドアン大統領には、問題があります。
http://mainichi.jp/articles/20160716/dde/018/030/012000c
(以下は、コピーです)
トルコで軍の反乱勢力がクーデターを試みたのは、言論統制など強硬策を進めるイスラム系政党出身のエルドアン大統領への反発が背景にあるとみられる。「民主・世俗主義の擁護」を掲げて政権転覆を正当化しようとする手法は、過去に繰り返された軍の政治介入の歴史と重なる。地域大国トルコの不安定化は、隣国シリアの内戦など中東情勢にも影響を与える可能性がある。


 「民主的、世俗的な法治が現政権下でむしばまれてきた」。軍の反乱勢力は15日夜、国営テレビを通じて声明を発表し、クーデターを試みた理由の一端を明かした。

 トルコでは1923年に共和国が誕生。軍の幹部らは、「トルコの父(アタチュルク)」である初代大統領ムスタファ・ケマルと共に建国のために戦った軍の系譜を受け継いでいるとして、「民主主義の守護者」を自負する。こうしたエリート意識が、政治介入のハードルを下げているとの見方がある。

 60年、当時のメンデレス政権がイスラム化に寛容な姿勢を示し、野党や言論機関への弾圧を強めたのに対し、軍による最初のクーデターが起きた。翌年に民政復帰したものの、軍は71年にも、経済難や社会不安を理由に当時の政権に圧力をかけて退陣させた。

 さらに80年には、当時の2大政党の政治対立や過激派のテロを背景に、再び軍がクーデターを起こした。96年にイスラム系政党中心の政権が生まれると、世俗主義を重視する軍が翌97年に再び政治介入し、当時のエルバカン首相は辞任した。

 エルドアン氏の出身政党・公正発展党(AKP)が2002年に政権を握り、翌年にエルドアン氏が首相に就くと、経済発展を遂げ政権安定の基盤を築いた。相対的に軍の影響力に陰りが出始めた。

 10年の国民投票で軍の権限を縮小する憲法改正案が承認されるなど、国民の間でも、民主化への期待と裏腹に、「軍離れ」の傾向が見られた。憲法改正によって80年のクーデターを主導した当時の参謀総長の不訴追特権は剥奪され、後に終身刑を下された。

 エルドアン氏は首相退任後、14年に大統領に就任。大統領権限の強化を図り、政権初期に比べて、社会のイスラム化を進めているとの指摘もある。エルドアン氏と対立する米在住のイスラム教指導者ギュレン師の影響下にある主要メディアを政府管理下に置くなど言論統制も強めた。一方、トルコでは昨年以降、首都アンカラや最大都市イスタンブールで過激派組織「イスラム国」(IS)などによるテロが頻発。一時は、政府との和解が進んでいた少数民族クルド系の非合法組織「クルド労働者党」(PKK)との衝突も再燃した。隣国シリアからISの越境砲撃も続いている。クーデターを試みた軍の反乱勢力は、最近の政権運営や治安情勢に不安を抱いていた可能性がある。

欧米、対テロ影響懸念

 □米国

 米国政府は15日夜、トルコのエルドアン政権を支持する姿勢を明確に打ち出した。オバマ米大統領とロシア訪問中のケリー米国務長官は電話協議し、「トルコのすべての当事者は、民主的に選出されたトルコ政府を支援すべきだ」との考えで一致。ホワイトハウスが公表した。これを受けてケリー氏はトルコのチャブシオール外相と電話協議し、「支持する」と伝えた。

 情勢が不透明な中、オバマ政権が早々とエルドアン政権支持を強力に打ち出したのは、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を有志国と実施する米国にとり、トルコは極めて重要な役割を担っているからだ。

 □EU

 欧州連合(EU)は、エルドアン政権の強権的な姿勢に懸念を示す一方で、欧州と中東の中間に位置するトルコに難民問題やテロ対策で「防波堤」の役割を期待してきた。今後トルコ国内の体制が流動化することがあれば、欧州への影響も避けられない。

 EUとトルコは今年3月、トルコ国内にいるシリア難民への経済支援などの見返りに、ギリシャに入った「違法な移民」全員をトルコに送り返すという内容で合意。EUはエルドアン政権の表現の自由や人権を巡る問題に懸念を示しつつ、難民・移民問題の解決を優先した形だ。
  


Posted by いざぁりん  at 01:32
トルコに必要なことは、死刑制度の復活ではなく、国民間の対話です。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=4097102&media_id=168&from=widget&widget_type=1&widget_setting=0
(以下は、コピーです)
トルコ、161人死亡 首相「首謀者は拘束された」

 ロイター通信によると、トルコのユルドゥルム首相は16日、首都アンカラで会見し、一部の軍部の反乱により161人が死亡し、1440人が負傷したと発表した。拘束した2839人の軍人の中には一般兵士のほか、幹部も含まれるという。「首謀者は拘束された」と述べ、「状況は完全に正規軍の統制下にある」と強調した。クーデターを図った軍部の約20人が死亡し、約30人が負傷したとしている。一方でクーデターの試みはトルコの民主主義の「汚点だ」と強く非難した。また「トルコの憲法に死刑はないが、(反乱が)二度と起きないよう法改正を検討する」と述べた。


 今回の反乱について協議するため、午後2時(日本時間同日午後8時)に議会を招集すると述べた。

  


Posted by いざぁりん  at 01:31
動画内の字幕解説に、他のニュースには無いものがあります。
こういう報じられ方には、何か、ウラがあるように思います。
http://mainichi.jp/articles/20160716/k00/00e/030/192000c  


Posted by いざぁりん  at 01:31
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160716-00000083-asahi-int
(以下は、コピーです)
 トルコのユルドゥルム首相は16日、事件の再発を防ぐためとして、トルコが2002年に廃止した死刑制度の復活に言及した。

 トルコは1987年に欧州連合(EU)への加盟を申請し、2005年からEU加盟交渉を開始。だが、少数民族クルド人の基本的人権の抑圧や、報道の自由の制限などをEU側に問題視され、進展が見られない状態が続いている。EU側は冷戦体制から抜け出した中東欧諸国の加盟を先に認めた。

 トルコは02年、正式加盟の条件となる死刑制度の廃止や、クルド語の教育・放送の容認などの民主政策を決定。だが、今回の「死刑制度復活」発言は、トルコが目指すEU加盟をさらに困難にするものだ。  


Posted by いざぁりん  at 01:30
こちらです。
http://www.asahi.com/articles/ASJ632DC1J63UHBI00C.html?ref=yahoo
(以下は、コピーです)
 トルコのエルドアン大統領が首相だった時に、同氏を批判する詩をソーシャルメディアで共有したとして禁錮1年2カ月17日(執行猶予5年)の有罪判決を受けた元ミス・トルコのモデル、メルベ・ビュユクサラチさん(27)が、ロシアのスプートニク通信に「トルコの司法に対する信頼を失った」と述べ、先月31日の裁判を批判した。同通信が1日、トルコ語サイトに会見記事を掲載した。

元ミス・トルコに有罪判決 ネットで大統領批判の詩共有

 ビュユクサラチさんは、詩の共有が「公務員をその業務を理由に公の場で侮辱した罪」にあたると判断されたことについて、「元々その詩は(ソーシャルメディアで)96万回もシェアされていた。侮辱する目的ではなかった」と強調。「有名人を1人選んで、『この詩をシェアすると、こんな目に遭いますよ』と市民を脅すのが目的だった」と指摘した。

 また、「警察に捜査された際、私有携帯電話を押収され、プライベートの写真やビデオを含むすべてのデータをコピーされた。こんなことをする権利はない」と述べ、手続きは公正ではなかったと訴えた。

 さらに先月30日、エルドアン氏が「避妊はイスラム教徒の家族にとってありえない」と発言し、若者女性に子どもを産むよう呼びかけたことについて、「女性のあらゆることについて、首を突っ込んでくる」と不快感を示した。

 ビュユクサラチさんは2006年のミス・トルコ。14年、当時首相だったエルドアン氏を批判する詩を写真共有サービス「インスタグラム」で共有した。詩は、トルコ国歌をもじって、同氏の強権ぶりや、トルコの一部メディアで報じられた同氏の金銭に絡む疑惑などを揶揄(やゆ)する内容だった。
  


Posted by いざぁりん  at 01:30
トルコでは、大統領の独裁化、大統領から国民への締め付け、死刑制度復活の動き、憲法改悪に対して、多くの国民が支持している状況。
日本に似ていますね。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20160716-00060043/
(以下は、コピーです)
トルコ軍の一部勢力が15日夜(現地時間)、首都アンカラや最大都市イスタンブールに戦車を展開、国際空港を一時占拠し、ボスポラス海峡の橋を封鎖するなどしてクーデターを試みました。しかし全権を掌握するには至らず、エルドアン大統領はイスタンブールで演説し、「クーデターの試みは失敗した」と鎮圧を宣言しました。
グーグルマイマップで筆者作成グーグルマイマップで筆者作成
ロイター通信は、トルコ高官の話としてトルコ全土で少なくとも60人が死亡したと伝えています。
Merve Sebnemさん提供Merve Sebnemさん提供
イスタンブール在住の女性ブロガーMerve Sebnemさんがツイッターでいかに早くクーデターが市民により鎮圧されたかを写真や動画付きで報告してくれています。Merveさんに連絡を取り、写真の転載許可を得たのでこのエントリーで紹介します。投稿は現地時間の16日午前零時ごろから始まっています。

英BBC放送がブレーキングニュースで「トルコ軍が『権限掌握』を宣言」を流したのがトルコ時間で15日午後11時45分でした。ツィートはその直後から始まっています。

Merveさんはエルドアンの支持者のようです。「トルコの住民はギュレニストの兵士によるクーデターの試みに抵抗する。私たちはこうしたことを二度と起こしてはならない」とツィート。エルドアンは今回のクーデターはギュレニストによって起こされたと指摘しています。

ギュレニストとは、イスラム教の教えをベースにした市民運動の指導者フェトフッラー・ギュレン師の教えに共鳴する人々のことで、もともと国家のイスラム化を進めるエルドアンとは同志のような関係でした。
戦車の上に乗る警官(同)戦車の上に乗る警官(同)
しかしエルドアンが独裁色を強めるようになってから対立が鮮明になり、エルドアンは「ギュレニストは国家内国家をつくろうとしている」と批判、米国を拠点に活動するギュレン師とも袂を分かちます。警察や司法、メディア、その他の政府機関からギュレニストを次々と追放し、最後に残されたギュレニストの牙城が軍だったのです。
戦車の上の警官が銃を持っているのが分かる(同)戦車の上の警官が銃を持っているのが分かる(同)
トルコでは今、エルドアン支持者とそうでない人たちの対立が深まっています。それを理解するためにトルコの歴史を簡単に振り返ってみましょう。第一次大戦で敗北したオスマン帝国は崩壊、青年トルコ党のムスタファ・ケマル将軍(1881~1938年)がスルタン(イスラム王朝の君主)制を廃止して1923年に共和国を建国、初代大統領に就任し、トルコの近代化を進めます。

その柱が世俗主義でした。イスラムの教えや習慣に雁字搦めに縛られず、西洋流の自然科学と民主化を取り入れたのです。ケマルには「アタチュルク(トルコ)」の父の称号が与えられました。トルコ軍はケマルの死後、トルコ近代化の土台をなす世俗主義の守護者として振る舞い、1960年以降、4回のクーデターを起こし、世俗主義と民主化が逆行するのを防いできました。
トルコの勢力関係(筆者作成)トルコの勢力関係(筆者作成)
今回のクーデターの背景を解説するのは時期尚早かもしれません。しかしギュレニストのほかに、ケマルの考えをくむケマリストの影を指摘する声もあります。独裁色を強めるエルドアンから見ると、ギュレニストとケマリストという2つの敵対する勢力があり、今回はギュレニストを名指してして非難する意図がうかがえます。

Merveさんのツイッターを見るとトルコ時間の16日午前2時にはイスタンブールの市民が戦車の上に乗り、クーデターを事実上、制圧していることが分かります。クーデターを起こした軍の一部はメディアを完全には掌握できず、エルドアンはTVを通じて支持者に街に繰り出すよう呼びかけることができました。これで流れが決しました。

ロイター通信は、トルコ内務省の情報として少なくとも軍関係者1563人を拘束、5人の将軍と29人の大佐が解任されたと報じています。
今年5月に辞任したトルコのダウトオール首相(筆者撮影)今年5月に辞任したトルコのダウトオール首相(筆者撮影)
昨年11月の総選挙(投票率85.18%)でエルドアン率いる公正発展党(AKP)の得票率は49.5%に達し、550議席中、実に317議席を得ました。しかし今年5月にはダウトオール首相が、議院内閣制を廃し大統領に権限を集中させる新憲法制定を目論むエルドアンとの亀裂が大きくなり、辞任に追い込まれています。

得票率を見ても分かるようにトルコはエルドアン派と反エルドアン派に二分されています。

エルドアンは軍へのシビリアン・コントロール(文民統制)を強めてきました。このため、今回のクーデターは、成功した以前の4回に比べると計画も実行力も不十分で、トルコ世俗主義の守護者としての軍の威信を完全に打ち砕くものです。これを機にエルドアンの思惑通り、新憲法制定への流れが一気に強まる可能性があります。

そのためクーデターは、国家統制を強めたいエルドアンの「自作自演」というウワサまで流れています。ケマリストを攻撃すると国際社会から「民主化に逆行する」と批判される恐れがあるため、宗教色の強いギュレニストを標的にすることでエルドアンは自らの民主的正当性をアピールできます。
クーデターから一夜明けたイスタンブール(Merve Sebnemさん提供)クーデターから一夜明けたイスタンブール(Merve Sebnemさん提供)
今回のクーデターはトルコの歴史的な転換点になる恐れが十分にあります。
  


Posted by いざぁりん  at 01:29
政府側と反政府側の、対話が必要です。
そもそもクーデターは、悲惨な結果に終わり易いので、避けるべきですが、しかし、市民は、独裁者エルドアン大統領を支持したところで、メリットは無いようにも思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160716-00000076-mai-m_est
(以下は、コピーです)
<トルコクーデター>「多くの国民死んだ」非合法手段に怒り

夜霧に紛れて戦車が街中に繰り出すと、身の危険もかえりみず、市民らが砲口の前に立ち塞がった。中東の大国トルコで軍の一部が試みたクーデターは、鎮圧された。「多くの国民が死んだ」--。1600人以上の死傷者を出した反乱劇から一夜明けた16日午前(日本時間同日午後)、国民の怒りと混乱が伝わってきた。

【写真特集】市民が戦車を取り囲み…

 人口約1400万人の最大都市イスタンブール。記者は16日午前8時(日本時間同日午後2時)過ぎ、市郊外のサビハ・ギョクチェン空港に到着した。空港ロビーを出ると、タクシーもバスも待っていない。「異様な静けさ」を感じた。多くの到着客が途方に暮れ、携帯電話を取り出して迎えを頼んでいた。小さな子供3人を連れたアキンさん(38)は「イスタンブールの自宅に戻りたいが、バスも船も、公共交通機関がすべて遮断されていて、移動方法がない」とぼうぜんとした。

 市中心部へ向かう途中、戦車の上に乗り警戒していた警官のサメットさん(25)を見かけた。「我々がここにいるということは安全ということだ」と政権側の「勝利」を誇らしげに語った。

 イスタンブールで「反乱」が起きたのは、週末の夜が深まった15日午後10時半(日本時間16日午前4時半)ごろ。軍の一部が各所に戦車を展開させた。中心部のタクシム広場では15日午後11時ごろから、上空にヘリコプターや軍用機が激しく旋回し、プロペラ音やごう音が鳴り響いたという。警官数百人が集まって上空に向けて発砲し、夜空に銃声が激しく反響した。

 市民の多くが赤地に白の三日月が描かれた国旗を身にまとい、反乱勢力と向き合った。要衝ボスポラス海峡にかかる橋、タクシム広場、首都アンカラの街中--。非合法の権力奪取に「ノー」を突きつけた。反乱勢力の一部は市民への発砲をいとわず、各地で流血の事態に発展した。

 16日午前になると、反乱勢力の投降が伝えられ始めた。市民も落ち着きを取り戻し、鎮圧された反乱の背景を自分なりに語り始めた。タクシム広場に面するホテルの従業員、アティラさん(23)は「軍の中に潜む、一部のイスラム系過激派がやったという情報もあるようだ。国民を殺す、残酷な犯罪者だ。こういう事件があると、人々はもっと団結し、政府を支援するのに分かっていない」と反発した。

 かつてトルコ軍は強い権限を持ち、政治介入も珍しくなかった。それでも現大統領のエルドアン氏が首相として権力の座に就いた2003年以降は、軍は鳴りを潜めていたかのようだった。「今回のことには腹も立てているが、とにかく驚いている。今年で41歳になるが、軍の介入を見るのは初めてだ」。別のホテルの従業員のサディさんがそう話した。

 首都の様子はどうだったか。「戦闘機が頭上を飛んでいくのを見た。クーデターが成功しなかったのが、唯一の朗報だ」。アンカラ市内のホテルで働く35歳の男性従業員は電話取材にこう語った。  


Posted by いざぁりん  at 01:28