京つう

  イベント  |  伏見区

新規登録ログインヘルプ



岡田氏にも鳥越氏にも、問題があります。
小池氏にも、増田氏にも、問題があります、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160731-00000070-nksports-pol
(以下は、コピーです)
東京都知事選は、今日31日に投開票され、新たな首都のリーダーが誕生する。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)、元総務相の増田寛也氏(64)、元防衛相の小池百合子氏(64)ら過去最高の新人21人が立候補した選挙戦は30日、フィナーレを迎えた。東京の顔は2代続けて「政治とカネ」の問題から任期を全うできなかった。4年後に五輪を控え、災害対策、待機児童問題など課題が山積する中で、有権者は「今度こそ」の願いを込めて1票を投じる。

【写真】増田氏陣営「パフォーマンス」小池氏戦略を批判

 鳥越氏の最終日は、激動の1日となった。野党4党推薦をまとめた民進党の岡田代表が夕方、代表選不出馬を表明。陣営に動揺が走る中、鳥越氏は新宿駅で最後の訴えを行った。

 選挙カーの上で岡田氏と並んだ鳥越氏は「野党共闘を成し遂げ、野党4党の推薦をくださった岡田さん。その労に心から報いたい」と感謝の言葉をかけた。その上で支援者に向き直り「何事も勝負は詰めが大事。街宣は午後8時までだが、皆さんにはまだ時間がある。お願いしますよ」と支持拡大を託した。

 鳥越陣営がラストスパートをかけるタイミングでの退任表明に陣営関係者は「選挙妨害か」と激怒。民進党議員は「勝負の最中に大将が白旗をあげたようなもの。センスがなさ過ぎる」とあきれた。ボランティア女性は「まだ終わってないのに。私たちの17日間はなんだったの」と話した。

 訴えを終えた鳥越氏は記者団の質問に応じ「民進党が必ずしも一枚岩ではない中で、岡田さんだから共闘ができた」と敬意を示した上で「率直に残念。もう少し続けて欲しかったのが正直なところだ。タイミングが良かったか悪かったかは知りません」と複雑な表情を見せた。都知事選への影響を問われると「分からない。ないでしょう」と楽観的な言葉で締めくくった。  


Posted by いざぁりん  at 13:39
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160730-00010000-videonewsv-soci
(以下は、コピーです)
相模原市の障害者施設で19人が殺害された事件の容疑者が、「障害者は安楽死させるべきと考えて殺した」などと話していることが明らかになり、社会に衝撃が走っている。中でも最も大きな衝撃を受けたのは、障害者自身だった。

 障害者の多くが、生産活動における効率や生産性が絶対視される風潮の中で、必ずしも効率よく仕事ができない自分たちが社会から取り残されたり、そんな自分たちに対して批判的な眼差しが向けられていることを感じていたと、日本障害者協議会の藤井克徳代表は語る。そうした中で今回の事件は起きた。

 「社会的に生産性が乏しいと、価値がない人間と断定されてしまう。今の社会にもそんな風潮があるように思います」と自身が全盲の藤井氏は語る。「今回のような犯罪に対して、社会の中に共感を覚えたり同調する人が出ることを恐れています。」

 藤井氏はナチスドイツが「T4作戦」で障害者の大量虐殺を図ったことに触れ、今回の事件の容疑者の考え方の根底には、ナチスの優生思想があることは明らかだという。T4も最初は障害者から始まり、その対象が病人や同性愛者などに拡大されていった。そして、最後はユダヤ人600万人の大虐殺にまで行きつくことになる。

 社会が不安定になればなるほど、人々は不満のはけ口を探し始める。典型的な社会的な弱者の障害者は恰好の標的となる。

 「もし障害者が居なくなれば、社会は次の厄介者を探し出す。それは高齢者かもしれないし、病気の女性や子供かもしれない。」そのような弱者探しの連鎖を続けて何になるのかと藤井氏は問う。

 今週のNコメはジャーナリストの神保哲生が藤井氏のインタビューをもとに、相模原事件が社会に投げかけた大きな課題の正体を考えた。
  


Posted by いざぁりん  at 00:46
こちらです。
http://lite-ra.com/2016/07/post-2452.html
(以下は、コピーです)
 神奈川県相模原市の障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」での 大量殺傷事件をめぐっては、容疑者の犯行予告を把握しながら事件を防げなかった警察の不手際ではないかという声のほか、措置入院を解除した指定医と自治体に判断ミスはなかったのか、そもそも植松聖容疑者に責任能力はあるのかなど、さまざまな指摘がなされている。

 だが、今回の事件では、特異なひとりの人物の狂気ということだけでは語れない問題がある。それは、植松容疑者に、障がい者をターゲットにすることの正当性を与えた思想だ。

 植松容疑者は通っていた理容室の店員に「(障がい者)ひとりにつき税金がこれだけ使われている」「何人殺せばいくら税金が浮く」というようなことを語っていたことがわかっている。

「身障者のせいで税金が」かかる──。これは、実は小泉政権から始まり、安倍政権でエスカレートした新自由主義的身障者政策と完全にシンクロするものだ。

 そもそも以前は、サービスを利用した場合の費用負担は障がい者の支払い能力に応じた「応能負担」だった。ところが、2005年、小泉政権下で障害者自立支援法が成立すると、サービスにかかる費用の1割を当事者が負担する「応益負担」となった。そのため、障がいをもつ人やその家族は急激な負担増を強いられ、なかにはサービスを受けられなくなるケースもあり、障がい者の尊厳と生存権さえ奪うものだと大きな批判を受けた。

 その後、障害者自立支援法は民主党の野田政権で廃止が閣議決定されたものの、骨格はほぼ同じままに障害者総合支援法へと名称を変更。そして問題は今年5月、この障害者総合支援法を安倍政権がさらに「改悪」させたことだ。法改正では新サービスの提供の一方でグループホームに入所している軽度障がい者が追い出しの対象になる懸念や、批判の強かった65歳になった障がい者には半強制的に自己負担が発生する介護保険に移行させられる制度がそのままになるなど、給付の削減を押し進めるものとなった。

 他方、障がい者施設のほうは、こうした支援法のもとで競争原理や営利主義に走らざるを得ず、入所する障がい者に早期退所を迫るなど“間違った福祉”への傾向を強めた。同時に、補助金や支援金が削られるなどの減収によって厳しい施設運営を強いられ、現場のヘルパーの報酬も大幅に引き下げられた。そのため慢性的な人手不足に陥ったり、財政難で人員がギリギリといった施設は増加。しかも、安倍政権は昨年4月、介護報酬を9年ぶりに引き下げた。その結果、人手不足に拍車がかかり、介護事業所の倒産が相次いだ。職員はどんどんと過酷な労働環境へと追い込まれていったのだ。

 当然、職員の賃金はまったく上がらない。2014年には全国平均で介護職員の給料は常勤で21万9700円であり、全産業平均の32万9600円より11万円も低い。今回、事件が起きた「津久井やまゆり園」でも、ハローワークのパート募集情報によると、入所者の生活支援員の時給は夜勤でも905円。これは神奈川県の最低賃金と同じ金額だ。

 厳しい労働環境にくわえて、働いても働いても給与が上がらない現実──。知的障がい者施設では、職員や介護ヘルパーによる障がい者への虐待、暴行が相次いでいるが、こうしたストレスのはけ口になっている部分はあるだろう。

 人手不足による劣悪な労働と、労働にまったく見合わない給料。そうして生まれた過度なストレスが罪のない入所者にぶつけられる──。このような問題を防ぐためには、介護職の労働問題をすみやかに是正するべきだが、しかし、今回の植松容疑者には、もっと深いゆがみが見え隠れする。

 それは、植松容疑者の場合、自分の置かれた劣悪な労働環境を生み出した側の論理に憑依し、自分の狂気を正当化していったきらいがあるからだ。

 前述した「(障がい者)ひとりにつき税金がこれだけ使われている」「何人殺せばいくら税金が浮く」といった植松容疑者の発想は明らかに、この十数年にわたる政治家たちの発言から影響を受けたものだ。

 現に、石原慎太郎元東京都知事は、1999年に障がい者施設を訪れ、「ああいう人ってのは人格があるのかね」「絶対よくならない、自分が誰だか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」と、到底、都知事とは思えない暴言を吐いている。

 また、慎太郎の息子である石原伸晃・経済再生担当相は、12年9月に出演した『報道ステーション』(テレビ朝日)で社会保障費削減について問われた際、生活保護をネット上の蔑称である「ナマポ」という言葉で表現し、社会保障費の話の最中に“私なら延命治療などせずに尊厳死を選択する”という趣旨の発言を行った。さらに、麻生太郎元首相は今年6月、老後を心配する高齢者について「いつまで生きているつもりだよ」と発言している。

 これらの政治家たちは一様に、障がい者、生活保護受給者、高齢者といった社会福祉の当然の対象である弱者を差別的な視点から俎上に載せた上で、“生きる価値がない”と烙印を押しているに等しい。そして、彼らの共通点は、公的な責任を個人の責任へと転嫁する「自己責任論」を振りかざし、人の価値をコストで推し量る新自由主義を信奉していることだ。

 社会福祉は人の命にかかわる問題であり、本来はひとりひとりが生きやすい世の中をつくることが政府や行政には求められる。しかし、弱肉強食が基本となる新自由主義政策の前では、そうした社会保障にかかる費用も「個人の責任」にすり替えられる。事実、安倍首相が信奉し、新自由主義に基づく政治を断行したイギリスのサッチャー元首相は「福祉国家の縮小」を掲げて社会保障費を削減、経済格差を拡大させた。安倍首相が目指すのも同じかたちの社会だ。

 そして、市場原理優先の新自由主義の考え方は、障がい者をコストのかかる存在と見なす優生思想が深く結び付き、社会に広く共有されるようになってしまった。障がいをもった子はコストがかかるから産まないほうがいい──そう考える人が現在、圧倒的であるという事実は、新型出生前診断で“異常”が判明したときに約96パーセントの人が中絶を選択しているというデータが指し示しているだろう。

 自身も障がいをもっているという学者・野崎泰伸氏は、著書『「共倒れ」社会を超えて 生の無条件の肯定へ!』(筑摩書房)のなかで、〈より多くのコストをかけて育てなければいけない生は、資源を無駄遣いする劣った生であると捉えられている〉という現実を指摘し、命を選別したり、障がい者に生きる苦労を強いて〈かわいそうな存在〉にしてしまう社会の構造そのものに疑問を投げかける。さらに、その社会のあり方に踏み込むかたちで、〈現安倍政権は、異質な人間を排除し、同質な人間をのみ成員とする社会を作ろうとしているように思えてなりません〉と言及している。

〈この社会において私たちは、「生そのもの」を一般化・抽象化していく圧倒的な権力に巻きこまれています。しかも、その状況は、「どうせこの社会は、すぐには変わらない」「そんなことをしても仕方ない」と口にしてしまいたくなるほど、深刻なところまできています。福島第一原発が起きても原発がなくならないのは「仕方ない」、ヘイトスピーチがあるのは「仕方がない」、この社会の役に立たない人間に社会保障なんて必要ないし、死んでいったとしても「仕方がない」……。こうした風潮が、「生そのもの」を一般化・抽象化し、私たちに「犠牲」を強いたり、自ら率先して「犠牲」を受け入れるよう仕向けたりするのです〉(前掲書より)

 役に立たない人間は死んでも仕方がない。こうした弱者排除の思想によって得をする人間は、一部の支配層だけだ。だが、そうした「強者」の論理を、ほんとうはその社会システムのなかで「弱者」という同じ境遇に立たされている植松容疑者のような人間が、なぜか熱烈に支持をする。それは新自由主義者たちが社会保障をことさらに「特権」などという言葉を用いて、“もっと楽をし、得をして生きている人間がいる”と強調してきたからだろう。前述したように障がい者に対して、石原慎太郎などは生きる価値さえ認めようとはしていないのだ。

 今回の相模原市における事件は「狂気の犯行」と呼ぶべきものだが、障がい者を「金がかかる存在」として狂気の矛先を向けた事実は、けっして無視することはできない。この狂気は、新自由主義と排他主義のなれの果て。そう捉えることもできるからだ。

 そして、この国ではすでに、平然と弱者排除を口にする政治家たちが幅をきかせ、それにより「障がい者は金がかかる」という“狂気的な”価値観が広がっていることを、看過してはいけない。
  


Posted by いざぁりん  at 00:45
こちらです。
http://mainichi.jp/articles/20160728/k00/00e/040/221000c
(以下は、コピーです)
相模原市の障害者施設殺傷事件を受け、障害者の関係団体が相次いで声明などを発表する中、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大先端科学技術研究センター教授から「暗たんたる思いに包まれています」というメールが27日、毎日新聞に届いた。福島さんが「今回の事件から考えた原理的な問題」をまとめたという原稿を紹介する。

強者優先の社会を連想…福島智氏

 「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。

 これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。

 一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。

 被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。

 前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。

 こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。

 しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。

 障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

 ふくしま・さとし 1962年神戸市生まれ。小学生で全盲となり、高校生のときに特発性難聴により聴覚も失う。母が、両手の指の関節を点字の突起に見立てた「指点字」というコミュニケーション方法を考案し、よどみなく会話ができるようになった。盲ろう者として初めて大学(現・首都大学東京)に入学し、金沢大助教授などを経て現職。全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表を務める。2003年に米週刊誌タイムの「アジアの英雄」に選ばれた。
  


Posted by いざぁりん  at 00:44
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160730-00000063-san-soci
(以下は、コピーです)
 相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺された事件で、元職員の植松聖(さとし)容疑者(26)=殺人容疑で送検=が、数年前から日常的に危険ドラッグを使用していたことが29日、関係者への取材で分かった。今年2月に措置入院した際に尿検査で大麻の陽性反応が出ていたが、関係者によると、退院後も大麻や危険ドラッグを使用していたもようだ。

 植松容疑者の複数の知人らによると、植松容疑者は数年前から危険ドラッグを始めており、大麻を吸っていても「きかない」といってさらに危険ドラッグを吸うこともあった。また、措置入院後も大麻や危険ドラッグを使用していたという。

 知人の20代男性は、産経新聞の取材に「危険ドラッグを吸って車を運転した結果、(意識喪失状態となり)コンビニの駐車場のど真ん中に止まったことがあった。夜中にドラッグを使って、朝にそのまま出勤したこともあった」と証言。別の20代の知人男性は「みんなでバーベキューしたときは(ドラッグの影響で)実際にはない『滑走路が見える』とも言っていた」と話している。

 事件後の神奈川県警津久井署捜査本部の家宅捜索では植松容疑者の自宅から大麻が押収されている。

 相模原市などによると、植松容疑者は措置入院した際、「大麻精神病」「薬物性精神病性障害」などと診断されていた。これは大麻や薬物に起因して妄想や異常行動を起こす可能性があるとされる。このほかにも、人格の偏りがあるなどと診断されていた。

 薬物問題に詳しい小森栄弁護士は「措置入院での診断は今回の事件に結びつくほど特異なものではない」としながらも、「薬物の大量摂取や継続使用、複数の薬物を併用することなどで、もともとの疾患が悪化していった可能性がある」と指摘している。  


Posted by いざぁりん  at 00:43
こちらです。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7Y517HJ7YUTIL035.html?iref=com_rnavi_arank_nr03
(以下は、コピーです)
 タレントで歌手の故・やしきたかじんさんの闘病生活を描いた百田尚樹氏の著作「殉愛」の記述で名誉を傷つけられたなどとして、たかじんさんの長女(43)が発行元の幻冬舎(東京都)に発行差し止めと1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が29日、東京地裁であった。松村徹裁判長は、記述の一部が名誉毀損(きそん)にあたるなどとして330万円の支払いを同社に命じた。

 判決は、たかじんさんをしのぶ会で長女らしき人物がヤジを飛ばしたとする記述を「真実とは認められない」と判断するなど、計6カ所でプライバシー侵害や名誉毀損にあたると判断。一方で、発行差し止めについては「発行し続けることでの原告の不利益は大きいが、その損失が回復困難なほど重大とは言えない」として退けた。

 幻冬舎の佐々木秀吉総務局長は「多くの点で当社の主張を認めてもらっているものの、一部認められない点があったことは誠に遺憾であり、判決を精査し、対応を検討する」とコメント。長女の代理人は「差し止めが認められなかった点は大変残念だが、名誉毀損などに関する原告の主張はほぼ認められており正当な判決だ」と評価した。
  


Posted by いざぁりん  at 00:42