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戦争が近づいています。
憲法改悪を経た国家緊急権からの戦争、あるいは、9条がありながらの戦争、となるでしょう。
第3次安倍内閣は、「憲法改悪チャレンジ内閣」です。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=4125715&media_id=4
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 第3次安倍再改造内閣は3日夕、皇居での認証式を経て発足した。これを受け、安倍晋三首相は首相官邸で記者会見し、憲法改正について「自分の任期中に果たしていきたいと考えるのは当然だ」と述べ、2018年9月までの自民党総裁任期中の実現に意欲を表明した。同時に「そう簡単なことではないのは事実だ。政治の現実において一歩一歩進んでいくことが求められている」と述べ、衆参両院の憲法審査会で具体的な改憲項目の絞り込みに着手することに期待を示した。


 先の参院選では与党など改憲に前向きな勢力で3分の2の議席を獲得した。首相は「憲法審査会の中で、所属政党にかかわらず、政局のことを考えず議論を深めてもらいたい」と述べ、秋の臨時国会からの改憲論議に向け与野党の協力を求めた。


 首相は会見で再改造内閣について、「未来チャレンジ内閣」と命名。「最優先課題は経済だ。未来への投資を大胆に行う16年度第2次補正予算案を秋の臨時国会に提出する」と述べ、早期のデフレ脱却に努める考えを強調した。


 首相は1億総活躍社会の柱の一つである働き方改革に関し、関係閣僚や有識者で構成する「実現会議」を設置し、年度内に実行計画を策定する方針を表明。同一労働同一賃金の実現に向けたガイドラインについては「年内をめどに策定し、その後、早期に関連法案を提出する」と語った。


 給付型奨学金に関しては、「来年度予算編成で実現できるよう、具体的な検討を早急に進めてもらう」と述べた。


 一方、首相は総裁任期の延長について「全く考えていない」と述べるにとどめた。石破茂前地方創生担当相が閣外に出たことに関しては「今後も党にあって協力してもらえると確信している」と語った。


 再改造内閣では、麻生太郎副総理兼財務相(75)や菅義偉官房長官(67)、岸田文雄外相(59)らを留任させ、政権の骨格を維持。加藤勝信1億総活躍担当相(60)は働き方改革の担当相と拉致問題担当相を兼務した。


 石破前地方創生担当相の側近である山本有二元金融担当相(64)が農林水産相として入閣。防衛相には女性で2人目となる稲田朋美氏(57)、五輪担当相には丸川珠代前環境相(45)を充てた。女性閣僚は改造前と同じ3人。


 初入閣は8人で、経済産業相には首相側近の世耕弘成氏(53)が起用され、山本幸三地方創生担当相は行政改革担当相も兼務した。 
  


Posted by いざぁりん  at 01:00
生涯未婚が増えれば、苗字の問題は、減ることになるでしょう。
戦争が近づいています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160803-00010002-bfj-pol
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新防衛大臣にして、初の女性首相候補

稲田朋美さん(57)は弁護士を経て、政界入り。当選回数はまだ4回ながら、安倍首相と思想信条が近く、将来の女性首相候補と呼び声も高い。では、どのような「思想信条」なのか。稲田さんの著作や過去の発言から、紐解いてみる。【BuzzFeed Japan / 石戸 諭】

夫婦別姓は「家族破壊」「自衛軍の創設」 稲田朋美・防衛大臣の思想信条

「夫婦別姓運動はまさしく、一部の革新的左翼運動、秩序破壊運動に利用されているのです」

2010年に出版された、稲田さんの著作「私は日本を守りたい 」より。稲田さんがとりわけ強い思いを込めて、反対しているのが、選択的夫婦別姓法案だ。稲田さんにいわせると、この法案は「亡国法案」である。

なぜなら、夫婦別姓は家族のつながりを「希薄化させる」から。「いま日本社会が取り戻すべきは、家族の一体感であり、夫婦・親子の絆ではないかと思います」

「家族の絆を強めるためには、やはり夫婦が同姓でいることが好ましい。これは長い日本の歴史の営みのなかで、ごく自然にみなが受け入れてきたことで、なぜわざわざ破壊する必要があるのか」

この法案を推進する議員は稲田さんからはこう見える。「彼らの本心はマルクス主義のテーゼに従って結婚制度や戸籍制度の廃止、さらには家族の廃止を最終目標にしている、そんなふうに見えます」

稲田さんの歴史観

稲田さんによると、第2次世界大戦後、アメリカやイギリスなどの連合国側が、日本の戦争指導者を裁いた東京裁判は「裁判と呼ぶに値しない」。

「『文明の裁き』とは逆の正反対な野蛮な裁判、端的にいって『裁判』と呼ぶに値しない」。では、なんと呼ぶべきなのか。「私たちは少なくとも『東京裁判ごっこ』と呼ぶべきです」(前掲書より)

稲田さんの原点

「東京裁判の欺瞞に気づいた」稲田さんは、学校で教えられてきた歴史が一方的であることを知って「愕然とした」。歴史問題に関する訴訟なども手掛けるようになり、自民党の若手議員の前で講演をする。その依頼をしたのが、安倍首相だった。これが政界入りのきっかけになる。

「(いまの憲法の)前文だけ読んでも、まじめに勉強すれば、反日的になるような自虐的な内容です」前掲書より。稲田さんはいまの憲法はもちろん改憲すべきという立場。

自衛軍の創設と中国への警戒感

憲法改正で重視しているのは9条。自衛軍の創設と、集団的自衛権を認めるべきだと主張する。「目をつぶっても隣が中国であることは変わりません。何も戦争をしようというのではありませんが、自分の国を自分たちで守るための措置だけはしておく必要があります」(前掲書より)

靖国神社への思い

稲田さんが総理の靖国神社参拝にこだわる理由。「いかなる歴史観に立とうとも、自分の国のために命を捧げた人々に対して、その国を代表する者が感謝と敬意を表すことができない国に、モラルの再興も安全保障もありえないからです」(前掲書)

日本最大の保守団体「日本会議」との関係は?

安倍首相と近いと言われる保守団体「日本会議」。もちろん、稲田さんも日本会議国会議員懇談会に名を連ねている。日本会議の中枢メンバーと稲田さんの主張は近い。とりわけ家族観、歴史観は近接しているように聞こえる。

ジャーナリスト、青木理さんの著作「日本会議の正体」の中に、稲田さんのインタビューがある。日本会議を主題にした、青木さんのインタビューを断る政治家が多い中、稲田さんは取材に応じている。「(日本会議は)そんなに力のある組織だと感じたことはありません」「濃密な関係は全然ありません」と話し、一定の距離感はうかがわせる。

その上で、こう語る。「結果的に安倍総理の思想信条と、日本会議が進めようと訴えられている政策と、一致しているところが多いとは思います」
  


Posted by いざぁりん  at 01:00
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160803-00000569-san-asia
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 就任から1カ月が過ぎたフィリピンのドゥテルテ大統領が、公約に掲げた「治安改善」をめぐり強権姿勢をあらわにしている。警察が400人を超える違法薬物の容疑者を現場で射殺。恐れをなした薬物中毒患者や密売人ら約57万人が当局に出頭するなど、取り締まりは一定の成果を上げているが、人権団体からは“超法規的殺人”との批判が上がっている。

 フィリピン国家警察は2日、ドゥテルテ氏が就任した翌日の7月1日から8月2日までに、麻薬の取り締まり現場などで容疑者402人が警官に射殺されたと発表した。逮捕者は5418人だった。同国は死刑制度を廃止している。

 就任前の半年間で、同様に警官に射殺された容疑者は約100人。ドゥテルテ氏はダバオ市長時代、自警団による薬物犯罪者の「暗殺」を容認する姿勢も示しており、警官以外による射殺人数も増加しているもようだ。

 人権団体や非政府組織(NGO)など約300団体は2日、ドゥテルテ氏の薬物取り締まりが国際規範を逸脱しているとし、国連機関に「容疑者殺害の扇動の中止を大統領に要求するように」と要請した。

 ドゥテルテ氏は先月7日、収監中の2人、逃走中の1人の計3人の中国出身者を「麻薬王」と名指しして“宣戦”を布告。全国の薬物密売の75%が、マニラ首都圏にある刑務所内で取引され、現職国会議員や元役人も関与しているとして摘発を進めている。  


Posted by いざぁりん  at 00:59
こちらです。
http://smart-flash.jp/sociopolitics/10381
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 大阪観光大学観光学研究所客員研究員の濱田浩一郎氏が、戦後最悪となった単独犯による殺人事件について、その背景を分析する。

 7月26日深夜、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に、元職員(26)が侵入、入居者を刃物で刺すなどして、19人を殺害、26人を負傷させる事件が起きた。

 警察に出頭した容疑者は「障害者なんていなくなってしまえ」との供述をしているという。以前、大麻の陽性反応が出たというから、精神的に錯乱した状態だったのかもしれないが、いったいなぜ犠牲者19人という戦後最悪の殺人事件が起きたのか。

 容疑者は、今年2月、衆院議長公邸を訪れ、以下のような手紙を渡していたという。

《私は障害者総勢470名を抹殺することができます。常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。(中略)今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです》

 大量殺人と聞いて思い出されるのが、1938年5月21日未明、現在の津山市加茂町で発生した「津山30人殺し」だ。同地に住む都井睦雄(当時21歳)という青年が、近隣住民を斧や日本刀・銃で襲撃。日本で起きた過去最大の単独犯による殺傷事件である。

 都井は犯行後、遺書を書き、猟銃で心臓を撃ち抜き自殺する。遺書にはこうあった。

「病気4年間の社会の冷胆、圧迫にはまことに泣いた。親族が少なく愛というものの僕の身にとって少ないにも泣いた。社会も少し、身寄りのない者や結核患者に同情すべきだ」

 病気による不遇や孤独が原因のひとつとしている。相模原の事件でも、容疑者は施設をクビになって恨んでいたというし、過去に教員を目指して挫折したとの報道もある。

 目を転じて、単独犯による過去最大の大量殺人は、2011年7月、ノルウェーの首都オスロ郊外の島で起きている。連立与党・労働党の集会などで銃を乱射し、爆弾を破裂させ、77人が殺された。

 このときの犯人(当時32歳)も、「イスラムによる乗っ取りから西欧を守る」「信念ある1人の人間は自己利益しか考えない10万人の力に値する」などと自己を正当化し、犯行に及んだ。

 3つの事件に共通するのは、病気や失業など挫折に苦しむ若者が、その不満を「社会正義」に置き換え、自らの正当性を声高に主張して犯行に及んでいる点だ。

 だが、この3つの事件で、唯一「津山30人殺し」だけが異なる点がある。津山事件は全戸数22戸という狭い集落で起きた。肺病だった犯人は村人から忌避され、女性関係の噂などに悩んだ末、近隣の11戸を襲撃した。時代背景を考えれば、犯人はこの狭い世界から抜け出すことは困難だったと推測される。

 事件は後に横溝正史の『八つ墓村』のモデルになるのだが、犯人を日本的な村社会の犠牲者とする見方もあった。

 ひるがえって、現在、こうした村社会や閉鎖社会は世界中からほぼ消滅している。イスラム国のテロを見ても、グローバル化によって、世界中からテロリストが集まり、地球のあらゆるところで事件を起こしている。

 しかし、相模原市の事件も、オスロの事件も、犯人は「いまいる場所」から逃げず、ひたすら自己の殻にこもったうえで、最後に感情を大爆発させている。

 ここからわかることは、確かに世界は広がったが、一方で人間の心がどんどん閉鎖的になっているということではないか。かつてインターネットによって世界は広くなったといわれた。だが現実は、環境の変化に背を向け、ひたすらタコツボ化していく閉鎖社会の誕生だったのだ。

 今後、さらに世の中が変化していくことを考えると、同種の事件は何度となく繰り返されていくのだろう。

(著者略歴)

濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

 1983年生まれ、兵庫県相生市出身。歴史学者、作家、評論家。現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し、解決策を提示する新進気鋭の研究者。著書に『日本史に学ぶリストラ回避術』『現代日本を操った黒幕たち』ほか多数
  


Posted by いざぁりん  at 00:58
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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160802-00000003-pseven-soci&p=1
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 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」をたった1人で襲い、死者19人、重軽傷者26人(7月28日現在)を数える大量殺戮事件を起こした植松聖容疑者(26)。日本の戦後犯罪史上、最悪の事件を起こした“稀代の殺人鬼”はどんな人物なのか。大学時代の友人が語る。
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「植松は、バーベキューや飲み会を活動内容とする『オールラウンドサークル』に所属していた。会うと“ヨウ!”とハイタッチする陽気なノリの男で、場を盛り上げるムードメーカーだった。ガールフレンドも多く、当時は可愛い恋人もいた。典型的な“リア充(実生活が充実している)”大学生でした」
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 成人式ではハメを外し過ぎて、こんな騒動も起こしている。
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「袴を着て地元の仲間たちと軽トラの荷台に乗り、一升瓶の日本酒を回し飲みしながら町中を走っていました。酔っ払って軽トラから落ちる人もいて、大騒ぎに。軽傷で済んだから、今では笑い話です」(地元の知人)
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 だが、植松は大学生活が終盤に近づくにつれ、将来に不安を覚えるようになっていく。刺青をいれたのは、その頃だった。
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 彼の不安は的中した。小学校の図工の教師をしていた父親の影響か、「幼少の頃から父親と同じ小学校の先生を目指していた」(近隣住民)という植松だが、夢だった教員の採用試験に合格することができなかったのだ。
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 この頃の植松の様子を友人のひとりは、「あまりのショックで、一時的に引きこもりに近い状態だった」と話す。
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 大学卒業後すぐの2012年春、飲料メーカーの配送員として勤務するも、「給料が安すぎて、経済的にキツい」といって半年で退社。この前後から、植松と両親が怒鳴り合う声が近所に響くようになる。
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「長続きしない仕事のことや刺青の件で両親と頻繁に言い争いをするようになったようです。特に刺青に関しては、教育実習時の生徒や近隣住民に知られてしまい、両親が“消せ”と迫っていたそうです。夜中にお母さんが畳をバンバンと叩きながら泣き叫ぶ声も聞こえました」(近隣住民)


 2012年12月、植松は事件の現場となった「やまゆり園」に非常勤として勤務。翌年4月に常勤の社員になった。当時を知る友人がいう。
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「“小学校教師はハードルが高いから特別支援学校の教員を目指す”といっていました。その足掛かりとして、障害者施設に入ったそうです。最初は仕事にやりがいも感じていたようですが、次第に“仕事が大変だ”と愚痴をこぼすことが多くなった。植松の体に刺青がどんどん増えていったのもこの時期です。
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 両親の反対を無視して刺青を増やしたものだから、関係はさらに悪化。2013年の冬についに両親は、新たに中古マンションを購入して引っ越してしまったそうです。もはや親子関係は修復不能だったのでしょう」
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 不安なことがあるたびに刺青をいれていたという植松。その頃には有名彫り師による和彫りが、両肩から胸、腕を彩っていたという。
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 図工教師を父に持ち、母親は美大出身で漫画家。芸術一家に生まれ育ったためか、植松も刺青にのめり込んでいった。
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「美意識は高かった。よく“容姿に自信がない”と漏らしていて、金髪にしたり目鼻立ちまで変わっていった」(前出・友人)
  


Posted by いざぁりん  at 00:57
こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160803-00010001-jisin-soci
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「聖(さとし)くんと会ったのはだいぶん前です。母親とはときどき連絡を取っていましたが……。皆さまにいろいろご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」

 九州に住む植松聖容疑者(26)の親族は、涙声でそう話した。

 19人が刺殺され26人が重軽傷を負った、知的障害者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件。犠牲者の多くはベッドに横たわったまま殺害され、植松容疑者の行動は、足跡の血痕を辿ることでわかるほどだった。

 1990年に東京都日野市で生まれた植松容疑者。小学校教師の父親と漫画家だった母親は大学の同級生。植松容疑者の両親の同級生はこう語る。

「2人は大学を出てまもなく結婚しました。すぐ子供ができて、若くして一軒家を建てました。僕らの間では、うらやましい存在。事件を知って、まさかあの2人の子供じゃないか、違ってほしいと思っていたんですけど……」

 母親が発表していたと思われる漫画作品を、本誌は入手した。1990年代に発行された月刊ホラー漫画雑誌に掲載されたもので、読者から募集した恐怖体験を漫画にした作品だ。

 ある少女が母親の実家に泊まると、枕元に女性が現われる。「真っ赤なワンピースを着た血まみれの女の人が……」というフレーズとともに、肩や額から血を流している女性が、ニヤッと笑いながら少女を見つめ、次の瞬間フッと消え去ってしまう……という内容だ。

「お母さんは少女向けの作品をおもに描いていて、自宅に仕事部屋があり、編集者が来ていたようです。また、お父さんが乗る車は、ナンバーがさとくん(植松容疑者の愛称)にちなんだ番号になっていました。両親に溺愛されているんだなと思いました」

 植松容疑者の同級生はそう語る。

 相模原市内の公立小中学校を卒業した植松容疑者は、都内の私立高校を経て、教員を目指し大学へ進学。幼少時から人と違うことをするのが好きだったというが、このころからその性質がエスカレートしていく。

「大学に入って刺青を入れたんです。『やめろ』と言っても、本人は『(自分を)強く見せたいから』と、忠告を聞かなくて。次第に挙動不審になっていきました。目を合わせて話さないし、落ち着きがないんです。これは危険ドラッグや薬物でもやっているんじゃないか、と思いました」(同前)

 植松容疑者は大学を卒業し、福祉施設での非常勤職員を経て2013年4月、事件を起こした「津久井やまゆり園」で常勤職員として働きだした。

「テレビでは、刺青を入れたころから徐々におかしくなったといわれていますが、そうではなく、急におかしくなったんです。3月に(措置入院から)退院したあとは、別人みたいでした」(別の同級生)

 7月29日、植松容疑者の自宅からは大麻が見つかった。違法薬物を常用していた疑いがあるが、犯行が薬物の影響だったかは判明していない。  


Posted by いざぁりん  at 00:56