京つう

  イベント  |  伏見区

新規登録ログインヘルプ



Posted by いざぁりん  at 01:05
そもそも日本国憲法には、国際協調主義が、謳われています。
生活困窮者に対して国は、国籍を問わず、あたたかな態度を取らなければなりません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161228-00010001-bfj-soci
(以下は、コピーです)
2016年12月24日、元自民党北海道議の小野寺まさる氏が「外国人が生活保護制度を利用することは最高裁で違憲とされている」とツイートした。【BuzzFeed Japan】

デマのツイートを拡散していない?

小野寺氏が言う最高裁判決とは、2014年7月18日に出されたものとみられる。

これは、「永住外国人が生活保護法の対象外」であると初めて示した判決で、当時大きな話題を呼んだ。

訴訟は、永住資格を持つ中国人の女性が起こしたものだった。

生活保護法に基づく申請を却下した大分市に、処分の取り消しなどを求めた。判決の原文はこうだ。

“外国人は,行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得るにとどまり,生活保護法に基づく保護の対象となるものではなく,同法に基づく受給権を有しないというべきである“

つまり、生活保護法は外国人には適用されないが、「行政措置」による保護対象にはなっている、ということだ。これは外国人への生活保護が違憲であることを意味するのか。

BuzzFeed Newsは厚生労働省社会・援護局保護課に取材した。

担当者は「最高裁で違憲判決は出されていません」と答えた。

「これは通知に基づく保護を前提とした適用関係に関して示している判決で、それを良いとも悪いとも言っていません。行政措置の保護対象になっている取り扱いが否定されたわけでもありません」

どういう意味か。

そもそも生活保護法では、受給対象を「国民」としているため、外国人は含まれない。ただ、国は1954年の厚労省通知「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」に基づき、外国人への生活保護を続けてきた。

担当者は、「適法に日本に滞在し、活動に制限を受けない永住、定住等の在留資格を有する外国人については、人道上の観点から、行政措置として、生活保護法を準じて保護を行っています」と説明する。

具体的な対象者は以下の通りだ。

1・出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)別表第2の在留資格を有する者(永住者、定住者、永住者の配偶者等、日本人の配偶者等)
2・日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の特別永住者(在日韓国人、在日朝鮮人、在日台湾人)
3・入管法上の認定難民

その上で、こうも語る。

「日本人からの申請があった場合と同様、その者の資産や収入等に関する調査を実施し、適正な支給に努めています」


判決では、外国人は生活保護法の対象にはならないとしつつも、通知に基づく「保護の対象になり得る」としている。

外国人が受給することに対する是非は示していない。

そもそも、違憲性を問うた裁判ではない。違憲かどうかの判断には触れていない。
小野寺氏はこのようなツイートもしている。

”デマ?外国人は生活保護法の対象外との判断が難しいなされたのですが?つまり、生活保護法における生活保護制度を外国人が利用することは違憲ではありませんか?反論が有ればどうぞ?”

だが、厚労省の担当者はこう強調する。「外国人が生活保護制度を利用することが、違憲であるとも言えません」

外国人の生活保護受給をめぐる誤った認識は多い。

そんな状況を憂い、読売新聞は12月22日、「在日外国人は保護を受けやすいという『デマ』」という記事を配信した。

記事では、「生活保護世帯のうち、外国人が世帯主なのは3%弱」などのデータを積み上げて、「外国人への保護が日本人の保護を圧迫するような状況では、ありません」と記している。

また、「韓国・朝鮮人が世帯主の世帯は、保護割合が高いのは確か」とも指摘。その背景には、日本が朝鮮半島を占領していた歴史的経緯や、在日コリアンの高齢者の貧困率が高くならざるを得ない問題が潜んでいることなどを、事細かに明らかにした。
小野寺氏の「違憲」ツイートは、この記事を評価するツイートを引用し、反論したものだった。

ツイートは、27日までに1500近くリツイートされ、拡散している。その後も各方面から「間違い」を指摘されているが、12月27日現在、削除はされていない。

先述の読売新聞の記事の冒頭部分で、記者はこう指摘している。

”外国人・他民族を差別・侮蔑・排斥するヘイトスピーチは、日本の恥です。その中心的な材料に使われているのが生活保護。在日韓国・朝鮮人は「特権」を持っているから生活保護を受けやすいと排外主義者は主張しています。一部の国会議員も、生活保護たたきと偏見をあおる発言を繰り返しています。ネットにもその種の発言がまき散らされ、うのみにしている人が少なからずいるようです”

”デマ、あるいは妄想としか言うほかありません。日本人でも外国人でも、生活保護を受ける要件や給付の基準は同じで、特別扱いなど、ありません。在日韓国・朝鮮人が保護を受けている割合が高いとすれば、過去の就職差別や社会保障制度からの排除の影響によって、貧困層が多いからでしょう。むしろ、差別を受けてきた結果なのです”

小野寺氏の発言もここで指摘されている「デマ、あるいは妄想」なのではないだろうか。
  


Posted by いざぁりん  at 01:03
こちらです。
https://www.buzzfeed.com/satoruishido/trump-2016-1111?utm_term=.mwKvyamjE#.uvon1Vpxy
(以下は、コピーです)
相手の視点でみるということ。

posted on 2016/11/11 05:01

石戸諭 BuzzFeed News Reporter, Japan

トランプ支持の理由を掴めないメディア

「なぜ、トランプ氏が支持されるのか。メディアがわかっていなかった。それ自体が、アメリカの『分断』です」。東京大学教授で、アメリカ研究を教える矢口祐人さんはこう指摘する。

2016年11月8日(現地時間)。次々と入ってきた開票速報に、主要メディアのキャスター、記者たちは明らかに困惑していた。事前の世論調査でも、出口調査でも優勢が伝えられたヒラリー・クリントン氏ではなく、アメリカの主要メディアがこぞって批判したトランプ氏が票を獲得していく。

混乱や戸惑いはメディアに、市場に、ネット空間に広がっていく。矢口さんはこう話す。

「トランプ氏が分断を広げたんじゃない。元からあったのに目を向けなかった。メディアはどうせ、こんな人物が大統領になるわけはないと過激な発言をセンセーショナルに取り上げてきたではないですか」

高学歴のインテリと非インテリ、人種、科学と信仰、大金持ちと貧困層、保守とリベラル……。アメリカに分断自体は、ずっとあったと矢口さんは考えている。例えば進化論。

「アメリカはノーベル賞級の科学者が大量に生まれる一方で、進化論を否定する人もかなり多くいます。聖書の創造論を科学的に正しいとする、創造科学の信奉者たちですね。政治家にも信奉者がいます」

「トランプ支持者」の視点からみることができなかった

構図はやや極端だが、今回の大統領選と根底では通じている。問題は分断があることではなく、その中で対話が存在しないことにある、と矢口さんはみる。

「トランプ支持者の中心にいるのは、都市に住まない、白人労働者で学歴はそれほど高くない層です。今回、主要メディアの報道をみても、彼らの目から現在のアメリカがどう見えているのか。こうした報道はほとんどなかった」

「つまり、都市に住んでいるインテリは彼らを理解しようとせず、自分たちがトランプを批判すれば、支持は落ちると思っていた。結果が示しているように、実際は違ったわけです」

進化論と創造科学と同じように「なぜそれが間違っているのか?」は、それぞれの立場からみれば自明、しかし相手が何を考えているのかわからない。

メディアはその架け橋になるべきだったのに、インテリ層、都市に住むホワイトカラー層など特定の層にしか響かない言葉で、トランプ氏を批判しただけだったのではないか。

彼らのリアリティ「自分たちは虐げられている」

では、トランプ支持者からはどういうアメリカが見えているのか。矢口さんとともに、例えば、こんなストーリーを想像してみる。

白人しかいなかったある地方の街。そこで生まれ育った白人男性は、10年間まじめに働いたのに、一向に給料はあがらないし、周囲も含めて自分たちの生活がよくなったという感覚はないーーもっとも、彼らの収入はけっして低くはないのだが……ーー。それなのに、この間ヒスパニック系などのマイノリティは明らかに増えて、近くにも住むようになった。

都市部は潤っていて国の経済も好調だというのに、自分たちの街の産業は撤退し、恩恵からどこか取り残されている。それなのに、連邦政府はマイノリティのケアばかりを優先しているようにみえる。何かおかしくないか。政府はどうして彼らを優遇するのか……。

そこにトランプ氏の言葉が聞こえてくる。「メキシコからの移民は強姦犯で、アメリカ国民から仕事を奪っている」「アメリカを再び偉大にしよう」

「彼らの根底にあるのは、自分たちの生活を良くしてほしいという当たり前の感情です。自分たちの生活を大事にしている。ある意味では普通の市民だと思います」

「大事なのは、彼らの世界から見ると、移民やマイノリティは優遇されているのに、どこか自分たちは産業がなくなり取り残されている、という理屈が成り立つということです」

「インテリからすれば、 街の人口構成の変化と、産業の衰退は関係ないというでしょう。しかし、彼らは体感的に理解しているため、被害者意識が強くなる」

トランプ氏の移民排斥発言を本当に支持しているのだろうか。矢口さんは、彼らの多くは移民すべてに反対するわけではなく、連邦政府が不法移民に甘過ぎると感じている、と指摘する。

なにより大事なのは彼らの感情は、自分たちの生活向上にあり、自分たちが虐げられている体制を打破してほしいという思いにあるのだ、と。

それはサンダース現象と共通している

自分たちは被害者であり、既得権益を破壊して欲しい。トランプは愚かな面があるかもしれないが、プロの政治家で、既得権益の中にいるヒラリー・クリントンよりマシではないか。そして、彼女よりずっと信頼できるのではないか。

そんな、自分たちの思いを都市に住む人たち、メディアやインテリは誰もわかっていない。

こうした感情を持っているのは、果たしてトランプ支持層だけだろうか。具体的な主張も、政治的立場も真逆だが、バーニー・サンダース氏の躍進ともつながっているとみる。

「表面的な主張は真逆ですが、サンダース氏も反グローバル化、反エリート、反エスタブリッシュメント(既存体制)。既存体制を打破しようというところは、共通しています」

今回の大統領選は、彼らの不満をうまくすくい取る言葉をどれだけ繰り出せるかが、勝負の鍵を握っていたという。

一流紙より突き刺さったSNS

「トランプ氏のSNSはフォロワーも多く、シンプルなワンフレーズ——象徴的なのが『アメリカを再び偉大にしよう』——で語りかける」

「どこまで意識的にやっていたかはわかりませんが、トランプ支持者にとっては、インテリが読むニューヨーク・タイムズの何ページにもわたる検証記事より、彼のSNSでの発信のほうが圧倒的に読まれている。そして、強く突き刺さり、シェアもされていく」

それを補強したのが、センセーショナルに取り上げたメディアだ。

「彼らは、当初、面白おかしくトランプ発言を紹介していました。(メディアを通じて、発言を知った)アメリカ社会の現状に不満を持つ人は、トランプの過激な言葉を直接聞きたくてSNSをフォローする」

「トランプ陣営は反トランプで一致したメディアを介さず、直接SNSで言葉を発信し、支持層に語っていました。SNSの持つ力をヒラリー陣営より、はるかに熟知していたと思います」

トランプは反知性主義?

反エリート、反既得権益。想起するのはアメリカに流れる「反知性主義」という価値観だ。それを簡単にまとめるとこうなる。

立派な勉強を積んだ人が偉いのではない。彼らエリートは、時として、普通の人たちの、上からお説教を垂れる。エリートは、ろくに知りもしないのに、普通の人たちの考えを十分に尊重しない。普通の人たちだって、知恵はあるし、日々の生活で培った知恵はエリートの座学に勝る。エリートに支配されるくらいなら、普通の人が関わったほうがいいではないか。

トランプ氏はアメリカに流れる「反知性」の流れに乗ったのか。

「クリントン=プロの政治家、トランプ=政治の素人という構図を描き、反知性主義の最良の部分を装った、とはいえるでしょう」

「彼自身、2世実業家で本当に、既得権益のアウトサイダーなのかは甚だ怪しいですが、結果的にポジションをうまく作った。戦略的に作り出したとしたら、恐ろしいほどうまくいったといえます」

「アメリカ終わった」は単純すぎる

「アメリカは終わった」。そんな声も上がるトランプ政権の誕生で、分断はより顕在化されるのか。

「分断はいつでもこの国にあった。オバマ大統領が誕生した8年前だってあった。アメリカは終わった、という見方はやや単純だと思います」と矢口さん。

ここでも、真逆の立場からみることの重要性を語る。問いはこうだ。熱心な共和党支持者、保守派の目から、オバマ大統領誕生はどう見えていたのか。

「黒人で筋金入りのリベラル、オバマ大統領の誕生で『アメリカは終わった』と思ったでしょう。インテリが多いメディアも知識人も、オバマ大統領を賞賛していましたからね。彼らの存在が見えていなかったと思います」

「極端な二極化がいろいろなところにあって、その間を揺れる振り子がある。それがアメリカです。今回トランプ氏が勝っても、4年後、8年後には真逆に位置するすごくリベラルな候補が勝ってしまうかもしれない」

「反既得権益」という熱狂に促された、アメリカはこの先どこに向かうのだろうか。
  


Posted by いざぁりん  at 01:03
日本がアメリカに対して、内政干渉しています。
日本がアメリカに対して内政干渉しなければならないほどに、日本国政府には、明らかにされると不都合なことが、あるのでしょう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170103-00010000-nishinpc-soci
(以下は、コピーです)
 日本の外務省が1987年、米政府に対し、核兵器の持ち込みに関する密約を含む50年代後半の日米安全保障条約改定交渉など、広範囲にわたる日米関係の米公文書の非公開を要請していたことが、西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書で明らかになった。密約などについて米側は要請通り非公開としていた。米公文書公開への外務省の介入実態が判明したのは初めて。

【画像】西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書

 文書は87年4月、米公文書の機密解除審査部門責任者の一人、故ドワイト・アンバック氏が作成した「機密解除に関する日本の申し入れ書」。作成から30年たち機密解除の審査対象となる50年代の米公文書について、在米日本大使館は87年1、3月、機密を解除して国務省刊行の外交史料集に収録しないよう同省東アジア太平洋局に文書で申し入れており、同局とアンバック氏が対応を協議した3ページの記録だ。申し入れは米歴史学者の調査で判明していたが内容は不明だった。
.

「際限のない非公開要請には同意できない」米側不快感示す

 文書によると、日本側が非公開を求めたテーマは(1)「核兵器の持ち込み、貯蔵、配置ならびに在日米軍の配置と使用に関する事前協議についての秘密了解」(2)「刑事裁判権」(3)「ジラード事件」(57年、群馬県で在日米軍兵士が日本人主婦を射殺した事件)(4)「北方領土問題」(5)「安保改定を巡る全般的な討議」。(1)(2)については「引き続き(公開)禁止を行使する」との結論が明記されていた。

 日米外交史に詳しい菅英輝・京都外国語大教授は(1)について安保改定時の「米核搭載艦船の通過・寄港を事前協議の対象外とした核持ち込み容認の密約」だと指摘。今も関連文書の一部は非公開だ。(2)は53年の日米行政協定(現在の日米地位協定)の改定時に、米兵らの公務外犯罪のうち重要事件以外は日本政府は裁判権を放棄したとされる問題とみられるという。

 一方、(3)(4)(5)については事実上、要請を拒否する方針が記されていた。

 文書によると、アンバック氏は「われわれは広範囲にわたる際限のない非公開要請には同意できない」と強調。外交史料集刊行などに「深刻な問題を引き起こす」と警告し、全て受け入れれば関係する二つの巻のうち1巻は全体の約3分の1、残る1巻は60%以上の分量が影響を受けると懸念。「これは米政府による情報公開を外国政府が統制できるのかという根源的な問いを提起している。答えは明らかにノーだ」と強い不快感を示していた。

 米政府への非公開要請について、外務省は「外交上のやりとりにつき、お答えは差し控えさせていただきます」とコメントした。
.

◆米公文書公開への他国の関与

 情報公開への社会の意識が高い米国では、米政府は1970年代まで、自国で作成した公文書については、関連する他国から非公開要請があっても拒否してきた。しかし複数の国からの懸念を受け、80年以降、公開の是非について当該国と協議するようになった。2015年12月、国務省は西日本新聞の取材に、そうした協議は「折に触れて行っている」としており、なお継続しているとみられる。

=2017/01/03付 西日本新聞朝刊=
  


Posted by いざぁりん  at 01:02
こちらです。
https://www.buzzfeed.com/satoruishido/gakureki-bundan?utm_term=.rcLGx4aQ9#.ywKzBKd2E
(以下は、コピーです)
日本は学歴で分断される社会になっている。さまざまな「格差」の根にあるのも学歴……。分断から共生へ、舵をきれるのか?

posted on 2016/12/30 06:01

石戸諭 BuzzFeed News Reporter, Japan


18歳で引かれる分断線

岡山県の公立高校、いわゆる進学校ではなく、生徒たちの進路は就職と進学で50:50にわかれる高校である。4年制大学進学は少数だ。教室の一角で女性教員は1時間ほど生徒とその母親を説得していた。

「いまの成績なら国公立大学の進学を狙えますよ。どうですか」

「はぁ。いやまぁ大学ですか……」

「いけるなら大学を狙ったほうがいいですよ。その先の可能性も広がります」

「はぁ。でも先生、あと4年も勉強するんですか?」

普通に考えれば、地方で国公立大学を卒業すれば、就職やその先の進路で可能性は広がる。この教員が以前、勤務していた進学校の生徒たちなら、親も含めて二つ返事で目標として決まるような大学だ。それでも、反応は薄い。

そこで、気がつく。この生徒の親や親族に、大学へ進学した人はいない。進学校の生徒たちとはその時点で、価値観に根本的な違いがある。大学進学のイメージがわかず、高校と同じような教室で勉強する生活があと4年続くと思っている。

教員はBuzzFeed Newsの取材にこう答える。

「進学校の両親はほとんどが大卒。この学校はシングルの家庭も多いし、親もほとんどが高卒。親の収入と学力格差が比例する問題はよく言われるけど、文化の違いもありますよ」

「大卒の家庭は大学のメリットを知っている。だから、最初から子供も進学させようとしますよね。でも大学のメリットを知らなかったら、進学のための貯蓄だってしない。学力以前に選択肢から消えるんですよ……」

大卒と非大卒 それぞれ偏った「日本」が見えている

「トランプ大統領誕生の背景には社会の分断が〜」。散々、こんなセリフを聞いた。「分断」をまったくひとごとのように語っているが、日本にも分断は存在している。最大の分断、それが学歴だ。

大卒は大卒同士で、非大卒はそこでかたまり、それぞれまったく違う文化のなかで生活をしている。いってしまえば、違う日本社会で生きている。自分とその周囲の視点だけでみる「日本」はかなり偏っている可能性がある。

「日本社会をケーキで例えると、下半分はスポンジケーキで、その上にミルフィーユがのっているんですよ。下は非大卒で、上は大卒ですね。大卒の人たちは細かい階層にわかれていて、どこの大学を卒業したかを学歴だと思っているんですね。それは『学校歴』であり、学歴ではありません。大きな勘違いです」

「学歴分断社会」などの著作がある、大阪大の吉川徹教授(計量社会学)はこう語る。吉川さんは、格差社会を読み解くための大規模面接調査「SSPプロジェクト」を率いるこの分野の第一人者だ。

大卒は勘違いしがち、学歴=学校歴ではない

吉川さんの話をもう少し細かく見ていこう。大卒組は学歴をこんなイメージでとらえている。

「1番上には海外有名大や東大がいて、その下に早稲田大や慶応大があって……。自分はどこの階層にいるのかな」。ミルフィーユのように偏差値別に大学名が並んで、自分は何番目の層、ランクにいるかを気にかける。

「社会にでれば学歴は関係ない」という言葉もミルフィーユの階層での話だ。ミルフィーユの中での学歴と、社会的な地位とが逆転したとき、この言葉はリアリティーを持つ。しかし、その下にスポンジケーキがあることは見えていない。

学歴分断は、ミルフィーユのなかで生活する人たちが、スポンジケーキの存在を無視したときに起こる現象だ。

吉川さんは高卒(=非大卒。データ上、専門学校卒を含む)と大卒の間にある分断を「ガラスの天井」と呼ぶ。

「日本社会を調査データからざっくりと見ていくと、2人に1人は非大卒です。大学の定員もありますので、今後もこの数字は大きく変わることはないと予想します」

出席した結婚式、そこが大卒ばかりなら偏った人間関係になっている

▲吉川さん作成。2005年生まれが20歳になった2025年の予想図。高卒=非大卒と大卒の割合は50:50に。 吉川徹

「では、この記事を読む方の周囲はどうなっているでしょうか?75〜80%の大卒は大卒同士で結婚し、高卒は高卒同士で結婚する。いま日本で進んでいるのは、大卒夫婦の子供は大卒に、高卒同士は高卒にという流れです」

例えば、結婚式を想像してほしいと吉川さんはいう。招待された式で、大卒ばかりが集まっているのか、高卒ばかりが集まっているのか。双方、バランスよくいるのか。

「ある式場で一つの部屋は大卒ばかり。もう一つの部屋は高卒ばかり。そんなことが現実に起きているわけです。それは、昭和の時代と異なり、学歴が再生産されるようになったからです」

学歴が再生産されていく

かつて、昭和の時代には、自分たちは高卒でも、子供には大学をでてほしいというインセンティブが働いた。それは、社会全体が好景気で、上り調子だったからだ。

いまよりも次の世代で社会は良くなる、ならば子供には学歴をつけさせたほうがいい。しかし、現状はどうだろう。昔は少なかった大学も増え、大卒人口も増えた。なにより親も高学歴化し、大卒のメリットを知った世代が増えた。

「大卒というのは、18歳からの4年間で1000万〜1500万円くらい自分に投資をして、将来の成功のためのチケットを買うこと」だ。

最初から子供に投資をするメリットを感じないーーあるいはできないーー家庭もある。そこで生まれた子供には親の学歴を超える動機はない。そんな子供の割合が高いのが、高卒親の家庭になる。

吉川さんは親子で大卒、親が高卒→子供が大卒、親が大卒→子供が高卒、親子で高卒——の4類型にわけて比率を分析している。

今後はこんな風に推移するというのが吉川さんの予想だ。
•親子で大卒⇨35%

•親が高卒→子供が大卒⇨15%

•親が大卒→子供が高卒⇨15%

•親子で高卒⇨35%

ちなみに、小中学校から受験をさせる家庭は大卒親家庭が圧倒的に多いという。早くから子供に投資し、大卒という切符を早めに買うというのが動機だろう。

低学歴は自己責任、というウソ

分断線が見えてくると「自分の学歴は自分の努力だけでつかみとったもので、低学歴は努力不足」という考え方がとても陳腐に思えてくる。そもそも、勉強に対する動機付けがまったく違う。

自分の学歴は、たまたま、そういう環境に生まれたことに大きな要因がある。

「非大卒を低学歴ってバカにしたように言うでしょ。あれはとても信じられない話です。大卒エリートは大きな枠でみたときに、どういう環境で自分が育ってきたか、を考えないといけない」

「学歴分断線は、経済力、文化、政治参加にも影響を与えています。繰り返される格差社会論は、私の考えでは学歴分断のいろいろな側面を語っているものです」

過去分も含めた大規模な社会調査から見えてくるのはこんなデータだ。まず、非大卒は、雇用や景気の影響を受けやすい。

昭和の昔、「金の卵」といわれた高卒者にはこんな道が用意されていた。

大手の製造業、鉄道、電力やガスなどインフラ企業が用意した寮に大量の就職者とともに入る。ホワイトカラーが管理を担当し、ブルーカラーとして手を動かすのは高卒組。年を重ねると、社内恋愛やお見合いで結婚し、社宅に住み、家族が増え、やがて家を買う……。

中間層というのは「金の卵」的ブルーカラー労働者を指していた。しかし、いまは大卒ホワイトカラーが中間層だ。高卒ブルーカラーは下に押し下げられている。

ロスジェネ世代(バブル崩壊後、就職氷河期に直面した世代)以降は、うまく就職できても、景気一つで離職の危機にさらされる。

「格差」を押しつけられる高卒 下流、絶望……

少し古いが2005年にあった大規模社会調査プロジェクトの時点で、自分を「下流」だと答える若者のうち、非大卒は実に7割を占めている。非大卒、非正規、低収入……。経歴と実際の収入が下流意識と密接に結びつく。

「先が見通せないなか、若者たちは履歴書を何枚も書く時代に入っているんですよ。そこで高校の名前を書く。同じくらいの年齢なら、大卒のほうが優先して入っていく現実を何度もみせられるでしょう。自分は下層だと思うことは不思議でもなんでもない」

意欲の格差、希望格差と呼ばれた現象も学歴分断で説明ができる。

同じ調査で、自分が頑張っても社会はよくならない、と答えた層は、「収入」や「正規社員/非正規社員」の違い以上に「大卒/非大卒」の違いで、明確な差がでている。

つまり、非大卒ほど、社会に対して絶望している。

政治参加にも影響している。大卒層は政治参加への意欲も高いが、「非大卒・低収入層」は政治参加への意欲が飛び抜けて低い。

一番、救われないないといけない層なのに、彼らは政治からもっとも縁遠いところに置かれている。これも、生まれ育った環境影響が強いことを考えると、一概に自己責任とはいえないだろう。

強みを手放す社会

こうした傾向は2016年も変わっていないだろう。いまの社会は、ケーキで例えるとこうなっている。

ミルフィーユ層は会社もしくはグローバル化した経済のなかで、ポジションをつかもうと椅子取りゲームをする。その下のスポンジ層では、流動化が進み、必死に職を得ようとしているが、振り落とされていく人が続出する。スポンジケーキはスカスカになり、やがてミルフィーユ層も沈んでいく……。

「日本経済の強みとは何かを考えると、私はボトムの高さにあったと思うんです。高卒だって世界的にみれば決して学歴としては低くないわけです。彼らが手を動かしているから、大卒は別の仕事に専念できた。いまの社会は日本経済の強みを手放していますよね」

学歴で分断から共生へ どの「格差」が問題なのか?

では、どうしたらいいのか。いちばんシンプルな解は分断線を越えて、学歴をつけさせるというものだ。具体的には、高卒親→子供は大卒という層を増やすこと。

しかし、これは当然ながらうまくいかない。大学だって入学枠があり、みんなが大卒になれる社会は現実的ではないからだ。

例えば大卒親に子供が2人いたとする。子供を1人は大卒、1人は高卒にすることが、学歴再生産を手っ取り早く防ぐ方法だが、納得するだろうか?

吉川さんはこう主張する。

「私も子供が2人いますが、多くの大卒親も納得しないでしょう。問題は、大卒と高卒を上下関係でみることにあります、社会がうまく回るためには、私のような大学の研究者も必要ですし、ブルーカラー労働者だって必要なんです。同じ世代で、必要な仕事を分業している。こういう理解が必要です」

学歴をつければ格差は解消される。こうした主張は突き詰めれば、誰かが学歴によって割りを食う社会を肯定するということだ。

大卒が偉くて、非大卒は下——ではなく、翼の両翼と考える。大卒だけがうまくいく社会は、不安定どころか墜落しかねなない。

収入の大小ではなく、生活の基盤や安定が奪われるような格差を是正すること。これが必要なのだ、というのが、吉川さんの指摘だ。

キーワードは学歴分断社会から、学歴共生社会への転換だ。

「高卒者にだけ高いリスクを押しつける社会は、もう持たない」

「貧困と学歴が結びつくのは、学歴が足りないから、ではなく、貧困対策が足りないからです。そこを間違えてはいけない」


「格差も同じです。奨学金を出すのもいいのですが、生まれ育った家庭の文化的影響は0にはなりません。解決しないといけないのは、分断によって大卒だけが有利になる社会であって、全員が大卒になる社会ではないのです」

「例えば高卒の18歳を、いきなり流動化する労働市場にさらすのではなく、正社員として働いて、職能を身につけさせれば、社会にとって大事な力になります」

「求人を景気に左右されにくくするために、例えば企業が雇用したくなるインセンティブをもった政策をとる。必要なのは、昭和型雇用に代わる新しい雇用政策です」

分断もここまでくると、「高卒」というのは一つの「階級」、あるいはアメリカでいう「エスニシティ」に近いものに思えてくる。吉川さんの著作にある例え話が的確に現状をあらわしている。

「もし、アメリカで、業績不振を理由にリストラをするとき、白人は対象から外し、黒人やアジア系だけ契約を打ち切る。これは許されないだろう」

しかし、日本では学歴分断線を積極的につかって打ち切り対象者を決める。割りを食うのは、非大卒層だ。学歴分断を暗黙の了解にして、流動化を特定の「層」に押しつける。このままだと社会はますます不安定になっていく。

「繰り返しますが、学歴で上下をつけるのをやめるべきです。対策を考えるのは、大卒エリートの大事な役目ですが、そこで現実を見誤ってはいけないのだ、と強く言いたいと思います」

「高卒者にだけ高いリスクを押しつける社会は、もう持たない。特定の層だけが割りを食う社会から、共生への道を探るために知恵をしぼること。それこそがエリートの役目なのです」
  


Posted by いざぁりん  at 01:01
こちらです。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20161128-00064889/
(以下は、コピーです)
■都教委の決断に批判続出

先週24日、東京都教育委員会は都立学校の水泳授業において、来年度から飛び込みによるスタートを禁止すると発表した(都教委「水泳授業等における『スタート』の取扱いについて」)。今年7月に都立高校の水泳の授業で、生徒がプールの底に頭部を強打して首を骨折した事故を受けて、都教委が対応を検討していた。

この都教委の決定に対して、ウェブ上では批判の声が続出した。

ヤフー意識調査では、「全国でも、飛び込み指導を禁止すべきだと思いますか?」との質問に、約63%が「禁止する必要はない」と回答している(28日0時時点)。そして、ウェブ記事に付いているコメント欄は、「何でもかんでも禁止にするのか」といった意見であふれかえっている。この批判を、どう受け止めるべきか――

都教委のウェブサイト。飛び込みスタートの取り扱いについて詳細が記載されている。

■「そのうち水泳も体育も禁止になる」

たとえば、ヤフーニュースで紹介された記事(「都立学校、プール飛び込み原則禁止に」)に対して、28日0時の時点で約2400件のコメントが寄せられている。その「共感」コメントの上位10件を要約して並べてみると、次のとおりである[注1]。

1) そのうち水泳も体育も禁止になるのでは。

2) そのうちカッターやハサミも禁止か。

3) 転ぶからかけっこ禁止、ボールが当たるから野球も禁止、突き指するからバスケもバレーも禁止。

4) 知識のない人が指導することを禁止した方が良い。

5) どうやったら回避できるかを教えるのも教育。

6) あれダメ、これダメ。鈍臭い子供が増える。

7) そのうち体育が、禁止になる

8) 10年後には『危ない所だから学校は禁止』になるのでは。

9) そのうち、ジャンケンすると、チョキが目に刺さるかもしれないから、ジャンケンも禁止になる。

10) 何でもかんでも禁止にすればいいというものではない。

ご覧のとおり、都教委を支持するコメントは一つもない。そして何よりも目立つのは、「体育も禁止」「カッターやハサミも禁止」「ジャンケンも禁止」とあるように、都教委の判断を冷ややかに見る視線である。10件中8件が、そうした主旨のコメントだ。

■体育で飛び込みスタートを禁止すべき理由

高校の学習指導要領では、飛び込みスタートが認められている

上記のコメントを一言であらわすならば、10件目にあるように「何でもかんでも禁止にするのか」ということである。

体育の授業でプールの飛び込みが禁止されるべき理由は、すでに私も複数の記事(たとえば「学校のプールでまた飛び込み事故」)で指摘をおこなってきた。

理由の第一は、学校のプールでは頭頸部の外傷によって重度障害が残る事故が毎年発生しているからである。

第二に、それら重度障害事故の原因として、学校のプールは溺水防止が重視されているため、水深が浅く設計されているからである。

第三に、体育では競泳選手を育成するわけではないので、無理をしてまで飛び込みスタートを実施する必要性が低いからである[注2]。

取るに足りないような小さな危険があって、それをもって飛び込み禁止と言っているわけではないのだ。

■重大な危険を抑制してきた歴史

考えてみてほしい。かつては、バイク(原付を含む)の運転では、ノーヘルが認められていた時代があった。車のシートベルトだって、着用しなくても車を運転することができた。

だがそれでは事故が起きれば重大事態になるからと、ノーヘルも禁止され、シートベルトなしの運転も禁止されて、いずれも着用が義務化されたのであった。かつてのそれらの変革について、私たちはいま、「何でも禁止にするな!」と思えるだろうか。私たちはその禁止を受け入れ、いい意味でそのことに慣れたかたちで、いま安全を享受している。

私たちがいま享受している安全な生活とは、かつてあった重大な危険が、一つひとつ抑制されるなかで生み出されてきたものである。「何でも禁止にするな!」と一蹴するのではなく、いま何が起きていて、それはどのような意味で問題なのかについて、冷静に検討することが大切である。

■組み体操のときにも「何でも禁止にするな!」論

飛び込み事故に対する反応は、組み体操事故のそれとよく似ている

上述の「何でも禁止にするな!」論を目の当たりにしたとき、私にはすぐに、学校の運動会における巨大な組み体操の話題が思い起こされた。

2014年5月、私がヤフーニュース個人で巨大組み体操を問題視した際、まさに同じようなコメントが寄せられたからである。「そのうちに、体育がなくなる」「登下校も給食も、全部禁止だ」「そもそもスポーツにケガはつきもの」といった批判である。

組み体操に関する危険性の指摘は、「何でも禁止しようとする」ものと受け止められた。組み体操が危険かどうかを考えることは否定され、現状が肯定された。

でもいま、組み体操の危険性をめぐる世論は、大きく変わった。「何でも禁止にするな!」という見解は、もはや過去のものである。今日では、どうやって子どもの安全を守られるか、どうやって「安全な組み体操」を実現できるかという具体的な方策について検討が進んでいる。

その意味では、「何でも禁止にするな!」は、一つの通過点と理解したい。丁寧に議論を続けていけば、きっと多くの人から理解を得られるはずである。重大事故を減らしていくために、歩みを止めるわけにはいかない。

[注1]

約2400件のコメントを「共感順」で並べたときの、1ページ目に表示された上位のコメント(件数としては10件)。オーサーコメントは除く。

[注2]

東京都教育委員会の担当課長である佐藤浩氏は、BuzzFeedの取材に対して、「大事なのは、正しい泳法で長く泳ぐことです。そのために、飛び込みは絶対に必要なことではありません。水中スタートで目標は達成できます」と答えている。

東京都高等学校体育連盟の水泳専門部常任委員である井口成明氏は、東京新聞の取材に対して、都の決断を評価したうえで「水泳の授業は体力向上や水に親しむことが目的。頭からの飛び込み練習は不要」と答えている。
  


Posted by いざぁりん  at 01:01