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安倍家と籠池家は、非常に親しいということです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170401-00010003-jisin-soci
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 安倍昭恵夫人とのメールで、にわかに注目を集めているのが籠池泰典理事長の妻、諄子氏(60・塚本幼稚園幼児教育学園副園長)だ。マスコミの取材を正式に受けるのは今回、初めてとなる。

「昭恵さんと最初にお会いしたのは平成26年3月、ホテルの和食店で。瑞穂の國記念小學院の話をしたところ『すばらしい』と感想を述べられました」

 今年2月、その建設予定地が、格安で払い下げられていることが明らかになると、昭恵夫人は務めていた小學院の名誉校長職を辞任した。

「2月23日、総理の秘書が一方的に昭恵さんの辞任届を送ってきました。後日、昭恵さんの秘書に辞任の件を話したら『えっ!』と驚いて。つまり昭恵さん本人は、辞めたことを知らなかったんです。昭恵さんはそのあとも2月28日だったか、『私は今でも名誉校長をしたいと思っているんです』と、電話で私に言ってくださいました」

 3月24日、昭恵夫人はメールのやり取りを自民党に提供。SNSで、籠池理事長の証言について否定した。

「昭恵さんが今になって手のひらを返したのは、仕方ないです。私と同じで『夫を立てなければならない』と日ごろからおっしゃっている方だから。名誉校長を続けたくても、総理に迷惑がかかっては、と思ったんでしょう。

 でも、こちらはこんな苦労しているのに『○○に行きました』なんてメールが来ると、のんきでええなーって思ってしまいます。やはり政治家の妻。一般の社会とは違う壁があったんかなー、いまさらながら、そんな気がするんです」

 気丈に振る舞う諄子氏だが、地元の大阪ではつねに周囲の目にさらされている。この日も取材と移動で一日が費やされ、ゆっくり食事をする余裕すらなかった。別れ際、崎陽軒のシウマイ弁当を手渡すと「こんなおいしいもの、ありがとう。元気が出るわ…」と、涙を浮かべ喜んでくれた。その素顔は、よくも悪くもサービス精神あふれる、大阪のオバチャンだった。  


Posted by いざぁりん  at 01:29
こちらです。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12871011.html?rm=150
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 安倍内閣が「教育勅語(ちょくご)」について、「憲法や教育基本法に反しない形」で教材として使用を認める閣議決定をした。かつて国会で「基本的人権を損ない、国際信義にも疑点を残す」として排除までされ、影を潜めてきたが、第2次安倍政権になって、閣僚などから肯定的な評価が相次ぐ。

 ■天皇中心の国家観 戦後、国会で排除決議

 教育勅語は1890年10月、明治天皇が君主に奉仕する臣民の教えとして示したもので、戦前・戦中の教育の根本理念とされた。

 「朕(ちん)(天皇が自身を呼ぶ言葉)惟(おも)フニ」から始まり、父母への孝行など臣民が守るべき徳目が示されている=文部省図書局の「全文通釈」参照。最後に「皇祖皇宗の遺訓」として、君民一体で守ることが期待されている。天皇を中心とした国家観に貫かれ、徳目の最後の「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」が、天皇のために身を捧げる軍国主義につながったという指摘もある。

 学校に配られた謄本(写し)は、紀元節など儀式のときに校長が奉読し、天皇・皇后の写真とともに神格化されていった。今の道徳にあたる修身教育の柱としても採り入れられた。

 しかし戦後になり、日本国憲法が公布された1946年、学校などに対し、「我が国教育の唯一の淵源となす従来の考へ方を去って」という取り扱いが書かれた文部次官通牒(つうちょう)が出され、奉読も禁止された。

 ただ国会では、こうした行政上の措置だけでは、不十分とみなされたようだ。

 48年6月には、衆参両院で、教育勅語の排除・失効の確認が決議された。衆院の排除決議は「今日もなお国民道徳の指導原理としての性格を持続しているかのごとく誤解されるのは、従来の行政上の措置が不十分であったがためである」と指摘。教育勅語が「神話的国体観」に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損ない、国際的にも疑念を残すとして謄本を回収し、排除を完了するとした。


 ■第2次安倍政権で顕著に

 教育勅語の廃止後、教育の理念は、47年に定められた教育基本法に移った。同法は、第1次安倍政権の2006年12月に改正されたが、その時点では、教育勅語に対する政府の態度に大きな変更はなかった。

 第1次安倍政権で文部科学相を務めた伊吹文明氏は国会で「天皇陛下のお言葉を基本に戦後の教育を作ることは、戦後の日本の政治体制にそぐわないということになった」と述べている。だが、第2次安倍政権での政府側の答弁は踏み込んだものになった。

 14年4月の参院文教科学委員会。教育勅語についての「排除決議とは関係なく、副読本や学校現場では活用できるという見解でいいか」という質問に、当時の文科省初等中等教育局長だった前川喜平前次官が答弁。「教育勅語の中には今日でも通用するような内容も含まれており、これらの点に着目して学校で活用するということは考えられる」と述べた。当時の文科相だった下村博文氏も「教材として使うことは差し支えない」と答弁した。

 稲田朋美防衛相は3月9日の参院外交防衛委員会で「教育勅語の中にある親孝行とか、夫婦仲よくするとか、友達を大切にするとか、日本は世界中から尊敬される道義国家をめざすべきだという考え方が核だと認識している」と述べた。

 教育勅語を持ち出すまでもなく、家族愛などは、すでに2018年度から教科化される道徳の学習指導要領に入っている。小中学校とも「父母、祖父母を敬愛し」などと盛り込まれている。

 一方、文科省生涯学習政策局政策課は、憲法や教育基本法などで「教育勅語の法的効力はなくなっている」と強調。例えば、歴史的事実として勅語について教えるケースなどが想定されるという。ただ、学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で園児が教育勅語を暗唱していた例もある。閣議決定という「お墨付き」を得たことで、戦前・戦中に近い文脈で勅語が使われる懸念もある。


 ■国会の排除決議「内閣に拘束力」

 今回の答弁書をめぐっては、過去に教育勅語を排除・失効とした国会の決議を、閣議決定による答弁書によって乗り越えられるのかという問題もある。

 「現代日本の議会政と憲法」(岩波書店)などの著書がある高見勝利・北海道大学名誉教授(憲法)は、「内閣は行政権の行使で国会に連帯責任を負う、と憲法66条にある。両院がそろって戦後教育の指針として教育基本法を強調し、教育勅語の謄本回収を政府に求めた決議には、内閣に対する政治的・道義的拘束力がある」。

 さらに衆院での排除決議が、教育勅語など「詔勅」が違憲ならば無効とする今の憲法98条を根拠に示したことを指摘。今回の答弁書について「両院の決議を骨抜きにしている。教育勅語を否定しきれない安倍内閣の国家観がにじみ出ているように思う」と批判する。


 ■教育勅語「全文通釈」(文部省図書局による)

 朕(ちん)がおもふに、わが御祖先の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、又(また)、わが臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一つにして代々美風をつくりあげて来た。これはわが国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にこゝにある。汝(なんじ)臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互(たがい)に睦(むつ)び合ひ、朋友(ほうゆう)互に信義を以(もっ)て交(まじわ)り、へりくだって気随気儘(きずいきまま)の振舞(ふるまい)をせず、人々に対して慈愛を及(およぼ)すやうにし、学問を修め業務を習って知識才能を養ひ、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守(じゅんしゅ)し、万一危急の大事が起(おこ)ったならば、大儀に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為(ため)につくせ。かくして神勅のまにまに天地と共に窮(きわま)りなき宝祚(あまつひつぎ)の御栄をたすけ奉れ。かやうにすることは、たゞに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなほさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらはすことになる。

 ここに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになった御訓であって、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共にしたがひ守るべきところである。この道は古今を貫(つら)ぬいて永久に間違がなく、又我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を大切に守って、皆この道を体得実践することを切に望む。


 (出典=文部省「聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告」1940年2月。田中壮一郎監修、教育基本法研究会編著「逐条解説 改正教育基本法」から)
  


Posted by いざぁりん  at 01:29
こちらです。
http://www.asahi.com/articles/ASK305RC2K30UTIL03Y.html?ref=nmail
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安倍内閣は31日、戦前・戦中に道徳や教育の基本方針とされた教育勅語(ちょくご)について、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書を閣議決定した。だが、教育勅語は、過去に国会で排除・失効決議が出ており、答弁書との整合性や、教育現場でどのように使われるのかが問題になりそうだ。

 民進党の初鹿明博衆院議員の質問主意書に答えた。

 教育勅語は、明治天皇が1890年に国民に授ける形で示した「教え」。両親への孝行など一般的な道徳を表す項目がある一方、国民は君主に支配される「臣民」とされ、国に「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のためにつくせ」(旧文部省図書局の通釈)とも書かれている。

 だが、戦後の1948年、国会が「主権在君並びに神話的国体観に基づいている」ことから、「基本的人権を損」なうなどとして教育勅語の排除・失効の確認を決議。森戸辰男文部相(当時)は同年6月の衆院本会議で「教育上の指導原理たる性格を否定してきた」とし、憲法や教育基本法などの制定で「法制上明確にされた」と答弁した。

 今回の答弁書でも「勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導」は「不適切」としている。松野博一文部科学相はこれまでの記者会見で、憲法や教育基本法に反しないような配慮があれば「教材として用いることは問題としない」と発言していた。

 一方、第1次安倍政権時の2006年の国会で、伊吹文明文科相(当時)は「戦中の教育に対する反省などから、天皇陛下のお言葉を基本に戦後の教育を作ることは、そぐわないということになり、教育基本法が作られ、衆参両院の議決によって教育勅語は実質的に廃止されたと理解している」と述べている。

 教育勅語は、学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で園児が暗唱していたことが報道などで取り上げられるようになり、国会でも勅語をめぐる閣僚の認識が論点になった。(水沢健一)

■権威主義的な使い方されかねない

 島薗進・上智大教授(日本宗教史)の話 問題は「教育の唯一の根本」かどうかではない。臣民である国民に天皇の命ずる教えに従うことを強いたことが問題。権威に従う態度を強い、神聖な天皇に命を捧げるということまで含む。個々人の命が軽んじられた歴史を学ぶためなら必要かもしれないが、教育現場で一方的に教え込む権威主義的な使い方をされかねない。日本の未来に関わる判断であり、時の政府の都合で閣議決定などすべきものではない。
  


Posted by いざぁりん  at 01:28
こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170401-00050127-yom-int
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 1日付の韓国紙・東亜日報は、収賄容疑などで逮捕された韓国前大統領の朴槿恵(パククネ)容疑者(65)がソウル拘置所内の独房に入る際、しばらく立ち止まったまま涙を流したと報じた。

 朴容疑者はその後、刑務官の説得を受けて室内に入ったという。

 同紙によると、朴容疑者は3月31日未明に収監された後、左胸の部分に「503」の囚人番号が入った薄緑色の囚人服に着替えた。服は女性未決囚用で、拘置所では番号で呼ばれることになる。朴容疑者は同日朝、支給された食パンを口にし、室内で食器を洗って返却したという。

 検察は早ければ週明けから、朴容疑者への取り調べを始める見通しだ。  


Posted by いざぁりん  at 01:27