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 全国の書店員が“今いちばん売りたい本”を決める『2017年本屋大賞』(本屋大賞実行委員会主催)発表会が11日、都内で行われ、恩田陸氏(52)の『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)が大賞に選ばれた。同書は、1月に行われた『第156回芥川賞・直木賞(平成28年度下半期)』で直木三十五賞を受賞しており、本屋大賞史上初のダブル受賞の快挙となった。

 同賞は今年で14回目。過去の大賞作品は、三浦しをん氏の『舟を編む』(2012年)や東川篤哉氏の『謎解きはディナーのあとで』(2011年)など、多数が映画・ドラマ化された。恩田氏は、第2回の本屋大賞にも輝いていることから、今回が2度目の大賞となり、こちらも同大賞史上初となる。

 受賞のスピーチで、恩田氏は「第2回の本屋大賞に選ばれた時が最初の賞だったので、当時の書店員さんたちの熱気をスゴく覚えています。最初にいただけるという話を聞いた時もそうでしたが、今回も2回もいただいていいんでしょうかと半信半疑でした」と率直な思いを述べ、「この12年の間に立派な賞になったなと思いました。やっぱり、本屋大賞は私の誇りです」と言葉に力を込めていた。

 恩田氏は1964年10月生まれ。宮城県仙台市出身。東京都港区在住。早稲田大学を卒業。92年、「第3回ファンタジーノベル大賞」の候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。『夜のピクニック』(新潮社)で「第2回本屋大賞」と「第26回吉川英治文学新人賞」を受賞。構想12年、取材11年、執筆に7年もの歳月を費やした今作は、ピアノコンクールを題材として、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説となっている。

 同賞は、2015年12月1日~2016年11月30日に刊行された“日本の小説”を対象に実施され、一次投票では全国446書店564人、二次投票には288書店、346人の投票があった。

■2017年本屋大賞 順位一覧
大賞:『蜜蜂と遠雷』恩田陸(幻冬舎)
2位:『みかづき』森絵都(集英社)
3位:『罪の声』塩田武士(講談社)
4位:『ツバキ文具店』小川糸(幻冬舎)
5位:『桜風堂ものがたり』村山早紀(PHP研究所)
6位:『暗幕のゲルニカ』原田マハ(新潮社)
7位:『i』西加奈子(ポプラ社)
8位:『夜行』森見登美彦(小学館)
9位:『コンビニ人間』村田沙耶香(文藝春秋)
10位:『コーヒーが冷めないうちに』川口俊和(サンマーク出版)

■歴代大賞作品(書名、著者、出版社)
第1回:『博士の愛した数式』小川洋子(新潮社)
第2回:『夜のピクニック』恩田陸(新潮社)
第3回:『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』リリー・フランキー(扶桑社)
第4回:『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)
第5回:『ゴールデンスランバー』伊坂幸太郎(新潮社)
第6回:『告白』湊かなえ(双葉社)
第7回:『天地明察』冲方丁(角川書店)
第8回:『謎解きはディナーのあとで』東川篤哉(小学館)
第9回:『舟を編む』三浦しをん(光文社)
第10回:『海賊とよばれた男』百田尚樹(講談社)
第11回:『村上海賊の娘』和田竜(新潮社)
第12回:『鹿の王』上橋菜穂子(KADOKAWA 角川書店)
第13回:『羊と鋼の森』宮下奈都(文藝春秋)  


Posted by いざぁりん  at 22:51
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https://news.yahoo.co.jp/feature/579
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恩田陸さんの長編小説『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)が2017年本屋大賞に輝いた。恩田さんは代表作『夜のピクニック』(新潮文庫)で2005年にも本屋大賞を獲得しているが、2回目の受賞は史上初。しかも今回は、直木賞とのダブル受賞という快挙だ。今年で作家生活25年を迎える恩田さん。学園モノ、ホラー、SF、ミステリー……これまでの60作を超える小説は、百面相のような多彩ぶりだが、あくまでも本人は「書く側にいる感覚がない」と飄々としている。長年にわたり多数の読者を魅了する希代の作家が見据える、その視線の先にあるものとは。(ライター・石崎貴比古/Yahoo!ニュース 特集編集部)

デビューから25年、作品数も膨大だが「作家としてまだまだ成長途上」と語る。(写真・殿村誠士)

受賞作は7年間の集大成

「2回も同じ賞をくれるなんて、にわかには信じがたいというか、とにかくびっくり。本屋大賞は、私がデビューして結構経ってから初めていただいた賞でとても感慨深いです。(2005年の受賞作の)『夜のピクニック』は初めてジャンルを意識しないで書いた作品で、自分の中でもエポックメイキングな小説。読書のプロである書店員さんが選んでくださる賞をいただけたことを、これまでも誇りに思ってきました」

『蜜蜂と遠雷』は、雑誌『星星峡』『ポンツーン』(ともに幻冬舎)で7年にわたり連載した作品だ。(写真・殿村誠士)

『夜のピクニック』は、恩田さんの出身校でもある茨城県水戸市の名門、水戸第一高等学校の伝統行事「歩く会」を題材にした作品。一方、今回の受賞作『蜜蜂と遠雷』は、国際ピアノコンクールに挑む4人の若きピアニストたちを多視点で描いた群像劇だ。

「なんせ7年も連載していたので、書き終わったときに感じたのはとにかく解放感。もう書かなくていいんだと(笑)。ピアノコンクールの最初から最後までを描く、という構想自体は12年ほど前からありましたが、その当時の自分の力量では書き切ることが難しかった。この作品で特に目指したのは“音楽を読者の頭の中で鳴らすこと”。以前できなかったことが、現在の私にはできるようになったという手ごたえは感じていました」

直木賞受賞後も、執筆のペースはそのまま。作品ラッシュが続いている。(写真・殿村誠士)

音楽との出会いはピアノから

そもそも、恩田さんの暮らしには常に音楽が身近にあった。父がクラシック好きだったこともあり、自宅にはたくさんのレコードが並び、子供の頃からピアノを習った。青森県の生まれだが、父の転勤に伴い幼少から大学入学まで日本各地を転々とした。飛行機は大の苦手だが、陸路なら車窓を眺めていればどんなに長時間でも気にならないという。それは、列車での引っ越しがほとんどだったからかもしれない。

松本、富山、秋田、宮城、そして水戸。いずれの土地も彼女にとって印象深い場所だ。中でもピアノを弾く楽しさ、そして聴く楽しさを教えてもらったのが秋田時代、小学校6年生の時に師事していたピアノ教師だった。彼が「僕の一番好きなピアニスト」と言って手渡した緑色のジャケットのレコードは1950年に33歳で夭逝したルーマニアの天才ピアニスト、ディヌ・リパッティのもの。当時はそれほどでもなかったが、大人になりその魅力に惹きこまれた。

かつてピアノを弾いていた指先から、いまは無数の物語を紡ぎ出す。(写真・殿村誠士)

中学時代はケイト・ブッシュやクイーンなどのブリティッシュ・ロックに傾倒。早稲田大学在籍時はジャズのビッグバンドに所属し、アルトサックスを吹いた。現在は自分で音楽を奏でることこそなくなったものの、様々なジャンルを聴いている。

「CDは学生時代から現在まで、渋谷か新宿のタワーレコードで買ったものばかり。最近ではイスラエル出身のジャズベーシスト、アヴィシャイ・コーエンのアルバムが気に入っています。東京JAZZフェスティバルに出演しているのを聴いて、かっこいいなと。いろいろな音楽を聴きますが一番多いのはジャズピアノやクラシックピアノかな」

出版された自著には必ず目を通す。「結構誤字とか見つけちゃうんですよね」(写真・殿村誠士)

『蜜蜂と遠雷』にも、全編を通じて様々な楽曲が鳴り響く。当然、恩田さんの仕事中もなにがしかの音楽が流れているように想像するが、執筆中の室内は無音だ。

「BGMとして音楽をかけようとするとうるさくなって消してしまう。執筆するときは執筆だけに、音楽をかけるときは音楽だけに集中しないとダメですね」

「作者は読者のなれの果て」

今年の直木賞・本屋大賞のダブル受賞をはじめ各種文学賞の受賞だけでなく、江戸川乱歩賞の選考委員を務めるなど、作家としての地歩を確かなものにしてきた。執筆のペースも維持している。

「“作者は読者のなれの果て”という言葉がありますが、私はまさにそのタイプ。本を読むことと書くことは、本当は同じことだと思います。読者として面白さを感じたような本を自分でも書いてみたいと思って小説家になりましたが、それほど自分が“書く側にいる”という感覚がない。今でも読者感覚が勝っていて、とにかく本を読んでいないと自分がスカスカになっていく感じがするんです」

「書くことも読むことも好き。作家になってからも、読者感覚のほうが強い気がしています」(写真・殿村誠士)

インプットなくしてアウトプットなし。多彩な作品群を支えるのは、それを上回る膨大な読書量というわけだ。いまも執筆の合間を縫って、平均すると週に4〜5冊は読んでいる。

「作家になるにはとにかくたくさん読むしかないと思います。自分だけの引き出しでは限界があるし、もはや新しい物語のパターンはない。となると、これまでのパターンをどう演出するかが大事になってきます。やはり自分が読んだ分以上のものは書けないでしょう」

「ただし」と彼女は力を込めて言う。

「新しい作品を書く場合、先人へのリスペクトを持っているべきだと思っています。人間って大したことはできませんし、これまでの作家によってあらゆることがやりつくされています。先人たちを超えられるとは思いませんが、彼らがやってきたことを次世代につなぐこと、感動をつなぐことが大切だと思います」

次回作はバレエの世界が舞台

1992年に『六番目の小夜子』(新潮文庫)でデビューした当時はOLとして勤務する傍ら、もっぱら夜間に執筆する「二足のわらじ生活」を送っていた。サービス残業は当たり前の時代の、ハードな日々。1997年に専業作家となってからも完全な夜型で「絵に描いたような不規則な生活」だったが、最近は以前に比べ健康的な毎日を送る。

「執筆は朝と昼に集中して行います。だいぶ健康的なんじゃないかな」(写真・殿村誠士)

『蜜蜂と遠雷』のあとも、2017年2月にファンタジー長編『失われた地図』(KADOKAWA)、短編集『終りなき夜に生れつく』(文藝春秋)、3月には近未来SF『錆びた太陽』(朝日新聞出版)と新作の発刊が続いている。執筆依頼が殺到する日々だが、デビュー当時は小説のタイトルと簡単なプロットを綴ったリストをもとに出版社に「営業」することも。

当時のリストにあったものはほとんどが具現化し、読者のもとに届けられた。現在構想中の物語は、新潮文庫の『マイブック』(1日1ページ1年分の無罫日記帳)にそのタイトルがいくつもストックされている。次回作は、バレエダンサーを主人公にした小説だ。

いまも多くの連載をかけもちしているが、その日に書く原稿はどのように選ぶのだろうか。

「手帳の予定表を見て、締め切りがヤバそうな順に (笑)。昼間はひたすら仕事をしていることが多いですが、毎日必ず外出します。用事がある時は電車やタクシーで移動しますが、1時間以内の距離だったら歩きます。自宅兼仕事場が麻布近辺で、恵比寿や赤坂くらいまでだったら徒歩。散歩して、夕飯のおかずを買って、本屋さんに寄って、という感じ」

「ビールは大好きですね。先日訪れた水戸でも、地元の常陸野ネストビールをたくさんいただきました(笑)」(写真・殿村誠士)

書店では一読者になる

本は必ず書店で手に取って選んだものを買う。近所にある2軒の大型書店の常連であり、新宿に出たらもちろん紀伊国屋書店に足を運ぶ。書店に入ると絶対になにがしかの本を買わないと気が済まない。

「書店では“読者人格”が勝ってしまって、自分の本とかは全然気になりません。あ~置いてあるな~くらいの感じです。目立つ場所に並べ替えたりはしませんよ(笑)。雑誌もいろいろなジャンルを読みます。中でも料理の本を読むのが“趣味”。檀一雄の『檀流クッキング』や湯木貞一の『吉兆味ばなし』のレシピを試したり。活字だけで書いてある料理本は特にいいですよね。何かしら自分の作品に反映されているかもしれません(笑)」

食べるのも好きだが、実は知る人ぞ知るビール党でもある。

「ものすごくいっぱい飲みます(笑)。外で飲むと2軒、3軒は必ずハシゴしてしまうから良くないんですよ。家では、おつまみと一緒にビールを1、2本飲むくらい」

世界的にブームとなっているクラフトビールや、小規模醸造所をテーマとした「趣味」を兼ねた作品が、今後登場するかもしれない?

「確かに流行っていますし、先日訪問した水戸でも常陸野ネストビールをたくさんいただきました。それでも私の定番は、自宅の冷蔵庫に常備してあるキリンのクラシックラガーとサッポロ黒ラベルですね」

祖父江慎の装丁も印象的な最新作『錆びた太陽』(右)。『蜜蜂と遠雷』とはまた全然違う、近未来を描いたSF作品だ。(写真・殿村誠士)

トランプの髪形は嫌い

インタビューの最後に、好きなものと嫌いなものをジャンルを問わず2つずつ尋ねてみた。まずは好きなもの。「う~ん」と唸ってまず出てきた答えは「ソラマメ」。

「この季節はやっぱりいいですよね。それから神保町! 古本屋はもちろんたくさんあるし、喫茶店もたくさんある。最近はいい飲み屋さんもいろいろできましたし」

続いて嫌いなものとしてすぐに挙がったのが、ドナルド・トランプ米大統領の髪形。

「ヅラじゃないらしいんですけど、何となくイラッとしますよね~」

もう一つの嫌いなものは、うんうん唸れどなかなか出てこない。予定調和なコメントばかりの「バラエティー番組」や、かぶれるからとの理由で「山芋」が浮上したが、最終的にノミネートされたのは「ちっちゃい犬」。

恩田さんのサイン。『マイブック』には、この筆致で書かれた構想タイトルがずらりと並んでいるという。(写真・殿村誠士)

「犬は好きなんですけど、チワワみたいなちっちゃい犬は嫌いです。一生懸命歩いても全然進んでないところが嫌い(笑)」

とはいえやはり嫌いというほどでもなく「苦手」なレベル。嫌いと断言できるのはゴキブリくらいのようだ。嫌いなものよりも好きなものがすぐに思い浮かぶからこそ、さまざまな愛すべきキャラクターを生み出し、美しい物語を紡げるのだろう。自分の一生を100パーセントで表すと、現在の自分を「40パーセント」と評し、「これからも悪あがきをして、ベストを尽くしたい」と語る恩田さん。彼女の『マイブック』にストックされた新たなタイトルが、今後も分厚い本となり書店に並ぶのだろう。そして感動は、次世代へとつながれていく。


恩田陸(おんだ・りく)
1964年青森県生まれ。早稲田大学卒。1992年に『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞および本屋大賞を、2006年『ユージニア』(角川文庫)で日本推理作家協会賞を、2007年『中庭の出来事』(新潮文庫)で山本周五郎賞をそれぞれ受賞。今年、『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2017年本屋大賞(主催:NPO本屋大賞実行委員会、オフィシャルメディアパートナー:ヤフー)をダブル受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している。近作に『錆びた太陽』。
  


Posted by いざぁりん  at 22:38
Posted by いざぁりん  at 01:13
Posted by いざぁりん  at 01:13
いかなる戦争にも、反対します。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20170410-00069711/
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米太平洋軍のデーブ・ベンハム報道官は8日、西太平洋の即応態勢とプレゼンスを維持するため、原子力空母カール・ビンソンを中心とする第1空母打撃群を北に向かわせていると明かした。

金正恩氏のトイレ問題

空母打撃群は、寄港先のシンガポールからオーストラリアに向かっていた途上で北上を命じられた。目的は何か。ロイター通信は米高官の話として、弾道ミサイル発射など挑発行為を繰り返す北朝鮮に対し、「存在感を高めていく必要がある」と述べたと伝えている。

筆者は先日、「米軍が9日にも北朝鮮を攻撃する」との怪情報が永田町などで出回っていったことについて書いたが、もしかしたらこの情報は、米海軍の方針が誤って伝わったものだったのかもしれない。

一方、北朝鮮外務省は同日、米軍のシリア攻撃を非難する報道官談話を発表した。北朝鮮は第4次中東戦争に派兵して以来、シリアと緊密な関係を維持している。

(参考記事:第4次中東戦争が勃発、北朝鮮空軍とイスラエルF4戦闘機の死闘)

談話は、「一部では、シリアに対する米国の今回の軍事攻撃がわれわれを狙ったいわゆる『警告』の行動だとけん伝しているが、それに驚くわれわれではない」としながら、「核戦力を強化してきたわれわれの選択が全く正しかった」ことがわかったと主張している。

たしかに、北朝鮮が核武装してしまったいま、トランプ政権といえども簡単に手出しをすることはできない。そんなことをすれば、同盟国である韓国と日本に危険が及ぶ。

とはいえ、トランプ政権が現在の「経済制裁いっぽんやり」に満足していないのは確かだ。

米フロリダ州パームビーチで7日まで2日間にわたった米中首脳会談で、トランプ大統領と習近平国家主席は北朝鮮問題をめぐり、どのような協力を行うか、具体的な合意に到達できなかったようだ。

従来、米中首脳は会談後に共同会見を開くか、成果がなかった場合にも共同声明を発表してきたが、今回はそのどちらもなかった。ティラーソン米国務長官が会見で、北朝鮮問題に関する首脳会談の内容を簡単に伝えただけだ。

トランプ氏はこれまで「中国が(北朝鮮への圧力を)強化しなければ、独自に行動する準備ができている」と発言してきた。いよいよしびれを切らしたら、どのような行動に出るのだろうか。考えられるオプションのひとつに金正恩党委員長に対する「斬首作戦」があるが、これは韓国軍の協力なしに実行することは不可能だろう。

(参考記事:米軍の「先制攻撃」を予言!? 金正恩氏が恐れる「影のCIA」報告書)

ほかにも、韓国の意向によって、米国が対北朝鮮で出来ることと出来ないことには大きな差が出てくる。ということは、5月に行われる韓国大統領選の結果が正恩氏の運命に大きく影響する可能性があるということだ。

韓国大統領選ではこれまで、北朝鮮に融和的とされる文在寅(ムン・ジェイン)候補が独走してきたが、中道系の安哲秀(アン・チョルス)候補が猛追するなど、風雲急を告げる展開となってきた。

正恩氏はおそらく、トイレさえ自由にならない厳戒態勢の中、自身を取り巻く情勢の成り行きを、固唾をのんで見守っていると思われる。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)
  


Posted by いざぁりん  at 01:12
いかなる戦争にも、反対します。
https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20170410-00069750/
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トランプ政権のシリア空爆は、米国にとって越えてはならない一線を越えたら、軍事力を行使する決意を実際に行動で示したことになる。特に、米中首脳会談最中にシリアへの軍事行動に踏み切ったことは「中国が北朝鮮の核開発阻止に協力しなければ、米国が独自に行動する」とのトランプ大統領の警告が決してハッタリではないことを見せつける結果となった。

これに対して北朝鮮外務省は8日の談話で「一部にはシリアに対する米国の軍事攻撃が我々に対する警告的行動であると騒いでいるが、そんなことに驚く我々ではない」と米国の威嚇を一蹴した。逆に「シリアの事態は、我々に帝国主義者らへの幻想は絶対禁物である」と述べたうえで「今日の現実は力には力で対抗し、核武力を常時強化してきた我々の選択が千万回正しかったことを立証した」と、核兵器を軸とした自衛的国防力を引き続き強化することを強調した。

仮に金正恩政権が米国のシリア空襲に恐れおののいているなら、容易には6度目の核実験に踏み切れないだろう。換言すれば、史上最大規模の米韓合同軍事演習の最中に、それも3月中旬に演習に参加し、引きあげたばかりの原子力空母「カール・ヴィンソン」が再び朝鮮半島に派遣されている状況下で、それもシリア空爆の後に核のボタンを押すのはよほどの覚悟ができなければできない。

(参考資料:北朝鮮の核実験が見送られる可能性はないのか?)

全長333メートル、全幅76.8メートルの9万3千トン級の「カール・ヴィンソン」は戦闘攻撃、電子攻撃、海上攻撃を行う飛行隊が搭乗しており、「FA18」など爆撃機24機、対潜ヘリ10機、「E2C」など早期警戒機4機、電子戦機「EA18Gグラウラー」なども含め90機が搭載されている他、地対空迎撃ミサイルも多数搭載されている。3月中旬に釜山に入港する前に朝鮮半島周辺の海域で実戦に向けての戦闘訓練を実施していた。いつでも攻撃可能だ。

米軍がその気になれば、軍事演習期間中のグレナダ侵攻(1983年)や自衛権の発動と称して特殊部隊をはじめ陸海空から成る5万人以上の米軍を侵攻させ、ノリエガ将軍を除去したパナマ侵攻(1989年)の再現はないとは断言できない。

逆に、金正恩政権がそれでもボタンを押した場合、今度はトランプ政権が決断を迫られることになるだろう。シリアへの空爆に踏み切った理由が「化学兵器の拡散と使用を阻止することが米国の安全保障にとって死活的な重大な問題である」ということならば、北朝鮮の核実験も、また米本土を標準に定めた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射もまた米国の安全保障にとって極めて深刻な脅威である。シリアを叩いて、北朝鮮を叩けないということなら、北朝鮮外務省の「米国は核を持ってない国だけを選んで攻撃している」との主張を正当化することになりかねない。

また、米中首脳会談後、ティラーソン国務長官はABCの番組でシリア攻撃は北朝鮮に対するメッセージかとの質問に対し「国際的な規範や合意に違反したり、約束を守らなかったり、他者を脅かしたりすれば、いずれ対抗措置がとられる可能性が高いという全ての国へのメッセージだ」と答えていた。

北朝鮮の核実験やミサイル発射は明らかに国連安保理決議に違反している。また、日韓や北東アジアの安全と平和を脅かしているのは自明だ。それでも米国が「対抗措置」が取らなければ、トランプ政権の北朝鮮への警告はブラフとみなされ、金正恩政権は今後、トランプ政権を見くびることになるだろう。

では、トランプ大統領はシリア同様に北朝鮮を攻撃できるだろうか?

米国はクリントン政権時代(1992-2000年)の1994年に一度だけ、北朝鮮への攻撃を真剣に検討したことがあった。

クリントン大統領は全面戦争という最悪のシナリオに備え1994年5月19日、シュリガシュビリ統合参謀本部議長らから戦争シミュレーションのブリーフィングを受けた。シミュレーションの結果は「戦争が勃発すれば、開戦90日間で▲5万2千人の米軍が被害を受ける▲韓国軍は49万人の死者を出す▲戦争費用は610億ドルを超える。最終的に戦費は1千億ドルを越す」という衝撃的なものだった。

当時、極東に配備されていた在日米軍3万3千4百人と在韓米軍2万8千5百人を合わせると、約6万2千人。なんとその約8割が緒戦3か月で被害を受けることになる。駐韓米軍のラック司令官にいたっては「南北間の隣接性と大都市戦争の特殊性からして米国人8万~10万人を含め(民間人から)100万人の死者が出る」と報告していた。

ブッシュ政権下(2001-2008年)でも武力行使のオプションが排除されることはなかった。

ブッシュ大統領は2003年2月、米陸軍士官学校の卒業式で「我々は自由と生命を守るため先制措置(先制攻撃)を取るなど積極的で断固とした態勢を備える」と、「悪の枢軸」扱いした北朝鮮を威嚇し、翌2004年2月10日に訪米した中国の江沢民国家主席に対し「(北朝鮮の核問題が)外交的に解決できなければ、北朝鮮への軍事攻撃を検討せざるを得ない」と密かに通告していた。このことは退任後の2010年11月に発売されたブッシュ大統領の回顧録「決断の瞬間」の中でも明らかにされている。 

北朝鮮が2006年、2009年と2度にわたって核実験をした後も先制攻撃のオプションは排除されることはなかった。また、オバマ政権下(2009年~)でも北朝鮮が人工衛星と称して2009年4月にテポドン2号を発射した際にはゲーツ国防長官が「迎撃も辞さない」と言明していた。この時、迎撃の意思をロシア政府に事前通告していた。

また、米太平洋軍のロックリア司令官もソウルの米韓連合司令部での会見(2012年4月17日)で「北朝鮮が3度目の核実験を試みた場合、基地に対して局地攻撃を加える可能性もある」と発言していた。

さらにドニロン大統領補佐官(国家安全保障担当)もまた、ニューヨーク市内でのオバマ政権のアジア太平洋政策をテーマにした講演(2013年3月11日)で「米国は米国を攻撃目標にできるような核ミサイルを開発しようとするのを傍観しない」と発言していた。

しかし、すべてはブラフで終わっていた。行動が伴うことはなかった。その結果が今の北朝鮮である。

オバマ政権下の最後の国防長官、アシュトン・カーター氏は2006年にワシントン・ポスト紙にクリントン政権時代の国防長官だったウィリアム・ペリー氏と共同で「必要なら、攻撃し破壊せよ」と題する論文を寄稿し、北朝鮮に対する先制攻撃論を展開していたが、北朝鮮が核実験(2006年10月)を行った後は、持論を変え、韓国紙(「中央日報」2007年1月7日付)のインタビューで「北朝鮮の核兵器を効果的に除去するための外科手術的攻撃はもはや不可能である」と述べていた。

北朝鮮は1994年の時と違い、今では核とミサイルを保有している。米本土は無理としても、韓国に対してだけでなく、同盟国である日本への攻撃は可能だ。

オバマ大統領は昨年1月22日のユーチューブのインタビューで「軍事的な解決は考えていない」と強調し、その理由について「我が同盟国の韓国が北の真横に接していて、もしも戦争が勃発すれば想像を絶する、深刻な被害を韓国は受けるから」と説明していた。

今や、戦争による被害は韓国に留まらない。同盟国の日本にも、米国自身にも及ぼす。従って、先制攻撃の能力はあったとしても、簡単には手を出せないだろう。

北朝鮮が核実験に続き、米国にとってのレッドラインであるICBMを米国の先制攻撃を覚悟のうえで発射した場合、トランプ大統領がどのような結論を下すのか、まさに究極のチキンレースである。
  


Posted by いざぁりん  at 01:11
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今日ご紹介するアドバイスを活かす日が決して来ないことを祈りますが、知っていて損はない話です。

突然閃光が走ると近くに核爆弾が投下されたことがわかりますが、爆心地から50マイル(約80Km)圏内にいると閃光により目が見えなくなる可能性があります。失明できるということは、命がある証拠ですが。核爆発の特徴としては、原爆のトレードマークといえるキノコ型の雲が地平線上に広がり、爆心地から10マイル(16Km)圏内にいる場合、一瞬にして火傷を負うことも挙げられます。

アメリカ合衆国所轄のLawrence Livermore National Laboratory(ローレンス・リバモア国立研究所)の研究者、Michael Dillon氏は、すぐにシェルターを見つけて、死の灰と呼ばれる放射性降下物を避けるべきだとしています。同氏は『Proceedings of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences』に発表したレポートの中で、できるだけ高密度の建築資材でできている建造物の中に身を隠すことを勧めています。この場合、頑丈なほど良いのです。

たとえば、頑丈なレンガかコンクリートでできている窓の無い建造物や、地下貯蔵室、地下室、半地下室に隠れると、放射能被ばく量は屋外にいるときの200分の1になります。防空壕が理想的なのは明らかですが、たいていの場合、近くにはありません。最近、「Business Insider」に米連邦緊急事態管理局が作成した以下の図が掲載されましたが、これを見るとどこに避難すべきか見当がつくはずです。

残念ながら、ほとんどの家屋や平屋の小規模建物は木造なので、放射性降下物から身を守る必要があるときはあまり意味を成しません。どこにも隠れないよりマシでしょうか? ある意味ではそうですが、Dillonさんは、できたらもっと良い場所に逃げることを勧めています。全力疾走で5分以内にもっと堅固で保護能力の強いシェルターに行けるなら、ぜひ移動してください。しかし、そういう場所への移動に15分以上かかるようなら、今いる場所に少なくとも1時間はとどまってから、移動しましょう。それまでに高濃度放射性降下物の大部分は濃度が下がるので、被ばく量が少しは減ります。

米国環境保護庁による指導は次の通りです。

高密度の厚い壁に囲まれたシェルターで待機するときは、扉や窓から離れた場所にいること。

シャワーを浴びるか濡れた布で放射能を浴びた体の部分をふき取ること。

放射能で汚染された衣服を脱いでビニール袋に入れて密封し、人間から離れた場所に置くこと。

シャワーを浴びるときは、シャンプーと石鹸を使用すること。肌をゴシゴシ擦らないこと。放射性物質が頭髪に付着してしまう危険性があるので、ヘアコンディショナーは使用しないこと。

身体を清めた後で、鼻をかみ、目の周りやまつげ、耳を拭いて放射性残留物質を取り除くこと。

最後に、救助が来るまでは密封容器に入った水や食べ物だけを口にするようにしてください。シェルター待機中は、支援を得られる場所や汚染検査を受けられる場所に関する最新情報を常に得られるようにラジオを聞きましょう。  


Posted by いざぁりん  at 01:07