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僕が『おじいちゃんが孫に語る戦争』で、どうしても伝えたかったこと

投稿日: 2015年5月1日 作成者: ascom


僕はもう80歳を超える。僕には小学生の孫がいる。戦後70年目を迎える今年、孫は小学校5年生になった。小学5年生といえば、ちょうど僕が終戦を迎えた時の年齢だ。

僕自身、あとどれくらい生きられるかもわからない。だから考えた。僕が子どもの頃に体験したあの戦争のことを、孫たちにしっかりと伝えておくべきではないか、と。

そもそも、日本はなぜ、あんな戦争をすることになってしまったのか。

あの戦争のきっかけとなった満州事変から、日中戦争、そして日米開戦へ……。その流れの中で、いくつかのターニングポイントがあった。

例えば、ちょうど満州国が認められず、日本が国際連盟を脱退した1935年(昭和10年)のことだ。イギリス政府が、日本にこんな耳よりな話をもちかけた。

その内容は、お金に困っている蒋介石の国民党に、イギリスと日本共同でお金を出そう、というのだ。そうすればイギリスは、満州国を認めるように、蒋介石に働きかけてくれるという。ところが日本は、その申し出を断ってしまう。なぜか。

僕は孫たちにできるだけやさしく、わかりやすいように説明を続けた。「僕は、イギリスに代表されるヨーロッパに対して、日本が長年、持ちつづけてきたコンプレックスが理由だと思います。コンプレックスの裏返しで、『むかしと違って、いまの日本は世界の一流国なんだ。ヨーロッパのヤツらなんかにバカにされてたまるか』と考えてしまったのですね」

そして、敗戦については、こう話した。「戦争の拡大を止める機会は何度もあったのに、日本はことごとくそのチャンスを逃し、たいへんな数の人が命を落とすことになりました」「もし、日本に外国と粘り強く話しあいをする根気強さがあり、しっかりとした情報力がそなわっていたなら、あのような悲惨な戦争は起こらずにすんだのではないか。おじいちゃんはそう考えています」

また、僕が子どもの頃に見かけた、出征していく兵士とその家族の様子も孫たちに話したのだ。「町の人から『バンザーイ』と叫んで見送られる中、ふとみると、おじさんの家の奥さんが、必死で涙をこらえている。その家の子どもの顔がくしゃくしゃになっている。それをみて、『ああ、ほんとうは戦争に行ってほしくないけれど、みんなの前では口にできないから、我慢してるんだな』と思いました」

死ぬかもしれない戦争に行くのは、本人だって家族だって、イヤに決まっている。それを表に出せないというのは、いったいどういう社会だったのか。子どもの頃の鮮烈な思い出を、僕は孫たちに伝えたかったのだ。

こうして孫たちに話した内容を、『おじいちゃんが孫に語る戦争』として、一冊の本にまとめた。

いま、同じ日本人同士でも平和に対する考え方の違いが、目立つようになっている。僕より年上の、それこそ戦争の恐ろしさを身をもって知っている世代の人たちは、理屈抜きで「戦争は二度とゴメンだ」とほとんどの人が答える。しかし、戦争を知らない若い人たちの間では、「日本は強くなるべきだ」という声が強まっているようだ。

戦争を体験した世代として、僕は若い人たち、孫たちの世代に、何度でも繰り返し繰り返し、「戦争はしてはいけない」と、伝えなければならないと考えている。

4月22日、インドネシアで、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開かれた。安倍晋三首相は、スピーチでこう語った。「『侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない』『国際紛争は平和的手段によって解決する』。バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省とともに、いかなるときでも守り抜く国であろう、と誓いました」

安倍首相、そして今後、首相となる政治家たちには、この言葉を何度でも噛みしめていただきたい。



Posted by いざぁりん  at 01:30