京つう

  イベント  |  伏見区

新規登録ログインヘルプ



こちらです。
https://news.yahoo.co.jp/byline/masanoatsuko/20170529-00071462/
(以下は、コピーです)
まさのあつこ | ジャーナリスト

5/29(月) 14:08

インドネシアではSLAPP対抗条項が導入された(2016年11月筆者撮影)

「貴女はどちらから?」とランチで隣に座った女性に尋ねたら、スウェーデンからの「環境裁判官」だった。昨年11月に大阪で開かれた国際シンポジウム「環境分野の市民参加と司法アクセスの役割」の休憩時間のことだ。

諸外国では、裁判官が環境がテーマの国際会議に参加して情報交換していると聞いていた。「環境裁判官」たちが日本で講演する機会があるというので取材に出かけていったのだ。

環境訴訟を起こす権利は、欧州では環境保護団体に与えられ、米国では市民(なんぴと)にも与えられ、日本ではまだそのどちらも法律に定めがない。そして、今や日本以外のアジア、南米、アフリカでも制度が整いつつあり、OECD諸国では最も遅れてしまったのが日本ではないか(*1)。その背景には日本の裁判官がそうした国際会議に出ないことにも一因があるかもしれない。そう聞いていたが、それを実感することとなった。

シンポジウムでは、インド、中国、インドネシア、タイ、スウェーデンの裁判官の話を聞くことができたが(*2)、全員に共通していたのは、環境を守るためには「市民参加」が欠かせないと考え行動する姿勢だ。

インドネシア、タイ、スウェーデンの裁判官(シンポジウム「環境分野の市民参加と司法アクセスの役割」にて2016年11月4日筆者撮影)

SLAPP対抗条項

ここであえて特筆したいのは、インドネシアの例だ。環境保護・管理法66条に「適正で健全な環境の権利を求めて闘う者を、刑事や民事で訴えてはならない」と定められた。「SLAPP対抗条項」と呼ばれている。

「SLAPP」とは「Strategic Lawsuit Against Public Participation」の略で、環境保護運動などを妨害するために、政府や企業が嫌がらせで市民を提起する訴訟のことだ。

講演を行ったインドネシア・ジェンベル地方裁判のムリヨノ裁判所長によれば、インドネシアの裁判所法第5条で、「裁判官は社会における法律の価値と正義の意味を探求し、理解しなければならない」としていることを適用する形で、このSLAPP対抗条項を運用するのだ語った。

日本では沖縄でSLAPPが繰り返されている。2008年には国が訴えた15人に8歳の子どもまで含まれていた(*3)。昨年から今年にかけては、基地建設の反対リーダーを、器物損壊罪だと逮捕、公務執行妨害だ通行妨害だと時を遡って、再逮捕、再々逮捕して勾留し続けた(*4)。今日から参議院で審議される共謀罪法が「市民を監視し、言動を萎縮させる」と懸念されているのは、こうした実例があるからだ。

暮らし続けたい幸福の追求VS目的がコロコロ変わるダム事業

筆者が取材をした中には、2014年と16年に、長崎県が県営ダム建設に反対する住民を通行妨害で訴えた例がある。

石木ダム(長崎県川棚町)は1970年代は工業団地への送水を目的にしていたが頓挫。現在は、人口も水需要も減少する佐世保市の水道が目的の、ムダを絵に描いたようなダム事業だが、長崎県は強制収用で、そこに暮らし続けたい13世帯の家屋と田畑を奪おうとしている。

手続に対し、住民らは事業には強制収用するほどの公益性はないと提訴。一方で、測量だ、付け替え道路工事だと強行を試みる県の行く手を阻む座り込み活動を継続。

県はそうした活動をカメラで撮影。2014年にそんな住民等9名を含む23人への「通行妨害禁止仮処分命令」を裁判所に申し立て、そのうち16人が妨害禁止を命じられた。その中にはたった一回参加しただけの人も含まれていた。

住民らは、SLAPP対抗策として全員マスクやサングラスや帽子で当局による監視・撮影活動から自らを防御し、座り込みを続けた。しかし、2016年に再び、初回の人物を除く地権者5名を含む19名を県は訴えた。

「座り込み」参加者が囲む七輪。長崎県は2度目のSLAPPで、報道写真も人物特定に使ったため、人物撮影を控えた。表現の自由が縛られる。(筆者撮影、週刊金曜日2017年4月21日号から再掲)

住民を驚かせたのは、通行妨害禁止を申し立てられたことではない。申立書に挿入された証拠書類の写真だった。そこには、暮らしを慈しむ住民たちを撮った村山嘉昭カメラマンの写真集『石木川のほとりにて 13家族の物語』から、写真4枚が無断でコピーされて使われていたのだ。

監視・撮影活動→通行妨害禁止仮処分

県は、5人の人物を特定をするために、自分たちが撮影し続けた座り込み参加者の写真と、それらを上下、左右に並べて、この人物がこの人物だと結び付けて、「証拠」として挙げていた。

証拠には新聞記事も使われていたが、見る限り、写真集でも新聞記事でも、「特定」には無理があった。村山さんは、撮影者の意図や思いを無視した長崎県の行為は「行政機関としてあるまじき行為だ」と抗議したが、筆者の取材に、石木ダム建設事務所の浅岡哲彦次長は「県の弁護士に相談した。裁判の証拠として刊行物を使う分には問題がない」とした。

長崎県が強行しようとする付け替え工事に抗議する住民らのプラカード(2017年3月筆者撮影

日本では、公共事業による環境(自然環境、住環境、地域環境)破壊を訴える訴権は十分に与えられず、それらを守ろうと闘う住民の権利を守る制度は貧弱で、失われるものを「経済的な損失」やすでに現れた健康被害などでしかはかろうとしない。

「テロ対策」を理由に、幅広く捜査権を拡大する前に、すべきことがあるのではないのか。計画して下見しただけで「罪」を277通りに被せることが可能な「共謀罪」を導入する前に、守るべき市民の権利を審議するべきだ。それが諸外国と比べてどれだけ遅れているのか、徹底審議すべきなのである。



Posted by いざぁりん  at 00:42