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こちらです。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150606-00046369/
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■勝部元気氏による問題提起

5月30日に始まる勝部元気氏(@KTB_genki)のドッジボール批判が、大反響をよんでいる。議論の全体像は、氏のブログ(ドッジボール、学校での強制参加を禁止にするべきでは?)を読むのがよいだろう。

勝部氏のドッジボール批判は、私なりの表現で端的にまとめるならば、「ドッジボールという種目は直接的な身体への攻撃性をともなっている。だから、体育でのドッジボールを選択制にして、心身への外傷を避ける道を用意すべきだ」というものである。

私の見解を先に言うと、勝部氏の問題提起はきわめて重要であるものの、選択制については慎重に考えたいというものである。以下、氏のドッジボール批判を受けて、私なりにデータをくわえながら、ドッジボールのあり方について検討していきたい。

■ドッジボール批判の意義

勝部氏のドッジボール批判のなかで、私がもっとも重要な意義をもっていると思うことは、スポーツのなかに潜む悪意ある暴力を顕在化させた点である。

スポーツはルールに従って健全におこなわれているようで、ときにそこに悪意のある暴力が隠れていることがある。とりわけコンタクト・スポーツ(身体的接触があるスポーツで、ラグビー、アメフト、ボクシング、柔道など)においては、その暴力が見えにくくなる。

武道系のスポーツで、練習と称して、じつはそれが「しごき」であったという例を、私はいくつも聞いたことがある。それと同じことが、ドッジボールでも起きている。ゲームをしているように見えて、悪意のある加害者がボールを力いっぱいに、特定の相手にぶつけているかもしれないということだ。

■悪意のある暴力はその競技種目の問題か
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人気種目のドッジボール。楽しそうなイメージがついてくる。だが、そこに悪意ある暴力が潜んでいることがある。こうした見方が提供されたことの意義は、とても大きい。

しかしながら、勝部氏も同意しているように、悪意ある暴力が生まれやすいからといって、それだけで当の競技種目を否定するのは早計である。悪意ある暴力は、その競技種目の問題ではなく、暴力的な人間関係自体が問題であるからだ。ドッジボールやコンタクト・スポーツを選択制にしても、一時しのぎにしかならない。

■悪意のない暴力をどう扱うか

勝部氏は、悪意のある暴力のみにこだわっているわけではない。悪意のない身体的な攻撃をも、ドッジボールの問題点として指摘する。すなわち、ドッジボールという種目そのものに問題があるということだ。身体的な攻撃がある限りは、選択制にすべきだという議論である。これは、ドッジボールやコンタクト・スポーツの存在意義にまで踏み込む大胆な提言である。

私としては、そこは事故の実態を踏まえながら、慎重に議論を進めるべきだと考える。身体的な攻撃があったとしても、事故件数が少ないようであれば、ドッジボールを選択制にすべき根拠は弱くなるからだ。

■負傷事故の件数――高校で急増

日本スポーツ振興センターのデータを利用して、小中高別に、体育(球技大会を含む)における球技の負傷事故件数を調べて、表のとおりに整理をした。最新の2013年度のデータと、比較のために2001年度のデータも記載した。
球技の負傷事故。ピンク色のセルは2001または2013年度に1000件を超える負傷事故が確認された種目。球技の負傷事故。ピンク色のセルは2001または2013年度に1000件を超える負傷事故が確認された種目。
小学校の2013年度を例にとると、バスケットボールの10,489件、サッカーの5,527件、ドッジボールが4,772件と続く。各球技に費やされた実際の時間数が不明であるため、明確なことは言えないものの、ドッジボールのケガは、他の球技と比べて突出して多くはないが、少ないというわけでもない。

また2001年と比べると、ドッジボールの負傷件数は、約3分の2にまで減少していて、これはソフトボールに次ぐ高い減少率である。
高校における負傷事故の増加率[2001-2013]。赤線が増減なしライン。高校における負傷事故の増加率[2001-2013]。赤線が増減なしライン。
その意味でむしろ気がかりなのは、小学校よりも高校のほうである。2001年度から2013年度にかけて、増加率が1.83倍と突出している。なお、負傷2,575件のうち、球技大会が1,006件を占めている。したがって、これは体育の授業の「強制か選択か」の外側の問題である。いずれにせよ、この増加の実態については、いっそうの検証が必要である。

■負傷の部位

負傷の部位をみてみよう。2013年度の小学校で、負傷の多かった5つの球技種目について、部位別の割合をみてみると、ドッジボールには目立った特徴がないことがわかる。ドッジボールでは、顔面をケガしやすいという声も多く聞かれるが、「顔部」をみてみると、ソフトボールやサッカーのほうが、割合が高い。表は省くが、中学校と高校でも同じ傾向が認められる。
小学校の球技における部位別の負傷割合[2013]。小学校の球技における部位別の負傷割合[2013]。
以上、ドッジボールはたしかに身体への攻撃性をもった球技ではあるものの、概して、現状のデータからはとりわけ危険であるとまで結論できる根拠は見当たらない。選択制に移行すべき強い根拠は、得られない。ただし、高校での実施については、一考すべきと言える。

■実施上の工夫の可能性

ドッジボールが強制参加であるとしても、そこで安全対策を推進することで、身体的な攻撃のインパクトをできるだけ弱めるという検討があってもよいだろう。

たとえば、ボール自体をソフトなものに取り替えればよい。今回の議論で、一つ誤解が起きているように思うことがある。それは、従来の硬いボールのままドッジボールがイメージされているのではないかということである。今日のボールは、以前よりも柔らかい。「スポンジドッジボール」なるものまである。とある高校では、球技大会のボールを柔らかいものに変えただけでケガが一気に減ったと、私は聞いたことがある。

また、頭部や顔への攻撃などに対するより厳しいルールの適用も大切な要素である。

さらには、学校段階や学年も考慮すべきである。今回の議論は、小中高のどの段階のドッジボールが問題なのかが、見えにくい。留意すべきは、今日、高校でもドッジボールが多く取り入れられているということである。小学校ではドッジボールは、基本的には低学年の球技に位置づけられている。それが中学校や高校でもおこなわれているというのだ。

もちろん、中学校や高校の学習指導要領に、ドッジボールの記載はない(小学校は記載あり)。学習指導要領のことは置いておくとしても、さすがに高校生の力でボールを直接相手にぶつけるとなると、かなりの威力がある点は気がかりである。

容易に選択に移行できるならよいのだが、選択制の導入は、現実には諸々の資源の投入や制度設計が必要である。仮に現在のドッジボールのあり方に問題があるのだとすれば、大胆な変革に着手するよりも、今回の問題提起を契機にまずはドッジボールの実施上の工夫をもっと考えてもよいだろう。  

■主観的な認識の問題も

悪意のない攻撃であるとしても、相手が自分に投げたボールが顔面を直撃するのと、ソフトボールで打者が打った球が顔面を直撃するのとでは、前者のほうが相手に対する負の感情は生まれやすいだろう。こうした主観的側面(心理的側面)については、負傷事故のデータは無力である。

この主観的側面に対して、私たちはどのように切り込んでいくべきなのか。「強制か選択か」の議論は射程が広く、まだまだ慎重かつ丁寧な議論が必要である。
  


Posted by いざぁりん  at 00:05
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http://www.j-cast.com/2015/06/04236998.html?p=2
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日本ではあまり知られていないが、韓国世論は核武装にはきわめて前向きだ。韓国のシンクタンク「東アジア研究院」(EAI)が行った世論調査によると、04年には核武装への賛否が49%ずつで拮抗していたが、翌05年には賛成の割合が67%に急増。しばらくは65%前後で推移してきたが、13年には73%、14年には69%と高い水準が続いている。13年に急増した背景には、12年には北朝鮮は4月、12月の2回にわたって事実上の弾道ミサイル発射実験を行ったことがあるとみられる。

こういった世論にメディアがブレーキをかけていた側面もあったが、世論はさらに北朝鮮の「核の脅威」を意識させられることになりそうだ。韓国メディアは6月3日、米上院で審議されている国防授権法案で、北朝鮮が「核武装国(nuclear-armed country)」と表現されていることをいっせいに報じている。これまでの「核保有国(Nuclear Weapon State)」という表現とは異なるものの、「一部からは、米国議会が北朝鮮を事実上の核保有国と見なし始めたのではないか、という解釈が出ている」(朝鮮日報)。こういった動きが核武装論をさらに勢いづかせる可能性は高い。

ただ、現時点では、大手紙で核武装論が主張されることは珍しい。例えばソウル新聞は6月4日付の論説で、前出の「恐怖のバランス」を追及するために核を保有することは「私たちの核技術力をもってすれば可能」だと論じたが、「韓米同盟の瓦解まで覚悟していない限り、不可能だ」とも指摘。現実的には困難だとの見方を示している。
  


Posted by いざぁりん  at 00:04
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150604-00010003-storyfulv-int
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元CIAスノーデン氏 米国の大衆監視について思い語る
 米国上院で2日に採択された「自由法」。1日に失効した「愛国者法」に変わる法案とされる。
 これまでの「愛国者法」とは、2001年9月の同時多発テロ以降、テロ未然防止を狙い米国政府による対テロ情報収集活動の基盤として制定され、米国家安全保障局(NSA)が米国民の通話記録を収集していた。
 新しく採択された「自由法」は、米国民の不信感もあり、これまでのNSAによる電話通信記録の収集活動にある程度の制限をかけるというもの。この制限とは、NSAが通信記録を収集する場合、事前に外国情報監視裁判所(FISC)の許諾が必要になる。
 「自由法」が採択された2日、情報収集活動などの内部機密情報を流出させた米中央情報局(CIA)の元職員エドワード・スノーデン氏が、イギリス・ロンドンで国際人権団体「Amnesty International」とGoogleが行った議論イベントにロシアからテレビ電話を繋ぎ参加。
 この中でスノーデン氏は「大衆監視プログラムは、アメリカでは効果的ではないという歴史的証拠があることを覚えておく必要がある。」「例えば、ボストンマラソン爆発事件。アメリカ政府は容疑者たちの身元を特定しており、諜報機関は既に知っていた。しかし、人々を監視していたにも関わらず、爆発を防ぐことは出来なかった。」と国家による大衆監視プログラムについての思いを語っている。
  


Posted by いざぁりん  at 00:04
こちらです。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201504/0007964901.shtml
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 児童虐待の疑いがあるとして、兵庫県警がこども家庭センター(児童相談所)に通告した子どものうち、心理的な虐待の人数が過去5年で25倍に増えていることが28日、県警への取材で分かった。中でも、家族が暴力を振るわれる光景を目撃する「面前ドメスティックバイオレンス(DV)」が急増。同センターはメンタルケアの必要性を指摘している。

 県警少年育成課によると、県警は2014年、児童虐待防止法に基づいて過去最多の727人(前年比255人増)を通告した。

 内訳は、暴行などを受けた「身体的虐待」が289人(同49人増)と最多。暴言を浴びせられるなどの「心理的虐待」が229人(同126人増)、「養育拒否・怠慢(ネグレクト)」が195人(同76人増)と続いた。

 心理的虐待は09年の9人から年々増加。このうち、家族らが暴言を浴びせられたりする場面に遭遇する面前DVは、記録が残る12年は13人だったが、14年は193人に増え、心理的虐待の84%を占めた。同課は「家族以外の通報が増えている。児童虐待に対する意識が高まったからではないか」とみる。

 こども家庭センターによると、子どもの精神的なダメージが大きい場合、感情を抑圧しがちになり、対人関係障害に陥ったり、自己肯定感を持てなくなったりする恐れがある。

 県児童課は「心理的虐待を受けた子どもにはきちんとしたケアが必要」と強調。病院での治療や養護施設への通所などを勧めているという。(初鹿野俊)

 【面前ドメスティックバイオレンス(DV)】 親が配偶者や内縁相手らから暴力を振るわれたり、暴言を浴びせられたりするのを子どもが目撃すること。児童虐待防止法で、心理的虐待の一つと定義される。

 【児童虐待に詳しい加藤曜子・流通科学大教授(児童家庭福祉)の話】 失業や貧困などの経済的な不安定さにより家庭でDVが増え、面前DVにつながっている可能性はある。DVが心理的虐待になるという理解は広まりつつあるが、自分で助けを訴えられない子どももおり、子どもの視点に立った支援が必要だ。
  


Posted by いざぁりん  at 00:03
公表すべきです。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamaguchihiroshi/20150605-00046356/
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ゆうちょ銀行が大学新卒採用においていわゆる「学歴フィルター」を設けているとして話題になっている件。


「【炎上】ゆうちょ銀行が学歴フィルターを仕掛けていたことが判明!勇気ある学生が告発して大祭りに!!!!」(netgeek 2015年6月2日)

現在、就活まっただ中のSさんはずっとおかしいと思っていた。セミナーの予約が一向にできないのだ。そして学歴フィルターに引っかかっているのではないかと疑い、ある実験を行った結果、企業の卑怯すぎる採用手法が明らかになった。

要は、業界研究セミナーと称する事実上の採用活動イベントへの参加申し込み枠が、学生の在籍大学によって操作されており、「日東駒専」で登録したアカウントでは満席となっていたセミナーが「東京大学」で登録すると参加可能になっていた、ということらしい。

で、関心を惹きやすい話題だけに案の定いろいろと議論になっているようだが、少し話がずれているように思うので手短に。

この件では、いわゆる「識者」の皆様の間では、どうも「しかたないんじゃないの?」に近い方の意見を多くお見受けするように思う。ざっくりまとめると、「まあ学歴って、ある程度能力とリンクしてるし、たくさん応募があってさばききれないから絞り込もうとしてるんだろうし」みたいなご意見、「そんな文句いう前に自分で工夫しろ努力しろ、逆転する方法だってあるし」みたいなご意見などを見かけた。

ごもっとも。

学歴が必ずしも就職後の能力を保証しないとしても、なんとなくそういう傾向はあるだろう、というのは少なくとも個人的感想レベルでは納得感がある。グーグルでは「学歴は関係ない」としていて、実際「グーグルの社員の半数は大学の学位を持っていない」のだそうだが、それはたぶんいろいろと事情がちがうのではないか(才能がありすぎて大学の枠にはまりきらなかった、みたいな話がけっこうありそうな気がする。知らんけど)。

企業が採用において能力ある学生を採用したいと思うのは当然で、とはいえ能力なるものを見極めることは実際にはなかなか困難(認めたくないだろうけど)な状況では、出身大学は有力な指標になるだろう。めんどくさい勉強をこなす力はめんどくさい仕事をこなす力と似ていそうだし、同窓生ネットワークでいろいろ仕事もとってきてくれそうだし。じっくり人の能力を見極めたくてもそんなに時間はとれないし、もし絞り込むならそりゃ有力大学にしたいだろう。

そもそも、どんな人を採用するかについて、企業は選択権を持っている。公平な機会を与えるべきという理屈は、性別(と、あと身体障害についてもそうかもしれない)に関してはうるさくいわれるが、能力に関していう人はほとんどいない。能力は本人の努力次第だという理屈だろう。それが実際は必ずしもそうではないということはちょっとものを知ってる人ならもれなくご存じのことだろうが、それはなぜかいわない約束になっている。

実際は学歴が採用後の能力と関係ないとしても、実際には能力のない高学歴の学生を採用するのは企業の自由だ。そうやってゆうちょ銀行以外の有力企業が「学歴フィルター」を採用して実際には能力のない高学歴の学生をたくさん採用すれば、それ以外の企業は実際には能力のある、必ずしも高学歴ではない学生を採用できるわけで、損得はないだろう。

というわけで、企業が学歴である程度絞り込むのはやむを得ないという意見に対して、基本的に異論はないわけだが、しかしちょっと待て。

問題はそこではない。

もともとこのきっかけを作った学生(本当に学生なのかどうかはわからないが)は、学歴フィルターそのものに対して怒ったのだろうか。もしゆうちょ銀行が、「セミナー枠は出身大学ごとに設定しています」としていたらどうだったろう。もっとはっきり「有力大学出身者を優先して採用します」と書いていたらどうだったろう。もしそんなことをしたら、世間的にはそれなりに問題になったかもしれないが、当の学生にとっては、ひょっとしたらむしろありがたいのではないか。無駄な努力をする必要がないからだ。

ということは、ゆうちょ銀行が実際に上記のようなことをやっていたのだとすると、それは自らが行っている、社会的に批判を浴びるかもしれない行為を隠蔽するためということになろう。それこそが批判されるべき点ではないか。「学歴は関係ありません」という「ええかっこしい」をして、その実、裏で操作しているのだとすれば、それは「年齢不問」といいながら40歳以上は採らないとか、「女性も活躍できる職場」とかいいながら実際には女性はほとんど補助職とか、そういう類の行為となんら変わるところがない。上記の通り、年齢や性別と比べて能力による「差別」はあまり社会的批判を浴びないようだが、だからといって隠していいということにはならない。もちろん、社会的批判を浴びると嫌だから隠すというのも(実際にやっているのなら)卑怯だ。

というわけで、暴論めくが、強引に主張しておく。「学歴フィルター」を設けるなら、企業はその旨と、実際にどんな「フィルター」を設けているかを公表すべきだ(ぱっと見たところ、日本郵政グループの採用ページには「学歴フィルター」の存在を伺わせる説明はない)。「当社の社員を調査した結果、学歴と業務上のパフォーマンスには関係があるので、有力大学出身者を優先します」でも、「社長の出身大学の学生は優遇」でも、なんとでも決めて公表すればよい。各大学ごとの応募件数と採用人数の実績も公表するとよりわかりやすい。就活サイトあたりが代行して公表してくれるとさらに便利だ。

もし隠しておきたいと思うなら、そんなことはやるべきではない。


山口浩
駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授


ブロガー。一応経営学の教員ですが興味の対象は雑多。まじめなこと、ふまじめなこと、あれこれとりまぜ、まとめておもしろがります。悪ノリ、脱線注意。
  


Posted by いざぁりん  at 00:02
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150602-00000003-jct-soci&pos=1
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 日本年金機構が125万件の個人情報を流出させた問題で、同機構の管理のずさんさが明らかになってきた。

 個人情報の一部にパスワードが設定されていなかったり、ウイルス感染の発覚後もパソコンの外部接続の遮断が遅れたりしていた。また、発表前にもかかわらず職員が2ちゃんねるに「ウイルス感染しました」と書き込みをしていたことも明らかになり、同機構の認識の甘さが浮き彫りになった。

■一部個人情報はパスワード未設定

 日本年金機構の発表によると、流出した個人情報は約125万件。この数字は現時点のもので、今後さらに増える可能性がある。年金記録を管理する社会保険オンラインシステムへの不正アクセスは確認されていないが、こちらもあくまで現時点でのことだ。

 同機構によると、ウイルスメールによる感染が最初に確認されたのは2015年5月8日。職員の1人が、件名に「厚生年金基金制度の見直し(試案)」などと書かれ、業務に関連することを装ったメールの添付ファイルを開いたため、ウイルスに感染した。

 職員が使用していたパソコンは、個人情報を管理するサーバーに接続しているものだったため、ただちにネットワークから切り離した。さらに全職員に注意喚起を行った。

 しかし18日までに、ほかの職員にもウイルスメールが届き、感染はさらに拡大。同機構は19日になってようやく警視庁に相談。28日に個人情報の流出があったと連絡を受け、さらに4日がたった6月1日にようやく公表した。

 一連の経緯から透けて見えるのは、同機構の管理の甘さや危機感のなさだ。

 流出した125万件のうち、55万件の個人情報にはパスワードが設定されていなかった。担当職員であれば誰でも簡単にアクセスができ、内規違反にあたる状態が放置されていたことになる。そもそも個人情報を管理するサーバーに接続するパソコンを、メール処理に使うなど外部ネットワークにつなげていることは、ほかの官公庁では考えられない状況だ。

 また対応の遅さも目に付く。最初に感染が確認されたのは8日であるにもかかわらず、機構内の全パソコンを外部から遮断したのは29日になってからだ。感染が拡大していた20日間、外部ネットワークとつながっていた状況をずっと放置していたことになる。


発表前に職員が2ちゃんねるに書き込み

 また、公表前にもかかわらず、職員と思われる複数の人物が2ちゃんねるに「ウイルス感染しました」と報告していた。

  「あれほど、差出人不明メールは開封するな、と警告があったのに、、、」
  「全職員はパスワードを強制的に変更させられました」
  「月曜日には、ウイルス感染を公表するのかな?」

といった、職員にしか分からない内容が5月31日までに何度も書き込まれていた。

 職員の間で問題に関する箝口令は敷かれていなかったのか。担当者不在のため分からなかったが、公表前にもかかわらずネット掲示板に書き込みが相次ぐ様子からは、危機意識のなさが透けて見られる。「個人情報が抜かれてなければいいが、、、」と懸念する書き込みもあったが、現実のものになってしまった。  


Posted by いざぁりん  at 00:02