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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150628-00000526-san-eurp
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 世界のファッションリーダーとして注目を集める英王室のキャサリン妃(33)がよく着用することで流行に火が付いた脚にぴったり張り付く細身の「スキニージーンズ」をめぐり、衝撃の研究論文が23日、英医学誌に発表された。スキニーをはいて長時間しゃがんでいると、筋肉や神経に障害が起き、歩行困難になるというのだ。キャサリン妃が着た洋服は瞬く間に売り切れるといった社会現象が起きているが、彼女のまねをして細いジーンズを無理やりはくと、とんでもないことになると論文は警告している。

 ■しゃがみ続けて筋肉損傷

 論文は、オーストラリアのロイヤル・アデレード病院の医師らによるもので、英誌「神経学・神経外科学・精神医学ジャーナル」の電子版に掲載された。アデレードに住む35歳の女性の症例を取り上げている。

 それによると、この女性はスキニージーンズをはいて、家族の引っ越しを手伝っていた際、食器棚から物を取り出すために数時間しゃがみ続けた。夜になって自宅に帰る途中、足の感覚がまひし、つまずいて転倒。そのまま動けなくなった。

 彼女はすぐに病院に運ばれたが、両方のふくらはぎはジーンズが脱げなくなるほど膨れ上がり、血液が循環せず、膝から下の感覚がなくなり、足首や爪先を動かせなくなっていた。検査の結果、筋肉障害の指標となるクレアチンキナーゼ値が急上昇していた。点滴をうけて元通りに歩けるようになるのに4日もかかったという。

 論文は、スキニージーンズをはいた窮屈な状態で長時間しゃがんでいたことで筋肉や神経が損傷し、血流が滞り重篤な障害が起きる「コンパートメント症候群」になったと診断した。

 論文執筆者の一人であるトーマス・キンバー医師は、豪紙オーストラリアン(電子版)などの地元メディアに「彼女が病院に着いたとき、ふくらはぎの張れは深刻かつ異常で、ジーンズを切断しなければ脱がせられなかった」と、当時の状況を証言。「病院で治療していなかったら、彼女は歩行に一生、支障をきたす神経障害に陥っていた。筋肉の損傷は腎臓の損傷につながる可能性もあったが、手当てが早く大事に至らなかった」と述べ、極めて深刻な症状だったと強調した。

 ■妊娠中から体重管理

 スキニージーンズは若者を中心に世界的に流行しているが、キャサリン妃がしばしば着用しますます人気を集めるようになった。このため、米誌ピープル(電子版)が「キャサリン妃と関係なくてもスキニージーンズが見出しになるニュースが起きた」と伝えるなど、欧米メディアはこぞって今回の研究論文をキャサリン妃と関連づけて報じている。

 キャサリン妃は、リーズナブルな洋服をおしゃれに着こなすこともあり、世界中がそのファッションに注目。昨年のオーストラリア訪問の際に着ていたワンピースは、写真が報じられた8分後にネット通販で売り切れに。今年5月2日に第2子のシャーロット王女を出産し退院した際には花柄の黄色のドレスを着ていたが、このドレスだけでなく普段はあまり売れない黄色のドレスの売り上げが英国で急増する社会現象が起きた。

 キャサリン妃は出産から6週間後の6月14日にスキニージーンズをはいて公の場に現れ、産後とは思えないスリムなスタイルをお披露目したが、ピープルによると、妊娠中から専門トレーナーを雇って体重管理をしていたという。スキニージーンズをはきこなすにはこうした努力が欠かせないようだ。  


Posted by いざぁりん  at 23:08
自衛隊は、直ちに解散させなければなりません。
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 共産党の志位和夫委員長は6月23日、外国特派員協会で記者会見し、共産党が政権に就いても、当面自衛隊は維持する考えを示した。

 共産党の安保政策について質問を受けた志位委員長は、日米安保条約を現在のような軍事同盟から対等の有効条約に変質させていきたいとした上で、「日本を取り巻く国際環境が平和的な成熟が出来て、自衛隊はなくても日本の安全は大丈夫だという圧倒的多数の合意が熟したところで、自衛隊解消に向かうというのが私たちのプラン。自衛隊との共存の関係が一定期間続くことになる」と語り、共産党が伝統的に違憲としてきた自衛隊を当面は維持する方針を明らかにした。

 また、他の野党との選挙協力については、先の総選挙では沖縄の4つの選挙区で共産党を含めた野党候補の一本化が行われ、すべての選挙区で勝利を収めたこと引き合いに出した上で、「共闘関係は、条件が生まれた時には大胆に追及する。ただ、野党の間でも国政の基本問題で政策的な違いがあまりに大きい問題がたくさんある」と述べた。ただし、安保法制に反対するという一点での野党協力はあり得るとの認識を示した。

 安保法制については安倍首相が国会で「違法な武力行使をした国を日本が協力することはない」と説明しているが、アメリカが先制攻撃した過去の戦争について日本政府は一度も武力攻撃に反対したことがないと指摘し、日本政府にはアメリカの違法な武力攻撃を違法といえるのか、と疑問を呈した。
  


Posted by いざぁりん  at 02:26
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僕が『おじいちゃんが孫に語る戦争』で、どうしても伝えたかったこと

投稿日: 2015年5月1日 作成者: ascom


僕はもう80歳を超える。僕には小学生の孫がいる。戦後70年目を迎える今年、孫は小学校5年生になった。小学5年生といえば、ちょうど僕が終戦を迎えた時の年齢だ。

僕自身、あとどれくらい生きられるかもわからない。だから考えた。僕が子どもの頃に体験したあの戦争のことを、孫たちにしっかりと伝えておくべきではないか、と。

そもそも、日本はなぜ、あんな戦争をすることになってしまったのか。

あの戦争のきっかけとなった満州事変から、日中戦争、そして日米開戦へ……。その流れの中で、いくつかのターニングポイントがあった。

例えば、ちょうど満州国が認められず、日本が国際連盟を脱退した1935年(昭和10年)のことだ。イギリス政府が、日本にこんな耳よりな話をもちかけた。

その内容は、お金に困っている蒋介石の国民党に、イギリスと日本共同でお金を出そう、というのだ。そうすればイギリスは、満州国を認めるように、蒋介石に働きかけてくれるという。ところが日本は、その申し出を断ってしまう。なぜか。

僕は孫たちにできるだけやさしく、わかりやすいように説明を続けた。「僕は、イギリスに代表されるヨーロッパに対して、日本が長年、持ちつづけてきたコンプレックスが理由だと思います。コンプレックスの裏返しで、『むかしと違って、いまの日本は世界の一流国なんだ。ヨーロッパのヤツらなんかにバカにされてたまるか』と考えてしまったのですね」

そして、敗戦については、こう話した。「戦争の拡大を止める機会は何度もあったのに、日本はことごとくそのチャンスを逃し、たいへんな数の人が命を落とすことになりました」「もし、日本に外国と粘り強く話しあいをする根気強さがあり、しっかりとした情報力がそなわっていたなら、あのような悲惨な戦争は起こらずにすんだのではないか。おじいちゃんはそう考えています」

また、僕が子どもの頃に見かけた、出征していく兵士とその家族の様子も孫たちに話したのだ。「町の人から『バンザーイ』と叫んで見送られる中、ふとみると、おじさんの家の奥さんが、必死で涙をこらえている。その家の子どもの顔がくしゃくしゃになっている。それをみて、『ああ、ほんとうは戦争に行ってほしくないけれど、みんなの前では口にできないから、我慢してるんだな』と思いました」

死ぬかもしれない戦争に行くのは、本人だって家族だって、イヤに決まっている。それを表に出せないというのは、いったいどういう社会だったのか。子どもの頃の鮮烈な思い出を、僕は孫たちに伝えたかったのだ。

こうして孫たちに話した内容を、『おじいちゃんが孫に語る戦争』として、一冊の本にまとめた。

いま、同じ日本人同士でも平和に対する考え方の違いが、目立つようになっている。僕より年上の、それこそ戦争の恐ろしさを身をもって知っている世代の人たちは、理屈抜きで「戦争は二度とゴメンだ」とほとんどの人が答える。しかし、戦争を知らない若い人たちの間では、「日本は強くなるべきだ」という声が強まっているようだ。

戦争を体験した世代として、僕は若い人たち、孫たちの世代に、何度でも繰り返し繰り返し、「戦争はしてはいけない」と、伝えなければならないと考えている。

4月22日、インドネシアで、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開かれた。安倍晋三首相は、スピーチでこう語った。「『侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない』『国際紛争は平和的手段によって解決する』。バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省とともに、いかなるときでも守り抜く国であろう、と誓いました」

安倍首相、そして今後、首相となる政治家たちには、この言葉を何度でも噛みしめていただきたい。
  


Posted by いざぁりん  at 01:30
Posted by いざぁりん  at 00:24
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 お馴染み討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)で、司会の田原総一朗氏が、自民党と公明党に対し、「逃げた!」と怒りをぶつけた。

前日には自民勉強会で「マスコミ批判」が出ていた

 2015年6月27日未明の放送では、現在審議が続けられている安全保障関連法案がテーマだった。各政党の若手国会議員(1期目、2期目)をパネリストに迎える予定だったが、与党議員はなぜか欠席。野党議員のみが参加する異例の事態となった。

■「出ると言っては断る、出ると言っては断る」

 番組冒頭、渡辺宜嗣キャスターが、出演を予定していた自民党所属議員が直前になって来られなくなったと説明した。その理由は「体調が悪く、病院に行くので、徹夜はできない」というもの。同様に公明党にも出演要請を行ったが、「かなわなかった」という。

 それを受けて、田原さんは「安保法制の議論が、相当際どくなっている」のが欠席理由だと分析しつつ、「自民党も最初は、割にみんな簡単に(番組へ)出そうだった。(しかし)出ると言っては断る、出ると言っては断る。また公明党までが『自民党が出ないと出ない』と。なにやってるんだ、って感じだけどね」と、あきれたように語った。

 オープニングが終わると、田原さんは開口一番、鈴木裕美子チーフプロデューサーに経緯説明を求めた。田原さんと鈴木氏のやりとりによると、当初3人の自民党議員が出演予定だったが、「地元の日程調整がつかない」などの理由で断られた。その後、党広報部にとりまとめを頼み、30人以上の議員に声をかけたが、なかなか出演者は見つからない。25日夕になって、やっと自民党議員1人の出演が決まったが、番組開始前に先述の「お断り」が来たという。「とにかく面白いのは、1度OKした人が、途中でダメになっていくんですよね」(田原さん)。

 公明党の欠席理由は「自民党と、与党として足並みをそろえたい」というものだったが、25日に「おひとり(自民党議員の出演が)決まったので、公明党さんいかがですか」とオファーしても、「今から出られる人はいない」という返事だったという。田原さんは「自民党の子分でもあるまいに」と不思議そうに語る。

(自民・公明党の若手は)「なにも考えてないんだよ!」

 そこからの約3時間は、ほとんど与党不在について触れられなかった。エンディングになって、評論家の荻上チキさんが再び話題にすると、田原さんは「(番組に)出たら損だ、と思っているわけだ! 自民党と公明党は出たら損だ! 逃げた!」と、机をたたきながら熱弁した。

 残り約1分になり、渡辺キャスターが「『自民党・公明党の若手が、どう考えているのか』というのを本当に聞きたかったですね」と感想を言うと、田原さんは「なにも考えてないんだよ!」と一蹴。番組初出演だった、元自民衆院議員の杉村太蔵さん(35)から「そんなことはない! そんなことはないですよ!」とツッコまれながら、おなじみのテーマソングとともに番組は終了した。
  


Posted by いざぁりん  at 00:18
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http://hbol.jp/45061
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見逃せない菅官房長官の答弁


衆議院インターネット審議中継より
 本連載は、安倍政権を支える巨大組織・日本会議の全体像を、関係者の来歴と、70年安保闘争で生まれた民族派学生運動に連なる歴史を明らかにすることによって解明することを目的としている。

 目下、取材と調査、および次回の大型原稿の準備のためしばらくお休みを頂戴していたが、見逃せないニュースが飛び込んできた。

 昨日の衆院平和安全法制特別委員会における菅義偉官房長官の答弁だ。
(参照:2015年6月11日付毎日新聞/「安保関連法案:「合憲という学者」官房長官たくさん示せず」)

 民主党・辻元清美議員から「(集団的自衛権を合憲とする憲法学者が)こーんなにいる、と示せなければ、法案は撤回した方がいい」と指摘された菅官房長官は

長尾一紘・中央大名誉教授
百地章・日本大教授
西修・駒沢大名誉教授

の三名を「集団的自衛権を合憲とする憲法学者の具体名」として挙げた。

 大方の反応は、「あれだけ『たくさんいる』と豪語していたのに、たった3名とは……」というものだろう。しかし筆者はむしろ「やはりこの三人か」となかば呆れ返る印象を抱いた。


三人とも見事に日本会議の関係者

 これまでの連載でもお伝えしたように、日本会議が今現在もっとも力を入れるのが憲法改正運動だ。

 日本会議はそのフロント団体『美しい日本の憲法をつくる国民の会』を通じて、目下、1000万筆を目指して全国的な署名活動を展開している。また、連載の番外編2でお伝えしたように、各地の地方議会で「早期の憲法改正を求める意見書」を採択させる運動も展開している。

 また、もう一つのフロント団体『「二十一世紀の日本と憲法」有識者懇談会』(通称・民間臨調)(公式サイト)を通じては、各界の識者や政治家を招聘して、「憲法フォーラム」と題するパネルディスカッションを全国各地で展開中。今年の憲法記念日には、砂防会館に約900人の聴衆を集めたシンポジウムを開催し、一刻も早い憲法改正を訴えた。

 そして驚くべきことに、菅官房長官が挙げた三名の憲法学者――長尾一紘・中央大名誉教授 百地章・日本大教授 西修・駒沢大名誉教授――は、みな、この2団体の役員なのだ。

 その関係性を図表にまとめてみた。

⇒【資料】はコチラ http://hbol.jp/?attachment_id=45062

憲法学者 見事に、三人揃って、日本会議フロント団体の役員であることがおわかりいただけるだろう。

 つまるところ菅官房長官の発言は「集団的自衛権を合憲だという憲法学者はいる。ただし、みな日本会議の人間だ」と要約すべき発言なのだ。


百地章という学者

 とりわけ、百地章・日大教授が「美しい日本の憲法を作る国民の会」の幹事長、「二十一世紀の日本と憲法有識者懇談会」の事務局長を務めているのが目を引く。

 日本会議がもっとも力をいれる改憲運動のための組織で要職を占めているのだからただ事ではないだろう。

 アカデミズムの世界で、百地章はさほど有名な学者ではない。しかし「保守論壇人」としての露出度は近年とりわけ高い。また、在特会などをはじめとする「行動する保守」を長年観察してきた人々にとっては「センター試験の出題に腹を立てて文科省に抗議した不思議なおじさん」としてマニアックな知名度を有してはいる。

 このように学者としてではなく特殊な知名度を持つ百地章だが、日本会議をとりまく「一群の人々」(連載第7回参照)の中では重きをなす人物だ。


民族派学生運動の旗手

 百地章が静岡大学を卒業したのが1969年。ちょうど東京では、長崎大学の椛島有三(現・日本会議事務総長)を中心として『全国学協』が結成されたころだ。全国学協は「生長の家」の信者学生の運動を軸として「民族派学生の全共闘」をめざして結成されたもので、あくまでも運動目標は「左翼・セクト学生運動との闘争」にあった。そのため民族派学生運動のなかから「闘争一本やりではなく、サークル団体として学生たちに文化的な活動を通じて思想教育をする運動体が必要だ」との機運が高まる。その結果生まれたのが、『全日本学生文化会議』だ。

 この『全日本学生文化会議』も生長の家の信者学生の運動とその周辺にあつまる民族派学生の運動を母体としていた。結成大会が開かれたのは1969年11月。

 この結成大会の大会実行委員長を務めたのが、静岡大学を卒業し京都大学修士課程に進んだ直後の、百地章だ。

 筆者のインタビューに答えてくれた、生長の家学生運動の元闘士は、「当時、椛島有三さんや安東巌さんなどの、長崎大学系の人たちは武闘派や謀略家というイメージでした。しかし百地さんは、知的で物腰がやわらかくてね。それにハンサムだったし」と、当時の百地について、貴重な証言を語ってくれた。

 その後、『全国学協』をはじめとする民族派学生運動は、左翼学生運動の終焉にともない下火になる。だが、『全国学協』の社会人組織として椛島有三が作った『日本青年協議会』と、百地章が結成大会の実行委員長を務めた『全日本学生文化会議』はその後も運動を展開し、ついには巨大組織・日本会議の事務局を担う運動体となった(連載第5回参照)。


日本会議/日本青年協議会のイデオローグとして

 『全日本学生文化会議』の結成後、百地章は博士号取得や留学などで、運動から遠のくものの、折に触れ『日本青年協議会』の機関紙『祖国と青年』に憲法論を中心に寄稿を続け、『日本青年協議会』の改憲論のイデオローグとして活動を続けてきた。その直近の成果が『祖国と青年』の改憲記事からうまれた『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』という企画だろう。百地章は、書籍化もされたこの企画でも監修をつとめている。

 また、百地章の活動は改憲論のみにとどまらない。

 アメリカ・グレンデール市に設置された従軍慰安婦像の結果、現地の日系人がいじめられているという事実無根のデマに基づき、「朝日新聞はNYタイムズに慰安婦誤報についての謝罪広告を載せろ」と意味不明の運動を展開している『「朝日・グレンデール訴訟」を支援する会』という団体がある。

 この団体の代表者は、誰あろう、百地章だ。(百地章が寄付を呼びかけるWebページ)


ある特殊な背景を持つ学者たちの名前を挙げた菅官房長官

 以上のように、百地章がある特殊な組織に属し、その組織の意向に沿った特殊な政治的思想から改憲論や慰安婦問題論を展開していることは明らかだ。そして、前述のように、百地章のみならず、長尾一紘・中央大名誉教授と西修・駒沢大名誉教も、日本会議フロント団体の役員という特殊な背景をもつ。

 このように特定の組織に属する特殊な学者の意見を「集団的自衛権は合憲と主張する学者」の傍証として挙げる菅官房長官および安倍政権は、もはや日本会議系の人脈に頼らざるを得なくなっていると見るほかない。

 言うまでもなく、集団的自衛権に関する議論は、日本の将来を左右する重大な課題だ。このような課題を議論するにあたって、特殊な政治意図をもった特殊な人々の主張に依拠するのは、問題と言わざるを得ないのではないだろうか。

 <文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>
  


Posted by いざぁりん  at 00:09
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◆とんでもない発言がでた「文化芸術懇話会」

 安倍政権を支持する文化人を使い、政権の発信力強化を目指すために、安倍晋三首相に近い若手議員が立ち上げた勉強会「文化芸術懇話会」の初会合が25日、自民党本部で開催された。既報の通り、この会合については、参加者たちの言論弾圧ともとれる発言が物議を醸している。以下、とりわけ悪質な発言を引用する(出典:朝日新聞)

・講師として呼ばれた作家の百田尚樹氏:

「本当に沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん。」

・長尾敬衆院議員(比例近畿ブロック、当選2回):

「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていくためには、どのようなアクションを起こされるか。左翼勢力に完全に乗っ取られているなか、大事な論点だ」

 もはや、開いた口がふさがらない悪質さと幼稚さだ。

「憲法尊重擁護義務」(憲法99条)を負う国会議員が、同じく憲法で保障された「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」(憲法21条)をないがしろにする発言をするなど、到底許しがたい。

 この点はこの点として厳しく糾弾されるべきだが、この連載では、「やっぱり案の定、こいつらもあの連中か!」という点を指摘しておこう。

◆百田尚樹は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の代表発起人

 まずは、「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と発言した作家の百田尚樹氏。

 剽窃と欺瞞の多いこの人物について言及することは筆が汚れるので、あまり言及したくはない。そこで、画像だけを引用しておこう。

 これは日本会議が改憲運動のために立ち上げた「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(連載第一回参照)のパンフレットだ。代表発起人たちの顔写真が並ぶ中、右下に百田氏の写真も使われていることがお分かりいただけるだろう。

 百田氏はタレントでしかないため、日本会議や「一群の人々」(連載第7回参照)にとっては単なる人寄せパンダにしかすぎないという面もあろう。

◆日本青年協議会理事長と活動する木原稔

 しかし、見逃せないのが、「文化芸術懇話会」の呼びかけ人である木原稔議員の存在だ。

 木原議員は当選3回・熊本一区選出。日本会議の熊本支部は多久善郎という人物が理事長を務める。木原議員の活動報告ブログには、この多久善郎と活動を共にする姿が繰り返し報告されている。

●「日本会議熊本 多久善郎 理事長(濟々黌47年卒)を講師に迎え、「皇室典範の改正問題」について講演をいただきました。」

●「自民党熊本県連青年局で勉強会を開催。日本会議熊本の多久善郎理事長から「何故今憲法改正か」という講話をいただきました。」

 この事実からうかがい知れることは、「地元有力支援者と活動を共にしている」という点のみで、何ら問題はない。ただし、この多久善郎なる人物、単なる「日本会議の地方支部の理事長」というだけではく、日本会議の事務局を担う右翼団体・日本青年協議会の理事長を務め、「一群の人々」の中で極めて重要な位置を占める人物の一人なのだ。

 また、木原稔議員は、「熊本県親学推進議員連盟」を立ち上げ、「親学」なるものの提唱者・高橋史朗明星大教授を招いて講演を開催させるなどしている。(画像は木原議員のTweet)この高橋史朗氏も、かつて日本青年協議会に所属していた経歴を持つ「一群の人々」の中心人物の一人だ。

 このように、「一群の人々」と行動をともにし続ける木原議員の姿はもはや「中の人」といっても過言ではなかろう。

◆日本青年協議会に所属していた長尾議員

 この日本青年協議会をめぐっては、「文化芸術懇話会」で「沖縄のメディアは左翼に乗っ取られている」と発言した、長尾敬衆院議員についても言及しておく必要がある。

 長尾敬衆院議員は、自身のブログで「日本青年協議会(日本会議の前身)のメンバーでもあった私は」と、この右翼団体に所属していた経歴を臆面もなく告白している。

 また、日本青年協議会の創立者であり現会長でもある椛島有三氏についても「尊敬する椛島氏」と素直に尊敬の念を吐露してもいる。

 つまり長尾議員は、極めてあけすけに、自身がかつて日本青年協議会の構成員であったことと、いまだにこの右翼団体にシンパシーを抱いていることを表明してしまっているのだ。

 このあけすけさは、もう、呆れるしかない。

◆「自民党の変質」の正体

 近代的な民主主義の根幹を真っ向から否定するような発言が飛び出した「文化芸術懇話会」だが、出席した百田氏、木原議員、長尾議員のこのような来歴をみてみると、この議員勉強会には「日本会議およびその事務局たる日本青年協議会の代弁機関」という側面を有していると断ぜざるを得まい。

 そして安保法制議論のドタバタからもうかがい知れるように、「文化芸術懇話会」のみならず、自由民主党全体が、「表現の自由」や「立憲主義」などの近代的民主主義の諸原則を軽々しく踏みにじってしまう、極めて野蛮で幼稚な政党に変質してしまった。

 筆者はこの「自民党の変質」の大きな原因は、日本会議と日本会議の中核を支える「一群の人々」の存在にあると考える。

 本連載では、これからも、日本会議と「一群の人々」の本拠地である日本青年協議会の実態について、レポートを重ねていく。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>  


Posted by いざぁりん  at 00:04