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総理は、本音の所では、非核三原則を明言したくはないことが、読み取れます。
総理は、「核戦争がしたいんだ」と、本音をはっきり仰るべきです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150807-00000022-mai-pol
(以下は、コピーです)
安倍晋三首相は7日午前の衆院予算委員会で、広島の「原爆の日」の平和記念式典でのあいさつで「非核三原則」に触れなかったことに関し「長崎の式典ではこの文言は入っていると承知している」と述べ、9日に長崎で開かれる式典では三原則を明言することを明らかにした。6日の広島でのあいさつが疑念や批判を招いていることを踏まえた。民主党の小川淳也氏への答弁。

【広島原爆の日 首相あいさつの全文を読む】

 首相は広島の式典あいさつについて「非核三原則は当然のことで、考え方に全く揺るぎはないと明確にしたい」と強調。「式典のあいさつではこれを当然の前提として、わが国は世界唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界を実現する重要な使命を有しており、その実現に向けて国際社会の取り組みを主導する決意を表明した」と説明した。

 非核三原則は歴代首相の広島での式典あいさつで少なくとも1994年以降、毎年言及されてきた。首相は「式典直後の被爆者代表の皆様との話し合いであいさつした際に、非核三原則の堅持について明言した」とも説明したが、あいさつで三原則を盛り込まなかった直接の理由は説明しなかった。  


Posted by いざぁりん  at 17:56
侵略の語を入れず、謝罪もしない、となると、日本は第二次世界大戦を反省していない&今後は軍国主義国になる、ということになります。
日本が、右翼軍国主義国家になってしまいます。
閣議決定を、させてはなりません。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20150807-00000026-nnn-pol
(以下は、コピーです)
来週発表する戦後70年の首相談話について、安倍首相が過去の村山談話などに盛り込まれた「侵略」との表現を踏襲しない方向で調整していることがわかった。

 談話をめぐっては、現段階で「侵略」との表現を踏襲せず、直接的には用いない方向で調整している。一方、6日、安倍首相に提出された有識者会議の報告書では「侵略」を明記したが、2人の委員からは異議が出ていた。

 7日、安倍首相はこうした点をあげながら、「侵略」との表現を踏襲しないことをにじませた。

 安倍首相「すべての方々が同じ認識に至っていない部分も当然あるわけでございまして。そういうことも含めてですね、私は今回、報告書をしっかりと吟味をしながら、談話にまとめていきたい」

 安倍首相は14日に談話を閣議決定した上で会見する方針。  


Posted by いざぁりん  at 17:50

2015年08月07日

「今そこにある戦争」

こちらです。
http://big-3.jp/bigoriginal/tameshiyomi/saisin/20140502/imasoko/
http://d.hatena.ne.jp/affiliate_with/20150110/1420903439
(以下は、コピーです)
外務省の分析官を主人公に、近未来の日本が中国と戦争を始める姿を描く「政治空想コミック」です。日本のタカ派の思惑、米国連邦政府の思惑、中国政府首脳と中国財界人、中国の若手官僚の思惑が絡んで日本が戦争に引きずり込まれる様子(しかも日本政府は戦争で美味しい思いができると信じつつ、主導権は自分達にあるというワナにはめられる)がかなりマトモなシナリオで進んでいきます。それなりのリアリティがあります。


リアリティの基盤にあるのは、近未来の日本政府も中国政府も米国政府もそれぞれの問題を抱えて身動きが取れなくなりつつあるなか、「戦争」を起こすことによって一気に解決を図ろうとする、そのグロテスクな意思です。ここは、民主主義国家の一員として政府の監視を義務を負う市民である我々が、特に留意すべき点でしょう。




日本政府も、中国政府も、米国政府も、それぞれの思惑によって戦争を始めて都合の良い未来が開けるという博打に出る。その怖さを描くことに、この作品はある程度、成功していると言えます。


ただし、日本政府が相変わらずお人好しであったり、日本の市民が現実感覚がなくて観客的であったり、米国政府が知能犯であったりするスタンスなのは、現実にはそうであると否定しがたいことなのですが、ややステレオタイプに感じられます。じゃあ、どうすれば良いのかというと、解決案があるわけではないんで弱いのですが。ただ、現実には米国政府にしても一枚岩ではないことは、イラク戦争のときの騒ぎで日本国民も良く知っていますし。もう少し深みのある描き方があるような気がしているだけです。


ビッグコミック系の漫画雑誌は、ポリティカルな難しいテーマにリアルに挑む作品が掲載されるので、その点は高く評価しています。人気がそれほど取れないリスクを取りつつも、問題意識の高い作品を送り出す姿勢には敬意を表します。それだけ、読者を信じているとも言えます。「今、そこにある戦争」は、異色作「隊務スリップ」とならぶ、戦争を扱った佳作といえます。
  


Posted by いざぁりん  at 01:00

2015年08月07日

「ガラスのうさぎ」

Posted by いざぁりん  at 00:59

2015年08月07日

「結婚しない女たち」

Posted by いざぁりん  at 00:59
こちらです。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=114&from=voice&id=3547905
(以下は、コピーです)
Eテレの番組「ピタゴラスイッチ」の人気コーナー「ピタゴラ装置」。子どもはもちろん、大人のファンも多い同コーナーが、このたび「ピタゴラ装置 大解説スペシャル」と題して、8月4日(火)と11日(火)、各日夜11時25分~11時55分に放送されるんですってーー!

ピタゴラ装置の機構や仕組みを解説するという同番組。大人がビールを片手にまどろむ深夜の放映とあって、ふだんの子ども向けの内容とは一味もふた味も違った内容となっているらしいのよ!

【前半&後半の気になる内容とは?】

なんでも、4日の前半戦は「基本編」として、そうち評論家の「トンカッチ」が、歴代装置の基本的なしくみを詳しく解説。「装置の歌」や作り方講座が見どころとなっているほか、お楽しみの新作装置も披露されるそうです。

そして、11日の後半戦「変化球編」は、新しいピタゴラ装置の全体像をとらえたうえで、その動きを片桐仁さんと予想しながら見ていくというもの。

【ピタゴラ装置史上初の試み!】

これだけでもピタゴラ装置ファンにとっては、たまらない内容となっているにもかかわらず、今回の番組にはさらなる目玉が! ピタゴラ装置を舞台に、主人公の“ビー玉のビー助”が冒険を繰り広げるストーリー仕立ての作品が登場するそうなの♪

オトナの知的好奇心をくすぐる内容に、ツイッターユーザーからは期待の声が続々と寄せられています。

「ピタゴラ装置大解説スペシャルとか絶対おもろいやん」
「これは見るしか無い」
「これは観ないと。いや録らないと」
「見なきゃ!録画しなきゃ!!今から予約!!!!」
「これは完全保存版間違いなしです」

【録画して子どもと一緒に観るのもおススメ】

これまでただただ驚きをもって眺めていたピタゴラ装置の裏側を知るという、貴重な機会とあって、うっかり見逃さないよう、そして繰り返し観れるよう、録画しておこうという方が圧倒的に多いもよう。録画して子どもと一緒に観るっていうのもおススメですよ!
  


Posted by いざぁりん  at 00:58
いまごろ…。
当該いじめ黙認教師は、力が無いのならば、始めから、教師になるべきではありませんでした。
今後、当該教師は、どのように責任をお取りになるのでしょうか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150805-00000007-mai-soci
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岩手県矢巾(やはば)町の中学2年、村松亮さん(13)がいじめを苦に自殺したとみられる問題で、村松さんの女性担任教諭が4日、村松さんの自宅を訪れ、父親(40)に「いじめに早く気づけず、自分に力がなかった」と謝罪した。
 いじめの情報を校内で共有できなかったことについて「生徒指導主事は4月から新しくなったので信用ができなかった。亮君との信頼関係もあり、自分で何とかしたかった」と話した。村松さんの父親は「担任の謝罪を聞けてよかったが、息子が自殺する前に保護者と緊密にコミュニケーションを取ってほしかった」と話した。
 村松さんのいじめを巡っては、中学校がいじめ防止対策推進法に基づき、生徒指導主事や養護教員らで構成するいじめ防止組織を設置していたが機能しなかった。  


Posted by いざぁりん  at 00:57
憲法9条は、「日本の平和ブランド」、です。

以下、井本氏に反論いたします。

国際紛争の解決手段は、武力行使だけではありません(暴漢の例えへの反論)。

日本は、非軍事面における、世界のリーダーになるだけで良いのです。

テロは、経済格差・貧困が原因なので、武力で解決してはなりません。

日本の武装化、抑止力向上こそが、日本近海での緊張を高めるので、安保法制は、平和にとっては逆効果です。

そもそも、中国の脅威に対抗する概念は、集団的自衛権ではなく、個別的自衛権であり、しかし、憲法は、その個別的自衛権さえも、禁じているのです。

日米安保を破棄し、自衛隊を解散させることこそが、我が国の進むべき道です。

もし、侵略をされた場合は、直ちに降伏して、インフラと国民の命を守らなければなりません。日本国政府の存続よりも、国民の暮らしこそが、大切だからです。

アメリカが中国に侵略され、乗っ取られても、それは、日本には関係ありません。

アメリカには、日本防衛の意思は無いのです。アメリカは、自国を守ることしか考えない国です。

集団的自衛権は、テロ対策には、役立ちません。

集団的自衛権さえあれば、テロや侵略から、我が国を守れるとするのは、机上の空論です。ていうか、100歩譲ったとしても、その時に使う概念は、個別的自衛権でしょ(集団的自衛権とは、他衛のことです)。そして、憲法は、個別的自衛権を、禁止しています。何回言わせるのって話。

後方支援は、敵のターゲットになります。前線で敵をたたくよりも、その支援路や、支援基地をたたく方が、効果的だからです。戦場では、前線も後方支援も、危険なのです。

イスラム地域での日本の評価は、安倍総理のせいで、アメリカの一味、となってしまいました。

「『経済・技術支援だけで、軍事支援はしない』ということが最高の評価となるのだろうか」。はい、最高の評価となります。

現政権とその応援団を見ていると、その軽率&オウンゴールぶりからは、やはり、お気楽に戦争を開始する、と予測できます。「軍事行動の発令はつねに極めて慎重」にというのは、政府には無理です。

井本省吾さん、以下の動画をご覧くださいませ。
https://www.youtube.com/watch?v=L9WjGyo9AU8

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150805-00010001-agora-soci&pos=2
(以下は、コピーです)
「集団的自衛権を行使したり、憲法9条を改正したら、『戦争をしない国』として戦後70年、培ってきた日本の『平和ブランド』を手離すことになる。世界が評価してきた、そのソフトパワーを失うのは大きな損失だ」という意見がある。

日本が海外で戦争をしなかったから、世界の人々に憎まれることもなく、信頼されてきた、という理屈である。

日本は高度成長期以降、途上国などへ経済支援したり医療、教育面での数多くの支援をしたりしてきた。

しかし、軍事的な援助はほとんどして来なかった。それが「平和ブランド」として評価されているというわけだ。

確かに、戦争をしないに越したことはない。戦争をしないで済むような国家戦略を常に進めて行くことは極めて重要だ。

だが「経済・技術支援だけで、軍事支援はしない」ということが最高の評価
となるのだろうか。

なるほど勤勉で、親切で面倒見も良いという人は人から好かれ、評価される。でも、「暴漢から襲われたときは助けてくれない」という人と、「助けてくれる」人とどっちが感謝されるか、と言えば、後者だろう。

戦後のアメリカは経済・技術・医療支援と軍事支援の両方を行ってきた。だから、世界のリーダー足りえた。日本は前者だけである(それだけでも評価を受けていることは確かだが)

一方、米国は軍事支援もするが、自らの国益を追求しすぎて、イラク、アフガニスタンへの侵攻など行きすぎも目立つ。破壊的な攻撃は憎しみを生み、イスラム過激組織の反撃を食らっている。それに対して米国も反撃する。憎しみが憎しみを生む連鎖が、大きな被害を世界にもたらしている。それは改めなければならない。

過激派への攻撃に徹しているつもりでも、ゲリラ組織は善男善女の住む地域に潜み、そこから攻撃してくることが良くある。このため、テロ集団だけを攻撃しているつもりが無辜の住民を戦禍に巻き込むことがしばしば起こり、それが住民の反発と憎しみを広げる事態を発生させる。


だから、軍事行動は一切しない方がいい、というのが「平和ブランド」尊重論者の言い分だ。


「武器よ、さらば」ですべてが片付くならば、それでいい。しかし、「ISIL」のように武器を持って、勢力圏を拡張する危険なテロ集団は後を絶たない。核武装を進める北朝鮮、南シナ海、東シナ海で軍事基地の構築を広げ、すべてが自国の領海だ、と宣言する中国の存在など日本の周辺も緊張感が高まっている。

「平和ブランド」に固執し、米国の支援も要らないと宣言したら、すぐに日本の領海は危ない国々に侵入され、支配されてしまうだろう。

だから、日米安保条約は必要であり、その米国が危なくなったら、支援する集団的自衛権は必要なのである。

イザという時、助けに来てくれない同盟国を守る国はあるか。米国が圧倒的に強かった時期はいいが、中国が台頭し、米国が軍事予算を削減しようとするとき、集団的自衛権の枠組みによって米国を東アジアに引き止めて置く必要がある。

話を元へ戻すと、何もしなければ過激派テロ集団を抑えることはできず、危険な侵略国家を跋扈させてしまう。誤爆や行きすぎた行動が各地で憎しみを生んだとしても、軍事制圧を止めることはできない。軍事行動に伴う負の側面を最小限に抑えつつ、テロ集団や侵略国を抑える戦略を進めるしかない。

何もしなければ手は汚れない。「汚れた手」を覚悟しなければ、有効な政策は実現できない。「平和ブランド」という純潔にこだわるのは机上の空論であり、現状を変革する力にはならない。

もちろん、歴史上、例えばイスラム地域で侵略、軍事攻撃などの形で日本は手を汚していない。だから、米国の要請があったとしても、そこでの軍事行動は燃料補給など後方支援に徹し、軍事攻撃には参加しない、などの政略的配慮は重要だ。

外交戦略とは全体的なバランスを考えたものであり、集団的自衛権の行使を容認したり、憲法9条を改正したからと言って、いつでも軍事行動に乗り出していいということではない。軍事行動の発令はつねに極めて慎重でなければならないのは当然のことだ。  


Posted by いざぁりん  at 00:57
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150806-00010002-bbcv-int&pos=2
(以下は、コピーです)
第2次世界大戦中、日本軍の衛生兵として「慰安婦」の性病検査を担当していたという93歳の松本栄好(まさよし)さんは、従軍慰安婦の存在を否定する人たちを強く批判します。「私たちは現地で経験している」のだと。そして、慰安婦の性病検査をした自分は、「してはいけないことをしたのだから、自分は戦争犯罪人だ」と。  


Posted by いざぁりん  at 00:07