京つう

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「友なき人の、友となる」ことは、重要です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160507-00000035-it_nlab-sci
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 息子の誕生パーティーに招待した人が来ない――母親の悲痛な投稿を受けて、見知らぬ人々がパーティーに集まったというほっこりするような出来事がオーストラリアでありました。

【パーティーの様子】

 発端はオーストラリアのメルボルンに住むRachelle Briannanさんが、Facebookの母親向けコミュニティーMidnight Mumsに書き込んだ投稿でした。息子の4歳の誕生日パーティーに12人の子どもを招待したのに、そのすべてが直前になって断るか、返事をしないという状況に陥ったと説明。息子が友達とのパーティーというものを理解できるようになってから、初めての誕生日パーティーなのだそうです。「部屋でこっそり泣いています」「息子にどうやって埋め合わせをしたらいいのでしょう?」と、Briannanさんは悲痛な心情をつづっていました。

 しかしこの投稿を見たMidnight Mumsのメンバーがパーティーに参加。30人もの子どもとその親が会場となったマクドナルドにやってきました。少し離れた街から30分かけて来てくれた人もいたそう。またパーティー用の風船を販売しているお店から風船のプレゼントがあったり、ボランティア救急隊が車両を見学させてくれたりと、子どもにはうれしいサービスもありました。

 パーティーは成功だったようで、後日BriannanさんはMidnight Mumsに「愛と支援に圧倒されました」と感謝のコメントを寄せ、息子にはパーティーに来てくれた人たちのようになってほしいと語っています。

  


Posted by いざぁりん  at 00:30
こちらです。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=3981223&media_id=2
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 掛けるとコンピューターが顔を認識できなくなる眼鏡を福井県鯖江市の商社が5月末に約3万円で販売する。特殊な模様のフィルターで光を反射・吸収し、目元の凹凸をわからなくする。


 顔の凹凸で個人を識別する顔認識技術の進歩は目覚ましい。インターネットに無断掲載された写真から、居場所などの個人情報がわかる危険性を指摘する専門家もいる。


 国立情報学研究所(東京)などと2年半かけて製品化し、視界はサングラスを掛けたよう。担当者は「生産量全国一の鯖江眼鏡の“顔”となる商品に」と期待する。  


Posted by いざぁりん  at 00:23
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160507-00000074-dal-ent
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 お笑いタレント・とにかく明るい安村(34)が7日、都内で、ゲームアプリ「Red Queen」のPRイベントに登場した。3月31日に「週刊文春」で不倫疑惑を報じられて以降、初めて報道陣の取材に対応。不倫報道について4時間近くひたすら謝罪し、妻からは「クソが!!」と罵声を浴びせられるなど、修羅場があったことを明かした。

 いつものパンツ一丁スタイルで会見した安村。「(囲み会見は)だいぶ久しぶりですね。自粛してたわけじゃないですけど、呼ばれなくて。いろいろご迷惑を…そういうのがあったので」と自ら“ネタ”を切り出した。

 2012年に結婚した安村は、愛妻家キャラとしても知られるが、浮気現場を直撃取材され、夫人には帰宅後に3~4時間謝り続けて、許してもらったことを告白。「『クソが!!』とひと言、言われました。『パンツはいてました』と言いましたが、『そんなの、誰が信じるんだ』と…」と持ちネタで笑いを取ろうとしたが、逆に怒りを買ったという修羅場を振り返った。

 「バッグが欲しいと言ってました。シャネルの30万円ぐらいのヤツ。買います」浮気の代償も打ち明けて、反省の態度を示した。

 イベント中は、スマホゲームについて「娘もいるんで、子どもとも一緒にやりたいです」とパパの顔をアピール。なぜか共演者の元NMB48の山田菜々(24)から笑われて、「おかしいなぁ…」といぶかしんだ。

 同誌によると、安村は3月26日の夜に一般女性と食事後に、ホテルへ直行したという。翌朝、ホテルから2人で出てきたところをキャッチされ、「お友達」と釈明していた。  


Posted by いざぁりん  at 00:22
Posted by いざぁりん  at 00:22
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http://digital.asahi.com/articles/ASJ535GVDJ53ULBJ004.html?rm=562
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 熊本県などの一連の地震で、熊本市内陸部の長さ約5キロ、最大幅100メートルの細長い範囲に、地盤の液状化による被害が集中していることが地盤工学会の現地調査でわかった。現在は住宅地で地表からは見分けがつかないが、かつて川が流れていた「旧河道」とみられる。土砂が堆積(たいせき)した場所に沿って「液状化の帯」が生じた可能性があるという。

 学会調査団の村上哲・福岡大教授(地盤防災工学)らは4月22日~5月1日、液状化の現地調査を実施。熊本市では南区を中心に、地中から噴き出した砂が建物の周囲や道路などに広がる「噴砂」を確認した。建物が沈み込んで大きく傾いたり、逆に建物の周囲が最大75センチ沈下したりした場所も見つかった。中には、応急危険度判定で立ち入り「危険」を示す赤い紙が貼られている住宅も多数あった。

 発生地点は海岸から約8キロの内陸部。阿蘇から有明海へ流れる白川と加勢川に挟まれた幅約50~100メートルの帯状のエリアに集中していた。地元の河川に詳しい大本照憲・熊本大教授(河川工学)によると、この範囲は川の氾濫(はんらん)で運ばれた土砂が堆積してできた「自然堤防」という地形とほぼ重なり、白川の旧河道の可能性があるという。江戸時代の絵図では郡の境界にほぼ該当し、「川が郡界として利用されていた可能性が高い」とみる。

 ログイン前の続き現地調査では、熊本市の隣の嘉島町でも旧河道だった場所で液状化が見つかった。村上教授は「かつて川を埋めた所が、土質や水分の影響で液状化しやすかったのかもしれない。東日本大震災では千葉県浦安市など沿岸部の埋め立て地で液状化が目立ったが、今回のように内陸でも発生する。家を建てる前に地盤調査をするなどの対策が必要だ」と指摘している。
  


Posted by いざぁりん  at 00:21
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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160501-00000004-sasahi-soci
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 今回の地震について、気象庁は「前例がない」と言った。だが、古文書をひもとけば、今の日本の状況とあまりにも似ている時代があった。我々は歴史に学ぶ必要がある。歴史学者・磯田道史さんに話を聞いた。

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 今回の一連の地震で、震源が熊本から阿蘇、大分と北東方向に100キロを超えて広がっていっていることについて、気象庁は「前例がない」としていますが、果たしてそうでしょうか。確かに気象庁が観測を始めた1875年以降では前例はないでしょう。しかし、500年、千年という長いスパンで災害の歴史を研究してきた私の立場から見ると、前例なしとは言えない。それどころか江戸時代初期の17世紀前半とかなり状況が似ていると考えています。

 順を追って説明しましょう。まず1611年に「慶長の三陸沖地震」が東北地方で起きました。これは東日本大震災と同タイプの東北沖の海溝型巨大地震で、津波による多数の死者が出ました。

 その8年後に、今回と同じ肥後地方で、一つの都市が壊滅するような大地震が起きています。熊本藩の地誌「肥後国志」十四巻には「卯の刻(午前6時)より大地震い、午の刻(正午)にいたり、城楼崩壊す」とあります。この城楼とは、八代にあった麦島城のことで、最初の地震から数時間、幾度となく襲いかかる激震で6時間後に櫓(やぐら)などの建物が崩壊してしまったのです。

 さらに「浄信寺興起録」という記録には「大地震動す。山鳴り谷応え」とあります。ゴーゴーと不気味な地鳴りがして、谷でこだまするような状況だったのでしょう。城の石垣や櫓が壊れ落ち「死傷するもの無数」、都会だった八代の町が「たちまち荒陵と変ず」とあります。おそらく震度6強ないし7の非常に強い揺れと余震で、城下は6時間の断続する揺れで消滅したと思われます。

 ちなみに熊本では、記録に残る最も古いものとして、744年、天平時代にも大地震が起きたことがわかっています。今回の地震を起こした布田川(ふたがわ)と日奈久(ひなぐ)の二つの断層帯は数百年単位で激しく動いているのです。

 さらに私が今回、注目したのは当時、豊後(大分県)竹田を治めていた岡藩中川家の「中川史料集」の記述です。八代の麦島城の天守閣が崩壊した同じ日、同じ午の刻に「岡大地震御城中所々破損」とあります。これは竹田の岡城が地震で崩れ破損したことを意味します。つまり、熊本が揺れ、その6時間後には、大分竹田の断層も、城を壊すほど激しく動いたのです。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。

 東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市そのものが壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がった。つまり、今回と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたとみるのが自然です。

 その後の展開も気になって調べてみると、熊本と大分の地震から6年後の1625年に広島・愛媛・熊本・香川で地震が連発します。広島は、八代、熊本、竹田を通る断層群の延長線上にあるので、私はこの地震に注目しています。まず同年1月、広島で地震が起き「安芸広島城の石垣・塀・多聞などが崩壊」します。多聞とは城の細長い櫓で、広島城の地盤はあまり強くないので、震度6ぐらいで石垣や櫓が崩壊したと思われます。城下の被害記録はないのですが、櫓が落ちるかなりの揺れだったことがうかがわれます(「自得公済美録」十七ノ下)。

 同年4月、今度は愛媛を地震が襲いました。「伊予温故録」によれば道後温泉が「地震にて塞」がって「松山城主蒲生忠知命して湯神社に祈祷す」とあります。7月は再び肥後熊本で大地震が起きています。相当な被害があったようで「丁巳雑録」という史料ではこんな内容が記されています。「(旧暦6月)17日に揺れ始めて、天守その他城内の建物が崩れ、瓦も飛んで骨組みの木材だけが残った。城中にいた50人ばかりが死んだ。火薬庫が地震で爆発し、跡形もなく吹き散らした」

 熊本藩細川家の「部分御旧記」には、「本丸には庭がなく四方が高石垣。そのうえ、櫓・天守もなかなか危ない。許可を得て、地震屋(殿様の地震避難舎)を建てる庭を造らねば、本丸にはいられない」というような記載があり、余震が続いたことがうかがわれます。さらに同年11月上旬には「四国中国大地震」という記録が香川県に残っています(「田宮物語」「長尾町史」)。

 つまり「400年前の東日本大震災」のあとには、国内最大級の活断層である「中央構造線断層帯」の西端の熊本・八代でまず地震が起き、大分・広島・愛媛・香川へと西日本の中央構造線を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです。
  


Posted by いざぁりん  at 00:21
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160506-00050040-yom-sci
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 熊本地震で多くの木造住宅が倒壊した熊本県益城(ましき)町の町役場周辺では、先月16日の「本震」の際、住宅を壊しやすい地震波の威力が阪神大震災(1995年)より1・3倍強かったとの解析結果を、筑波大の境有紀教授(地震防災工学)がまとめた。

 町役場に設置されている地震計のデータの分析から判明した。境教授は「家屋を大きく揺さぶるタイプの地震波が、町役場の周辺地域を直撃した可能性がある」と指摘している。

 木造住宅を大きく揺さぶるのは、1往復にかかる時間「周期」が1~2秒の地震波とされる。益城町で震度7を観測したマグニチュード(M)7・3の本震と、同じ直下型地震でM7・3の阪神大震災の地震波を比較したところ、益城町役場での周期1~2秒の揺れの加速度は、阪神大震災の際に神戸市で観測された揺れより1・3倍強かった。  


Posted by いざぁりん  at 00:20