京つう

イベント  |伏見区

新規登録ログインヘルプ



こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160914-00049687-gendaibiz-bus_all&p=1
(以下は、コピーです)
「三本の矢」はウソだった!

 第2次安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を「三本の矢」として2012年にスタート。一時は日本経済が急速に回復するかに見えましたが、いまは完全に停滞してしまいました。

 私の専門は歴史で、経済や政治ではありませんが、今回は現在の政府による経済運営について気になることを、歴史的な視点から述べてみたいと思います。

 一般的にアベノミクスが期待された結果を出せない理由については、こう言われています。中国経済の失速、イギリスをめぐるEUの混乱、さらには原油安による新興国経済の失速など、海外の経済がよくないために、日本も景気がよくならないのだ……と。

 その指摘自体は間違いではないと思います。ただ、これが事実だとすれば、それまでアベノミクスが好調だったのも、単に世界経済の動向が日本に有利に働いただけで、政府や日銀の経済政策の効果でないことがはっきりしたと言えなくもありません。

 ところで「三本の矢」というネーミングですが、これは、安倍首相の故郷山口県を支配していた毛利元就「三本の矢」の教訓になぞらえたものであることは、多くの方がご存知のことでしょう。プロサッカークラブの「サンフレッチェ広島」の名の由来にもなっていますが、簡単に言えば、こんなお話です。

 病床に伏していた毛利元就はある日、隆元・元春・隆景の3人の息子を枕許に呼び出します。元就は、まず1本の矢を息子たちに持たせて折らせ、続いて矢を3本束ねて折るよう命じますが、今度は誰も折ることができません。そして元就は息子達にこう告げました。

 「よいか1本の矢では簡単に折れるが、3本まとめると容易に折れない。お前達3人がよく結束して毛利家を守って欲しい」と。

 息子たちは、この教えに従う事を誓うのでした……。

 安倍首相は、三本の矢の逸話よろしく、金融政策、財政政策、成長戦略という三つの施策が相乗効果をもたらし、日本経済をデフレから救いだし再び上昇軌道に乗せようとしたのです。

 その施策の有効性はともかく、この話を最初に聞いたとき、これは先行きが思いやられるな、と感じました。

 なぜなら、この逸話が、そもそもウソだからです。

江戸時代にも「アベノミクス」はあった

 元就は死ぬ前に3人の息子達を枕元に集め、三本の矢の教訓など語っていません。戦前は小学校の教科書にも紹介されていたこの話は、もともと中国の古典にある話で、それを後世の人が勝手に元就の逸話にしてしまっただけなのです。

 安倍首相の熱心なファンはこう反論するかもしれません。何百年も前の話なのだから、言ったか言わないかは誰にもわからない。失礼なことを言うな、と。

 確かに私も現場を見たわけではありませんが、これに関しては史実と異なる、と断言できます。なにしろ長男の隆元は、元就が臨終する数年前に死んでいたからです。次男の吉川元春は戦に出ていて臨終の場にはおらず、3男の小早川隆景は40歳近くになっている。これらに関してはさまざまな文献で証明されているのです。

 間違った言い伝えになぞらえているようでは、施策自身の説得力もありません。そこに不安を感じたのです。

 もちろん三本の矢の逸話がフィクションだとしても、政策そのものが的を射ていれば問題はありません。しかし、歴史的観点から言えば、この点に関してもやや疑問符が付きます。

 アベノミクスとは簡単にいえば、円を安くし、国内の物価を上げ、規制を緩和し、政府の予算を民間にばらまいて景気を良くしようという経済政策ですが、じつは江戸時代、同じような政策をおこなった藩がありました。

 徳川御三家の筆頭・尾張藩でのこと。実施したのは7代藩主宗春。ちょうど幕府では8代将軍徳川吉宗が享保の改革をしていた時期と重なります。

 よく知られているように、紀州藩主から将軍になった吉宗は、傾いた幕府の財政を立て直すため、自ら質素な木綿の服を着、食事も「一汁三菜」にして倹約につとめ、徹底的に支出をおさえました。また、庶民にも質素倹約を求め、贅沢を禁止したことは歴史の教科書でも習ったでしょう。

 いっぽうで各藩から米を供出させ(上米の制)、農民に対する税率を上げて(定免法の採用)幕府への収入を増やしました。こうした緊縮財政を長年続けたことで、見事幕府の財政を再建したのです。

 つまり、増税と財政緊縮を同時に、長い間コツコツ進める事で、ようやく財政立て直しに成功したのです。  


Posted by いざぁりん  at 02:58

2016年09月15日

(続きです)

こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160914-00049687-gendaibiz-bus_all&p=3
(以下は、コピーです)
尾張藩のイケイケ規制緩和

 各藩でもこれをまねて改革をおこなっていましたが、1730年に尾張藩主となった宗春は、将軍吉宗と真逆のことをはじめます。享保の改革以来、自粛していた名古屋での祭りを大々的に復活させ、藩士にも芝居見物を許したのです。

 また、藩祖以来、禁止されていた遊郭の設置も認めました。驚くべきは、宗春自身が自ら祭りや芝居小屋に出向き、さらにはお忍びで遊郭に足を向けたことでしょう。
 
宗春は名古屋城下を歩くさい、上から下まで紅色に服を身につけ、3メートルもあるキセルを家臣に背負わせ、それを吸いながら真っ白な牛の背に乗って、ゆるゆると巡ったといいます。付き従う家来たちの服も紅色で統一されていたという記録もあります。
 
辛気くさい倹約が十数年続いていた尾張藩内ゆえ、この規制緩和に人びとは大いに喜び、すぐに娯楽を楽しみ、金を使って贅沢をするようになりました。服装も華美になりました。
 
こうして名古屋城下には芝居小屋が林立し、遊郭の数も増えていきます。それに誘われるように、多くの人々が周辺から名古屋に遊びに来るようになりました。この客足をあてにして有名な料理屋、茶屋、さらには大店(大きな商店)が競って名古屋に支店を出し、5万人だった人口がわずか数年で倍近くに増えたそうです。
 
宗春は、今で言う大胆な開放政策、規制緩和を展開したのです。遊郭ではありませんが、オリンピックを誘致して投資を刺激したり、海外からの観光客を呼び込んでいる今の日本と不思議なほどリンクしています。

 では、そうした開放政策の結果、尾張藩はどうなったのでしょうか。結論から言えば、尾張藩の繁栄は長続きしませんでした。

 1739年、宗春は藩主の座を追われました。享保の改革に逆らう宗春に将軍吉宗の堪忍袋の緒が切れ、幕府が宗春の蟄居謹慎を命じたからです。
 
宗春に代わって8代藩主には、親戚筋から宗勝が迎えられましたが、彼の一生は、宗春の放漫財政のためにふくれあがった借金を返す尻ぬぐいに費やされたそうです。つましく涙ぐましい節約によって支出を可能な限り減らしたのです。けれど、それでも財政はなかなか好転せず、最終的に負の財産は9代藩主宗睦の代まで引き継がれることになりました。

 これを見ても、いかに宗春の開放路線が、最終的に藩の財政を破壊し、多くの民を苦しめることになったかが、わかるでしょう。

 ただ、一説によると、宗春の失脚は尾張藩の重臣たちの希望でもあったという説もあります。じつは、宗春の積極政策のために藩の支出が莫大に増え、借金がかさんで破綻しそうになっていました。それを案じた重臣がいたということなのでしょう。この点、今の政府内にもそうした危機感を持つ人がどれだけいるのか。そこが心配です。

人口減少問題にも、歴史が答えを示してくれる

 もちろん、現代と江戸時代では経済環境が違いますから、両者を単純に比較することはできません。

 ただ、強引な金融政策と規制緩和で経済成長を促してきた安倍内閣ですが、その成果は世界経済の悪化によって相殺されてしまい、国債の発行額は上昇しつづけ、国の借金は1000兆円を超え、世界有数の借金大国になっていることだけは否定のしようがありません。この政策をこのまま続けていけば、国家がどうなるかは歴史が証明しているのです。

 そもそも日本の人口は、もう増えることはないでしょう。移民を大量に導入すれば別ですが、右傾化しているいまの社会で、その選択肢は難しいでしょう。だとすれば人口減少の中で、経済成長を求め続けることが、そもそも間違っているのではないでしょうか――。

 その問いに対する答えも、歴史が示してくれています。
 
じつは、将軍吉宗の18世紀以降、日本は現在のように人口停滞期にありました。だからこそ、江戸時代の手法に学ぶところはあると思うのです。

 「経済的に豊かなことが幸せである」という考え方は、明治以降、西洋から入ってきた思想で、日本人には経済的豊かさを第一とする思想はありませんでした。江戸時代にはお金がなくても幸せに暮らしている人々がたくさんいました。
 
幕末、日本に不平等条約(日米修好通商条約)をおしつけたアメリカの総領事ハリスは、当時の日本人をみてつぎのような感想を抱いています。

 「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない──これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。私は、質素と黄金の時代を、いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見いだす」(ハリス著、坂田精一訳『日本滞在記 下』岩波文庫)
 
また、ハリスの通訳であるヒュースケンも、日本が開国したことについて、

 「世界のあらゆる大国の縁組みの申し入れをはねつけてきたこの帝国も、ようやく人間の権利を尊重して、世界の国々の仲間入りをしようとしている」

 と喜ぶ一方、

 「この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私には、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならないのである」 (ヒュースケン著、青木枝朗訳『ヒュースケン日本日記』岩波文庫)

 と危惧しているのです。
 
本来持っていた日本人の価値観への回帰、そこに、これから進む日本の未来が見出されるように思えるのですが、いかがでしょうか。
  


Posted by いざぁりん  at 02:57
こちらです。
http://matome.naver.jp/odai/2140539207963725901
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160914-00041971-exp-musi
http://pdmagazine.jp/works/silence/
(以下は、コピーです)
不朽のキリスト教文学。遠藤周作の『沈黙』が映画化されるまで

2016年にマーティン・スコセッシ監督によるハリウッド映画化が決定した遠藤周作の『沈黙』。キリスト教文学として海外でも高い評価を得ているその魅力に迫ります。

戦前の日本において主流だった私小説、短編小説への回帰を狙った「第三の新人」の1人としても知られる遠藤周作。晩年は『ユーモア小説集』を執筆するなどウィットに溢れる一面も見せ、またTVコマーシャルにも出演していたことで広く名前を知られています。

その一方で遠藤は、日本人にとってのキリスト教の意味を問い続けた作家であり、キリスト教をテーマにした作品を多く残しています。現在、作品が翻訳されている国は20ヶ国以上にも及び、刊行された作品は100冊を超えるとも言われています。

マーティン・スコセッシによるハリウッド映画化

そんな遠藤周作の代表作の1つ、『沈黙』は「タクシードライバー」などを手がけたハリウッド映画界の巨匠、マーティン・スコセッシ監督による実写映画化がかねてより噂されていました。製作は難航を極めましたが、2016年11月、リーアム・ニーソン、アンドリュー・ガーフィールドらの豪華主演陣に加え、浅野忠信や窪塚洋介という日本人俳優も起用した注目のキャストでアメリカで公開されることも大きな話題となっています。

今から約25年前に『沈黙』を読んだというスコセッシは、当時は牧師の道を目指していたといいますが、その時から映画化を夢見ていたそうです。資金不足やキャストの変更といった度重なる困難に遭遇しながらも、今回の映画化によってようやく悲願を達成することとなりました。約25年もの時間を経てまで実現しようとするほど、スコセッシはこの『沈黙』という作品に強い魅力を感じていたのです。

今回は遠藤周作とキリスト教の関係を軸に、その著作のなかでも特に評価が高い『沈黙』が日本のみならず海外でも高い人気を誇る理由を探ります。

遠藤周作が描き続けたキリスト教

遠藤周作は、生まれながらにしてクリスチャンであったわけではありません。両親の離婚から神戸に戻って来た幼少時に、伯母の影響でカトリックの教会へ通うようになります。そして中学生の時に洗礼を受けさせられたのです。

Holy Bible book. Catholicism concept. 3D Illustration

遠藤はこの時のことを「後々、自分にどういうものを背負わせることになったかもほとんど考えなかった」と、キリスト教を「合わない洋服」に例えたエッセイの中で述べています。

だがその後十年たって、私は初めて自分が伯母や母から着せられたこの洋服を意識した。洋服は私の体に一向に合っていなかった。ある部分はダブダブであり、ある部分はチンチクリンだった。そしてそれを知ってから、私はこの洋服を脱ごうと幾度も思った

「合わない洋服」より

この文章からも読み取れる通り、「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」に気付いた遠藤はこの合わない洋服を脱ごうとします。しかしその後、キリスト教は自分を少年時代から青年時代にかけて支えた一つの柱であるとも考えるようになり、「私はこの洋服を自分に合わせる和服にしよう」と決心するのでした。

ただ「教えをそのまま受け入れる=洋服を着せられる」のではなく、「日本人としてキリスト教を見つめ直す=和服に仕立て直す」……その姿勢は聖書学研究に従事していた田川建三など多くのキリスト教信者、聖職者たちから批判を受けました。それでも遠藤は、キリスト教をモチーフとした作品を通じて、他人から着せられたダブダブの洋服を、自分の体に合うように生涯努力することを選びます。

「神の沈黙」という永遠の主題に挑んだ『沈黙』

そして『沈黙』(1966)は、江戸時代初期のキリシタン弾圧に遭ったポルトガル人司祭、ロドリゴが背教の淵に立たされる姿を描いた歴史小説です。キリスト教弾圧にまつわる日本史の一場面をもとに、神の存在や西洋と日本の思想的な違いを追求したこの作品は、発表当時のカトリック教会で大きなセンセーションを巻き起こしました。鹿児島県と長崎県では禁書扱いになるほど、当時としては衝撃的だったのです。
silence
出典:http://www.amazon.co.jp/dp/4101123152

イエスズ会において最高の地位にいた教父、フェレイラが布教のために訪れた日本で過酷な拷問を受け、棄教したという知らせが届いたローマ。弟子である若き宣教師、ロドリゴは真相を探ろうと日本へ赴くも、気弱な日本人、キチジローの密告によって奉行所に囚われてしまいます。

やがてロドリゴは師と再会を果たすものの、彼が夜な夜な牢で耳にするいびきのような声が拷問を受ける信者のうめき声であったこと、ロドリゴ自身が棄教しない限り彼らが許されないことを告げられ、苦悩します。自分の信仰を守るのか、神を裏切って罪の無い人々を助けるのか……ジレンマを突きつけられるロドリゴは、ある決断に至ります。

キリストの教えを誇りに思っていたロドリゴでしたが、「神は自分が苦しむ姿を見ながら、何故沈黙を続けるのか」と呼びかけても応えない神を疑い始めます。


神は本当にいるのか。もし神がいなければ、幾つも幾つも海を横切り、この小さな不毛の島に一粒の種を持ち運んできた自分の半生は滑稽だった。

『沈黙』より

日本におけるキリスト教の歴史において、最期まで立派にキリストの教えを守り抜いた人々は語り継がれる一方で、教えを捨てた人々は蔑ろにされていました。そのような棄教者たちの「沈黙」のなかに浮かび上がる死への恐怖や、誰かを助けたいと願う苦悩は、日本史のなかでキリスト教徒が経験したであろう様々な受難の場面にまつわる空想をかきたて、遠藤を執筆に走らせたのです。

海外からの評価

『沈黙』が海外で高い評価を受けるようになった理由として、グレアム・グリーンの存在を忘れてはなりません。「第三の男」を代表作に持つイギリスの小説家、グレアム・グリーンは、英訳された『沈黙』を読み、その年度のベスト3の1つに挙げています。第一次世界大戦後にイギリス国教会からカトリックへと改宗した経緯を持ち合わせていたグリーンは、『沈黙』をいち早く認め、遠藤に対して作品を絶賛する手紙を送るだけでなく、「20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」とまで断言しています。

遠藤自身も『沈黙』の執筆にあたり、グレアム・グリーンの作品『権力と栄光』から大きな影響を受けたと語っています。そして1985年には小説の舞台となったロンドンを旅行中、なんと偶然にも彼とホテルで出会い、語り合う機会を得た、というエピソードもあります。

そんなグレアム・グリーンから熱烈な支持を受けた『沈黙』はノーベル文学賞候補とまで目されましたが、テーマや結論が審査員に好まれなかったためか受賞を逃したとも言われています。
silence2
出典:http://www.amazon.co.jp/dp/0800871863

日本で暮らした経験を持ち、日本を題材にした小説も書いているイギリス人作家、デイヴィット・ミッチェルもまた、『沈黙』について「20世紀最高の日本小説に加わる作品だ。私がこの小説を好きな理由は、非常に全キリスト教的な見方をしている所にある」と高い評価をしています。

海外からの評価が高いことは、『沈黙』が2009年の英ガーディアン紙が選ぶ「死ぬまでに読むべき必読小説1000冊リスト」に選出され、海外の読書好きが投票形式で決定する「日本文学ランキング100」では37位(2016年4月現在)にランクインしていることも証明しています。

『沈黙』が言語や時代を超えて評価される理由

信仰における負の部分にあえてフォーカスを当てたこの作品は、何故、言語も時間も関係なく高く評価され続けているのでしょうか。それは、言語や時代を問わずキリスト教を信じる人たちの心に響いたからに他なりません。

聖職者たちはこの冒涜の行為を烈しく責めるだろうが、自分は彼等を裏切ってもあの人を決して裏切ってはいない。〔…〕私はこの国で今でも最後の切支丹司祭なのだ。そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた。

『沈黙』より

『沈黙』のなかで、キリストは絶対的な存在ではなく、無力な存在として描かれています。神は沈黙していたのではなく、無力さ故に沈黙せざるを得なかったのです。遠藤の描くキリストは無力ではありますが、悩める人物たちと苦しみを分かち合っていました。その表現について批判は生まれましたが、救われる読者がいたのも事実です。

ロドリゴを売り渡すも、許しを乞う卑しい存在として描かれるキチジローは、洗礼を受けさせた母親を裏切った自分自身をモデルにしていると遠藤は述べています。このことからも分かるように、『沈黙』は洗礼を受けながらも信仰について疑問を持ち、自らとキリスト教の関係について考え続けた遠藤周作でなければ創作できなかった作品とも言えるでしょう。

マーティン・スコセッシ監督による映画化をきっかけに、改めて評価されるであろう『沈黙』。発表されてから50年間もの月日が経ったこの物語が、どのように映像化されて新たな価値を持つのかに注目です。

  


Posted by いざぁりん  at 02:57
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160913-00010000-fukui-l18
(以下は、コピーです)
 政府は12日、原子力規制委員会が運営主体の変更を求めている日本原子力研究開発機構の高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)を廃炉にする方向で最終調整に入った。政府関係者が明らかにした。再稼働には数千億円の追加費用が必要となり、国民の理解が得られないとの判断に傾いた。核燃料サイクル政策の枠組みの見直しは必至で、関係省庁で対応を急ぐ。

 所管の文部科学省は、規制委から運営主体の変更勧告を受け、原子力機構からもんじゅ関連部門を分離し、新法人を設置して存続させる案を今月に入り、内閣官房に伝えた。しかし、電力会社やプラントメーカーは協力に難色を示しており、新たな受け皿の設立は困難な情勢。政府内では、通常の原発の再稼働を優先すべきだとの考えから経済産業省を中心に廃炉論が強まっていた。

 政府は、もんじゅ廃炉後も高速炉の研究開発は継続する方向。実験炉の常陽(茨城県)の活用やフランスとの共同研究などの案が浮上している。

 原子力機構は2012年、もんじゅを廃炉にする場合、原子炉の解体など30年間で約3千億円の費用がかかるとの試算をまとめている。もんじゅは核燃料の冷却にナトリウムを利用する特殊な原子炉のため、一般の原発の廃炉費用より割高となる。

 一方、再稼働するには、長期の運転停止中に変質した燃料を新しいものに交換する必要がある。

 もんじゅ本体の施設の維持管理に年間約200億円かかり、茨城県東海村にある燃料製造工場を新規制基準に対応させる工事費も大幅に必要となる。もんじゅ本体の新基準対応費も含めると、再稼働させるためには数千億円の追加負担が見込まれる。

 規制委は昨年11月、原子力機構に代わる組織を特定するか、できなければ施設の在り方を抜本的に見直すよう求め、半年をめどに回答するよう馳浩文科相(当時)に勧告していた。

 敦賀市の渕上隆信市長は今月8日、松野博一文部科学相と面談し、「一定の成果が上げられないまま撤退という判断になれば、30年の協力は何だったということになりかねない。地元の期待を裏切らないでほしい」と存続を強く求めた。  


Posted by いざぁりん  at 02:56
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160914-00000154-nksports-ent
(以下は、コピーです)
 作家の乙武洋匡氏(40)が14日、自身のサイトで妻仁美さんと離婚したと発表した。

 「この度、私、乙武洋匡は、妻・仁美さんとの離婚が成立しましたことをご報告させていただきます。

 私自身に至らない点が多々あったにも関わらず、15年という長い歳月、家族のために尽くしてくれた彼女には感謝の念が尽きません。

 夫婦としては別々の道を歩むことになりましたが、子どもたちの父親であることには変わりありません。今後も彼らに恥じぬよう、父親としての責任をしっかり果たしていく所存です。

 日頃より応援してくださる皆様には大変心苦しいご報告となってしまいましたが、夫婦で話し合った結果、今回の決断が家族それぞれにとって最善との結論に至りました。

 今後は、彼らが少しでも平穏な生活を送ることができるよう、ご理解、ご協力を賜ることができれば幸いです。

 この度は個人的なことでお騒がせし、またご心配をおかけしましたことを、ここに深くお詫び申し上げます。

 2016年9月14日 乙武洋匡」(原文のまま)

 乙武氏は、3月24日発売の雑誌「週刊新潮」で女性5人との不倫を報じられた。当時、自民党からの参院選出馬が確実視されていたが、一連の報道を受けて出馬を断念。40歳の誕生日の4月5日に都内で開いた「乙武洋匡を囲む会」では、不出馬の意向を明らかにするとともに全面謝罪し、仁美さんとやり直すことを誓ったが、6月には家族との別居が報じられていた。  


Posted by いざぁりん  at 02:55
こちらです。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20151009-OYTEW52786/?from=yhd
(以下は、コピーです)
2015年10月9日
 岩手県内の思春期支援を目的とした「いわて思春期研究会」のメンバーらは、同県内の高校生を対象にした調査で、セックス経験者に初めて経験した年齢(初交年齢)を訪ねたところ、15~16歳が半数以上に上ったと、8月29~30日に大津市で開かれた日本思春期学会の会合で報告した。さらに女子は、14歳以下で経験した人が2割だったという。経験のある生徒は家族との関係が希薄なこと、交際相手からの暴力「デートDV」を示唆する性行動があることも明らかになった。

全体の経験率は01年から半減

 今回の調査は、「岩手県高等学校教育研究会」がいわて思春期研究会と共同して2013年に実施したもの。岩手県内の全日制高校78校、生徒9,055人を対象にアンケート調査をし、96.8%の有効回答率を得た。結果は、2001年に行われた同様の調査(以下、前回調査)や2011年の「第7回青少年の性行動全国調査」(以下、全国調査)の結果と比較した(関連記事:男女交際を望まない高校生が増加、理由は「面倒くさい」)。

 キスの経験率は男子33.2%、女子38.8%。セックスの経験率は男子12.5%、女子15.1%で、いずれも全国調査とほぼ同じ割合だった。ただし、前回調査に比べてセックスの経験率は半減しており、岩手県の若者像が”草食系”に変化していることをうかがわせたという。

 一方、セックスを経験している生徒は、男女問わず半数近くが複数人とのセックスを経験しており、前回調査と同様だった。初交年齢は男女とも15~16歳が半数以上を占め、女子では2割が14歳以下で経験していた。

「初交で避妊」8割だが...

 初交の際に避妊した割合は男子82%、女子77%と、前回調査(男子65.8%、女子66.5%)より上昇していた。しかし、初交以降の避妊実施率は下がり、「いつもしている」は男子71.9%、女子60.5%だった。避妊実施率は全国調査(男子53.7%、女子53.2%)と比較すると高かったが、避妊方法として膣ちつ外射精を挙げた生徒が約5%認められた。

 報告した福島裕子氏(岩手県立大学看護学部教授)は「性交経験者の経験人数は前回調査と変わらず、低年齢化や活発化が続いている。避妊実施率は上昇しているものの、性交経験を重ねるに従い妊娠への危機感が低下している可能性もあり、正しい性知識の普及を続けることが重要」と強調した。

初交のきっかけに「デートDV」?

 男女とも性交経験のある生徒は、ない生徒に比べて「家族とあまり話をしない/ほとんど話をしない」割合が高かった。自尊心を評価したところ、女子では性交経験の有無で差がなかったが、男子では性交経験ありの生徒で自尊心が高い傾向にあった。

 「異性との関わりを面倒だと思わない」「男女交際を望んでいる」「セックスすることに関心がある」割合は男女とも性交経験ありの生徒で高く、高校生の交際で許される範囲は「セックスまで」とした割合も高かった。さらに、セックスに対する規範意識の5項目(愛情がない性交、売買春、恋人以外との性交、知り合ってすぐの相手との性交、妊娠をきっかけとした結婚)に関しても、男女とも性交経験ありの生徒で「構わない」とした割合が高かった。

 初交の理由は「愛していたから」「好きだったから」が大半を占めたが、「相手から強く要求されたから」と回答した女子が22.3%と、全国調査の約20倍だった。「強く要求された」と答えた女子では約3割が14歳以下で初交を経験しており、「デートDV」など暴力の存在を懸念させる結果だった。「正しい性知識の提供に加え、デートDV予防啓発教育を工夫する必要がある」と福島氏は述べた。

性的少数者は10%

 調査の有効回答者(8,769人)から無回答と性的多数者(心と体の性別が一致して異性愛の人)を差し引いたところ、性的少数者(セクシュアルマイノリティ)は890人(10.1%)だった。内訳はレズビアン(心の性別が女性の同性愛者)1.9%、ゲイ(心の性別が男性の同性愛者)1.2%、バイセクシュアル(両性愛者)5.1%、トランスジェンダー(心と体の性別が一致していない)2.9%、X(エックス)ジェンダー(心の性別がどちらでもない)3.2%だった。

 ゲイやバイセクシュアルの男子は、性的多数者の男子に比べて自尊心が低く、バイセクシュアルの女子は性的多数者やレズビアンの女子に比べて自尊心が低かった。またXジェンダーの生徒は、心の性別がはっきりしている生徒に比べて自尊心が低かったという。

 報告した佐藤卓氏(岩手県環境保健研究センター地球科学部首席専門研究員)は「岩手県の高校には、決して少なくない数の性的少数者が存在し、これらの多くが自己肯定しづらい状況にあることが分かった。教師、生徒が性的多様性を尊重できるよう、性的少数者に関する学習の機会を設けるなどの対応が必要である」と考察した。
  


Posted by いざぁりん  at 02:55