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米軍は日本から撤退を。
自衛隊は解散を。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161213-00000135-mai-soci
(以下は、コピーです)
 防衛省に13日午後10時10分ごろ入った連絡によると、沖縄県の米軍キャンプ・シュワブ(名護市など)沖6キロの海上に米軍垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ1機が不時着水した。米軍嘉手納基地所属のヘリコプター2機が乗員5人を救助しているという。自衛隊機も救助に向かう準備をしている。防衛省はオスプレイは米軍普天間飛行場所属機とみて、情報収集している。

 オスプレイはヘリコプターとプロペラ固定翼機の両方の機能を持つティルトローター式の輸送機。2012年10月、米軍は普天間飛行場(宜野湾市)に12機を配備した。現在は24機ある。開発段階から墜落などの事故が相次いだため、沖縄県などから「安全性に懸念がある」と反発の声が上がった。日米両政府は15年5月、東京の横田基地への配備を発表している。  


Posted by いざぁりん  at 00:45
こちらです。
http://rollingstonejapan.com/articles/detail/27267
(以下は、コピーです)
ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランは、授賞式後の晩餐会向けにメッセージを寄せた。「キップリング、ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェイなどの偉大な人々と共に名を連ねることは、言葉では言い表せないほど光栄なことです」。

2016年10月初旬、ボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されるというニュースが流れた時、その異例とも言うべき決定に最も驚いたのはディラン自身だっただろう。

ディランが受賞すれば1993年以来のアメリカ人受賞者となるノーベル文学賞は「誰か別の人間に授与すべき」と、ゲイリー・シュタインガートやジェイソン・ピンターら何人かの作家から反対の声が上がった一方で、スティーヴン・キングやジョナサン・レセムをはじめ多くの人々からは、「素晴らしい決定」として祝福の声が寄せられた。受賞決定後、何週間もディラン側は沈黙を続けた。ノーベル委員会は「ディラン側の誰からも折り返しの電話がない」とメディアに語った。ノーベル委員会のペル・ヴェストベリイも「(もしこのまま沈黙を貫くとしたら)それは無礼で傲慢な態度だ」とコメントしていた。

10月29日、ディランのアート展覧会に関連してデイリー・テレグラフ紙のインタヴューを受けた彼は、ついに沈黙を破った。「信じられない。とてつもなく素晴らしい。自分が受賞するなど夢にも思わなかった」。インタヴュアーを務めたライターのエドナ・グンダーセンからの「ストックホルムでの授賞式へ出席するか」との問いに対しディランは、「もちろん。できる限り善処する」と答えた。ツアーは授賞式の数週間前に終了したため、授賞式へは出席できるはずだったし、過去数 “とても名誉ある賞”であるノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランは、授賞式後の晩餐会向けにメッセージを寄せた十年の間、出席が可能な健康状態の受賞者で出席を断った例はない。

いつものディラン流のやり方で、彼はさらに周囲の思惑をかき回した。11月16日、彼は「授賞式へは出席しない」と宣言したのだ。「昨晩、スウェーデン・アカデミーはボブ・ディラン氏から個人的な手紙を受け取りました。そこには"既に別件が入っているため、12月のストックホルムでの授賞式へ出席することはできません"と書かれていました。彼はまた、"受賞はとても光栄なことで、直接受け取りたかった"とも述べています」との内容の声明をアカデミーが発表した。

ノーベル賞受賞者には、受賞から6ヵ月以内に記念講演を行う機会が与えられる。アカデミーとしては、2017年にディラン自身がストックホルムを訪れることを期待していたが、結局ディランは授賞式向けのスピーチの代読を依頼してきた。

ディランのスピーチは、在スウェーデン米国大使アジータ・ラジが代読した。
以下、その全文:


皆さん、こんばんは。スウェーデン・アカデミーのメンバーとご来賓の皆さまにご挨拶申し上げます。

本日は出席できず残念に思います。しかし私の気持ちは皆さまと共にあり、この栄誉ある賞を受賞できることはとても光栄です。ノーベル文学賞が私に授与されることなど、夢にも思っていませんでした。私は幼い頃から、(ラドヤード)キップリング、(バーナード)ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、(アーネスト)ヘミングウェイなど素晴らしい作家の作品に触れ、夢中になってのめり込みました。いつも深い感銘を与えてくれる文学の巨匠の作品は、学校の授業で取り上げられ、世界中の図書室に並び、賞賛されています。それらの偉大な人々と共に私が名を連ねることは、言葉では言い表せないほど光栄なことです。

その文学の巨匠たちが自ら「ノーベル賞を受賞したい」と思っていたかどうかはわかりませんが、本や詩や脚本を書く人は誰でも、心のどこかでは密かな夢を抱いていると思います。それは心のとても深い所にあるため、自分自身でも気づかないかもしれません。

ノーベル文学賞を貰えるチャンスは誰にでもある、といっても、それは月面に降り立つぐらいのわずかな確率でしかないのです。実際、私が生まれた前後数年間は、ノーベル文学賞の対象者がいませんでした。私はとても貴重な人たちの仲間入りをすることができたと言えます。

ノーベル賞受賞の知らせを受けた時、私はツアーに出ている最中でした。そして暫くの間、私は状況をよく飲み込めませんでした。その時私の頭に浮かんだのは、偉大なる文学の巨匠ウィリアム・シェイクスピアでした。彼は自分自身のことを劇作家だと考え、「自分は文学作品を書いている」という意識はなかったはずです。彼の言葉は舞台上で表現するためのものでした。つまり読みものではなく語られるものです。彼がハムレットを執筆中は、「ふさわしい配役は? 舞台演出は? デンマークが舞台でよいのだろうか?」などさまざまな考えが頭に浮かんだと思います。もちろん、彼にはクリエイティヴなヴィジョンと大いなる志がまず念頭にあったのは間違いないでしょうが、同時に「資金は足りているか? スポンサーのためのよい席は用意できているか? (舞台で使う)人間の頭蓋骨はどこで手配しようか?」といったもっと現実的な問題も抱えていたと思います。それでも「自分のやっていることは文学か否か」という自問はシェイクスピアの中には微塵もなかったと言えるでしょう。

ティーンエイジャーで曲を書き始めた頃や、その後名前が売れ始めた頃でさえ、「自分の曲は喫茶店かバーで流れる程度のもので、あわよくばカーネギー・ホールやロンドン・パラディアムで演奏されるようになればいいな」、という程度の希望しか持っていませんでした。もしも私がもっと大胆な野望を抱いていたなら、「アルバムを制作して、ラジオでオンエアされるようになりたい」と思っていたでしょう。それが私の考えうる最も大きな栄誉でした。レコードを作ってラジオで自分の曲が流された時、それは大観衆の前に立ち、自分のやり始めたことを続けられるという夢に近づいた瞬間でした。

そうして私は自分のやり始めたことを、ここまで長きに渡って続けてきました。何枚ものレコードを作り、世界中で何千回ものコンサートを行いました。しかし何をするにしても常に中心にあるのは私の楽曲です。多種多様な文化の多くの人々の間で私の作品が生き続けていると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。

ぜひお伝えしておきたいことがあります。ミュージシャンとして私は5万人の前でプレイしたこともありますが、50人の前でプレイする方がもっと難しいのです。5万人の観衆はひとつの人格として扱うことができますが、50人の場合はそうはいきません。個々人が独立したアイデンティティを持ち、自分自身の世界を持ち、こちらの物事に向き合う態度や才能の高さ低さを見抜かれてしまうのです。ノーベル委員会が少人数で構成されている意義を、私はよく理解できます。

私もシェイクスピアのようにクリエイティヴな試みを追求しながらも、「この曲にはどのミュージシャンが合っているか? レコーディングはこのスタジオでいいのか? この曲はこのキーでいいのか?」などという、避けて通れぬ人生のあらゆる俗的な問題と向き合っています。400年経っても変わらないものはあるのです。

「私の楽曲は文学なのか?」と何度も自問しました。

この難題に時間をかけて取り組み、最終的に素晴らしい結論を導き出してくれたスウェーデン・アカデミーに本当に感謝しています。

ありがとうございました。


ボブ・ディラン   


Posted by いざぁりん  at 00:44
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161213-00000071-dal-spo
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 男子フィギュアスケートのGPファイナルで前人未到の4連覇を達成した羽生結弦(ANA)が13日、成田空港に帰国した。11月末に公開され、TBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のエンディングテーマで話題の「恋ダンス」を“完コピ”した動画について、フィギュアにも相乗効果があると認めた。

 プロスケーターでタレントの織田信成がツイッターで公開したことで話題となった羽生版恋ダンスは、クオリティーもかなりのもの。腰つきや手さばきなど、細部に至るまで「キレキレ」であると話題になった。ドラマにも出演する星野源に「すごかったです。僕も見ました。本当にキレキレ。すごかった」(11月29日放送のラジオ「星野源のオールナイトニッポン」)と言わしめるほどの出来栄えだった。

 この日、報道陣から話題を振られた羽生は「自分が興味を持ったことをひたすらやっているだけで…」と少し照れくさそうな反応を見せた。振り付け師のMIKIKO率いるダンスグループ「ELEVEN PLAY」(イレブンプレイ)を意識しているといい、彼女らが「恋」のMVに出演していることから、星野や新垣結衣よりも、「ダンサーさんの方のまねをした」と解説した。

 表現力という面では当然、ダンスとフィギュアは通じるところがある。「今回のプログラムはダンサブルなプログラムなので、鏡を見て練習して。最初、全然、体の動きとかまねできなかったですけど」と“完コピ”に至るまでの苦労を振り返りつつ、「ちょっとずつフィギュアスケートの方にもいい影響があると思っています」ときっぱりと言い切った。

 「まねするだけでも全然違うなと思います。こういう体の使い方があるんだ、とか、こういう体を使えばこういう動きになるんだとか、本当に参考になることがたくさんありました」と新たな発見も多かったという羽生。「キレキレ」と評価されていることには「自分ダンサーじゃないからすごく恥ずかしかったです」と?を赤らめていた。  


Posted by いざぁりん  at 00:44
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http://digital.asahi.com/articles/DA3S12695901.html?rm=150
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 「土人」発言とそれを擁護する政治家たち。米大統領になろうという人の発言。許されない差別表現が居場所を見いだしている。日本で、米国で。社会の底が抜けてしまったのか。

 

 ■「特権」気づかせる教育を 出口真紀子さん(文化心理学者)

 特定の人種や民族、少数者に差別感情を抱いている人は米国に常に一定数ログイン前の続きいます。しかし、そうした感情を表に出してはいけないという社会的な規範が、これまで彼らを抑えていました。

 ところが、移民や女性への差別感情を隠さないトランプ氏が登場し、次期大統領に選ばれたことで、たがが外れてしまったようです。ある社会心理学者が大統領選挙の前と後にした実験では、人々の社会的規範が明らかに変化していました。差別的なことを言っても大丈夫、という空気が広がっています。

 権力にある側が差別を抑えるどころか、むしろ助長している。それは日本も同じです。沖縄で米軍ヘリパッド建設に抗議する人たちに向けられた「土人」という罵声を、現職の沖縄北方相が「差別とは断定できない」と擁護したのも、その表れです。

 日米で共通しているのは、差別の対象にならない人々、マジョリティー(多数派)の多くは危機感を抱いていないことです。マジョリティーは労することなく得た優位性を持っていて、心理学では「特権」と呼びます。土人発言問題では、本土の人々が沖縄ではなくたまたま本土に生まれたということが特権です。特権集団は、自分には特権があるという認識が欠けていて、社会的抑圧の現実を否定するか見ないようにしがちです。

 トランプ氏は米国ではまさにマジョリティーです。白人で、男性で、経済的には上流階級に属し、宗教的にも少数者ではありません。さらに「それが何か」と開き直っているようにみえます。選挙中に叫んだ「アメリカを再び偉大に」という言葉には、人種的マジョリティー、つまり白人のアメリカを取り戻せという意味が込められています。

 米国のメディア、特にテレビはトランプ氏にあまりにも甘かった。過激な言動が何のフィルターにもかからず家庭に入り込みました。選挙戦の対抗相手は女性で、社会に内面化された女性蔑視があったことも否めません。

 日米を見渡すと、このような状況に至った要因に、人権教育の欠如があると思います。米国では、黒人奴隷の歴史や太平洋戦争中に日系人を収容所に入れた事実などを学校でどこまで教えるか、州により一様ではありません。それがトランプ氏を支持した州としなかった州の分断にも関係していると感じます。

 日本でもかつては、部落差別をなくすための同和教育などがそれなりに行われていましたが、今は十分とはいえません。現政権は人権教育には関心がなく、自民党は基本的人権を大幅に制限する改憲草案を持っています。

 マジョリティー側は自分の特権に気づかない。だから気づかせる教育の徹底が大事なのです。

 (聞き手・吉沢龍彦)

    *

 でぐちまきこ 66年生まれ。上智大外国語学部准教授。4歳から米国で育った。北米と日本を足場に差別の心理学を研究。

 

 ■権力でなく弱者向く不満 西村秀樹さん(近畿大学人権問題研究所客員教授)

 大阪府警の機動隊員が、沖縄の米軍基地に反対する人たちに「土人」などとの暴言をはき、松井一郎・大阪府知事や鶴保庸介・沖縄北方相が、それを擁護するかのような発言をしました。そのうえ政府は「土人」が差別用語にあたるかどうか「一義的に述べることは困難」とする答弁書を閣議決定しました。一連の動きに驚くばかりです。

 私自身は、大阪のテレビ局で長年、在日コリアンや被差別部落の問題を取材してきました。大阪には沖縄出身の人もたくさん住んでいます。差別の問題に敏感であるべき大阪の関係者から、無神経な発言がなされたのは残念です。

 こうした発言に対して市民社会が上げる声は、かつてより弱くなりました。労働組合や人権団体の力の低下も影響を及ぼしています。「松井知事、よく言ってくれた」という書き込みまであります。経済的な格差や貧困などの不満が、権力の側ではなく、マイノリティーに向けられているのではないでしょうか。

 歴史をさかのぼると、明治の初め、「賤民(せんみん)廃止令」に反対する民衆一揆が西日本を中心に起き、被差別部落が襲われた事件がありました。権力に向かうべき民衆の不満が、弱者に向けられたのです。それは現代においても、相模原市で起きた障害者施設の襲撃事件などに通底している気がします。

 ヘイトスピーチ対策法が今年6月に施行されました。罰則のない理念法で、不十分な点は多々ありますが、排外的なデモを防ぐ一定の効果はみられます。一方、インターネットでは、民族や部落差別、性的少数者(LGBT)への差別などの書き込みは、ほとんど野放しです。

 テレビの場合、NHKと民放がつくる、自主的な第三者機関として放送倫理・番組向上機構(BPO)があり、番組を審査します。ネットのプロバイダーもこうした機関をつくり、悪質な差別表現に対しては削除を勧告すべきです。権力の介入を防ぎ、表現の自由を守るためにも必要な手立てです。プロバイダーの側は、差別書き込みが、書かれた当事者に深い傷を与え、ときには自殺に追い込むこともあるという危機感が足りないのではないでしょうか。

 社会の底が抜けないよう、手を打つ必要があります。日本は人種差別撤廃条約を1995年に批准しましたが、関連する国内法が整備されていません。政府から独立性を持つ人権擁護機関をつくれば、被害の救済により有効に対応できるでしょう。

 新聞やテレビなどの既存メディアは、もっと感覚を磨き、差別を許さないという姿勢を明確に打ち出すべきです。ネットからの攻撃を恐れて首をすくめているようにみえて仕方ありません。

 (聞き手・桜井泉)

    *

 にしむらひでき 51年生まれ。元毎日放送記者。日本ペンクラブ理事。著書に「大阪で闘った朝鮮戦争」「北朝鮮抑留」など。

 

 ■ネットの空気変えられる 鴻上尚史さん(作家・演出家)

 友達と演劇を見て、帰りに居酒屋に寄ったとしましょう。「あの芝居、ゴミだったね」と言うと、仲間から「なぜ? おもしろかったよ」という反論が次々と出てきます。そこで「自分の意見には賛同者がいないな」と立ち止まって考え直します。

 講演会で、質問に立った聴衆のひとりが自説をとうとうと語り始めると、周りから舌打ちが聞こえてきます。説得力をもって意見を伝えるにはどうしたらいいか。そこで技術や作法を考える。それがこれまでの世界でした。

 ところが、インターネットの登場で一変しました。おおっぴらに言えなかったようなことを書き込んでも、リアルな反発は受けません。いやな書き込みは読まなければいいのです。

 ふつうの人にとって、テレビや新聞に自分の発言が取り上げられることは、極めてまれです。でもネットの世界でレスポンスがないと、自分の存在価値がないと思い込みがちです。刺激的な言葉を使い、より強い反応やフォロワーの増加を期待してしまう。

 今年、「イントレランスの祭」という劇を再演しました。580万人の宇宙人が地球に難民として逃げてきて、日本が25万人を受け入れるとの設定で、そこで生じる愛と対立を描きました。

 今の世の中、イントレランス、つまり不寛容が花盛りです。特定の民族に向けたヘイトスピーチが、街頭で叫ばれるようになりました。ネットの世界での言説に後押しされ、そうした発言がリアルの世界でなされるようになったのでしょう。僕は眉間(みけん)にしわを寄せて差別を語るのではなく、目の前で繰り広げられる演劇を通じて、笑い飛ばしながら考えてもらいたかったのです。

 現実には自分が100%正しく、相手が100%悪いということはありません。でもネットでは、複雑な出来事を単純化して説明します。そうした話は心地よいから、人々は乗ってしまうのです。

 ネット炎上は、ごく少数の人が書き込みを繰り返しているだけだ、という研究があります。ネットだけ見ていると多数派の意見のようですが、実は実体のない空気のようなもの。空気なら変えることができます。

 まずは立ち止まることです。例えば、米国のトランプ氏が、メキシコとの国境に巨大な壁をつくると言ったときに、いったい、いくらかかるかを問うてみてください。そこに巨額をつぎ込むことが現実的でしょうか。話のいい加減さに気づきます。

 新聞やテレビでは自分の関心がないことも目に入ってきますが、ネットでは自分が見たいものしか見ません。でも海の向こうには、未知の広大な大陸があるのです。

 (聞き手・桜井泉)

    *

 こうかみしょうじ 58年生まれ。日本劇作家協会会長。近著に「クール・ジャパン!?」「幸福のレッスン」など。
  


Posted by いざぁりん  at 00:43
アベノミクスの現実です。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161209-00000157-sasahi-soci
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 年金制度改革法案が、衆議院で可決された。支給額引き下げの新ルールが盛り込まれ、野党は“年金カット法案”と呼んで猛反発。将来の支給額を心配する高齢者が多い。かさむ出費と、細る年金。生活のために過重な仕事を強いられる“過労老人”が、ますます増えそうだ。

「こんなおばあさんを雇ってくれるかしら」

 職探しのまっただ中の東京都内の80歳の女性はつぶやく。専業主婦として夫を長年支えてきたが、夫は2年前に亡くなった。今は40代の息子と2人で暮らす。

 夫の事業がうまくいかず、年金の大半が借金返済に消えた時期が10年ほどあった。十分な蓄えがなく、今は17万円の年金の大半が家賃と生活費に消える。さらに、息子の奨学金さえ自らの年金から返しており、家計を圧迫する。

「奨学金はこれまで少額ずつ返済してきたので、今でも100万円単位で残っているんです。息子は正社員ですが、給与が低いために貯金もできていません」。女性は苦しい胸の内を話す。

 今秋は野菜が高騰し、「28円のもやしばかりを食べていた」。体がやせ細って一気に老けたように感じるが、次の年金支給までは1カ月以上ある。おいそれとは病院にも行けない。生活を安定させるため、スーパーでのレジ打ちなどの仕事を探しているという。

 穏やかな老後を迎えるはずだったのに、年をとっても生活のために働かざるを得ない。こうしたお年寄りは今や珍しい存在ではない。

 内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調査」によると、60歳以上の人が働く理由(複数回答)は、「生活費をまかなうため」が最多で、2011年度に59%。01年度調査の52%から上がっている。

「将来に備えた蓄えのため」なども含め、経済的理由をあげる人の割合は10年前より増える傾向だ。一方で、「生きがい」「健康」を理由にあげる人の割合は減った。

 昨年、『下流老人』(朝日新書)で高齢者の貧困に警鐘を鳴らした、社会福祉士の藤田孝典さんは話す。

「高齢者の貧困問題は、改善するどころか、悪化しています。11月には“年金カット法案”が、強行採決された。生きるために働かざるを得ない老人は、これからも増えるはずです」

 下流老人とは、病気や事故、熟年離婚などのやむを得ぬ事情で、貧困に陥った高齢者。生活保護基準相当の収入で暮らす人や、その恐れがある人をさす。

「収入が少ない、貯蓄がない、頼れる人がいない、の“3ない”の状態にあるのが下流老人です。自力ではなかなか、貧困状態から抜け出せない。まずは生活や貯蓄を見直し、助けを求められる人や場所を探してほしい」(藤田さん)

 今月13日には、『続・下流老人』を出版する。前著の副題は「一億総老後崩壊の衝撃」だったが、今回は「一億総疲弊社会の到来」。高齢になっても、過重な労働に追い込まれる人たちの姿を伝えている。

 たとえば、元大手物流会社員の66歳男性。

 50代でリストラにあって退職を迫られた。以来、妻と子3人の5人の生活は一変した。当時は学費や仕送りに月10万円、住宅ローン返済に月13万円など出費がかさむ時期。新たな正社員の仕事を探したが、50代の年齢がネックとなり、見つからなかった。

「男性は、運送会社のバイトをしたものの体がついていかず、2カ月で辞めました。病院清掃員、デイサービスの送迎運転手など職を転々と変え、今はコンビニのバイトに行きつき、時給900円で週5~6日働いています」(藤田さん)

 現在もらっている年金は、妻と2人分で月18万円。大半は住宅ローン返済に消える。2千万円以上あった貯蓄も徐々に減り、今や数百万円。バイトをやめると、生活は立ちゆかなくなる。

 新著ではほかにも、お金のために必死に働く高齢者の姿を伝えている。

 病気の親や配偶者の介護、離婚などの問題を抱えて実家に戻ってくる子や孫の世話……。浮かび上がるのは、現在の社会問題と結びついた高齢者の貧困だ。

 妻の脳梗塞を機に、半世紀ほど営んだ豆腐店をたたんだ70代男性。妻の医療費負担などが重く、廃業から5年ほどで蓄えが尽きた。国民年金だけでは暮らせず、75歳で新聞配達を始めた。

 悠々自適の生活を送るはずだった元公務員の70代男性。夫の暴力で離婚した娘が、2人の孫を連れて実家へ戻ってきた。肉体的にも精神的にも疲れ果てた娘は、うつ病となって働けない。男性は孫の教育費のため、マンション管理の仕事を72歳から始めた。

「こつこつと働いていても、レールから外れたら、人生が一変してしまう。それが今の日本の恐ろしさで、老後の計画にまで大きな影響を及ぼしかねない」

 藤田さんは、社会保障など公的な支援が弱い日本社会の問題点を指摘する。そして、生涯働き続けないと暮らせなくなる日本社会のあり方を問うている。

 藤田さんが代表理事を務めるNPO法人「ほっとプラス」の生活相談窓口には、長年地道に働いてきた高齢者からの相談も多い。無計画で怠惰な生活を若いころからしてきたわけではない。そんな人も、いつ貧困の道へ転落するかわからない。

 相談者の高齢男性には、プライドからか、貧しくなっても生活保護受給を拒む人が多いという。ただ、命と引き換えのような過重な仕事をするならば、「受けられる支援を受けるべきだ」と藤田さんは言う。

 生活不安を感じながら、無理をして働き続ける高齢者は多い。記者が出会った東京都内の79歳の一人暮らしの女性もその一人。2カ所の職場で、パート事務の仕事を掛け持ちする日々だ。

 医師の家に生まれて何不自由なく育ったので、「80歳を前に生活のために働く老後を想像できなかった」。

 築40年の賃貸マンションに住み、13万円の年金の大半は家賃と生活費に消える。生活苦からかつて自殺を図ったこともある。

「30年前に夫が亡くなるまでは専業主婦だったので、特に資格があるわけでもなく、簡単な仕事しかできなくて……。毎月、食べていくのがやっとです」

 女性は今後も体が動く限り、仕事を続けるという。
  


Posted by いざぁりん  at 00:43
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161213-00050110-yom-pol
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ロシアのプーチン大統領は15日からの日本訪問を前に、モスクワのクレムリン(大統領府)で読売新聞、日本テレビとのインタビューに応じ、平和条約の締結問題を中心に対日政策の基本方針を明らかにした。

 プーチン氏は平和条約の締結には「条件整備が必要」と指摘し、山口県長門市での安倍首相との会談で、北方領土での「共同経済活動」や人的往来の拡大について合意を目指す考えを示した。プーチン氏はウクライナ情勢を巡り日本が行うロシアへの経済制裁を批判した。

 プーチン氏は大統領府の「代表の間」で約1時間20分にわたり、読売新聞東京本社の溝口烈・編集局長と日本テレビ放送網の粕谷賢之・解説委員長の質問に答えた。

 日本との関係について、プーチン氏は「完全な正常化を求めている。平和条約がない状態が続くことは時代錯誤だ」と語った。そして平和条約の締結交渉で「日ソ共同宣言」(1956年)を基礎とする立場をあらためて強調した。

 日露間では国後、択捉、歯舞、色丹の北方領土の帰属問題が最大の懸案だ。

 日本は4島の帰属問題の解決を平和条約締結の前提とする。一方、「共同宣言」は歯舞、色丹の2島だけを平和条約の締結後に「引き渡す」と明記している。

 プーチン氏は2島に国後、択捉を加えた4島の問題を提起することは「共同宣言の枠を超えている。全く別の話で別の問題提起だ」と指摘し、4島を対象とする交渉には応じない考えを明らかにした。

 またプーチン氏は「第2次大戦の結果は、しかるべき国際的な文書によって確定していることを理解しなければならない」と述べ、北方領土はロシアの領土として国際的に承認されているとの主張を展開した。

 そのうえで領土問題の解決には、両国民の「信頼と協力」の雰囲気を高め、平和条約を締結する「条件」について合意することが重要との考えを示した。具体的には「南クリル(北方領土)での大規模な共同経済活動」の実施や元島民の墓参り、ビザなし交流などを挙げた。ただし「共同経済活動」はロシアの主権のもとで行うとけん制した。

 安倍首相が提案した医療や極東開発など「8項目の経済協力プラン」については、平和条約を締結する「条件ではなく必要な雰囲気作り」との認識を示した。

 さらにプーチン氏は「制裁を受けたまま、どうやって経済関係をより高いレベルに発展させるのか」と日本の対露制裁を批判した。

 一方、プーチン氏は米国のドナルド・トランプ次期大統領について「露米関係の正常化に賛成の立場だ。これを支持しないわけにはいかない。当然それに賛成だ」と歓迎の意向を表明。核拡散の防止や国際テロ対策などで協力し、対米関係の修復を図りたいとの考えを表明した。中国との関係については、「真に友好的な関係が形作られた。多くの主要な分野で戦略的な性格を持った関係だ」と述べ、「特権的な戦略パートナー」と評価した。

 インタビューは7日に行った。プーチン氏のロシア語での発言を和訳し、精査を重ねた。

◆インタビューのポイント◆

▽日本と完全な関係の正常化を求め、平和条約の締結を目指す

▽対露経済制裁が、平和条約の締結交渉や経済協力の進展を阻んでいる

▽共同経済活動について検討する用意がある。ただしロシアの主権の下で行う

▽安倍首相が提案した「8項目の経済協力プラン」は、平和条約締結交渉のための雰囲気作り

▽米国のトランプ次期政権との間で、露米関係の改善を目指す

◆ウラジーミル・プーチン大統領=1952年10月、旧ソ連レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。大学卒業後、治安機関の国家保安委員会(KGB)に勤務。ソ連崩壊後、サンクトペテルブルクの第1副市長などを務めた。連邦保安局(FSB)長官を経て99年に首相就任。99年末にエリツィン大統領が辞任し大統領代行に就いた。2000年の大統領選で初当選し2期務めた。08~12年は首相を務め、12年に大統領に復帰した。

◆北方領土=北海道の北東沖にある歯舞、色丹、国後、択捉の4島。1945年8月15日に日本が降伏した後、ソ連が4島を占領した。日本は「4島は固有の領土」との立場から返還を求めてきた。4島合わせた面積は千葉県とほぼ同じで、人口は約1万7000人。ロシア政府は近年、大規模な開発計画を立てて道路や港湾、住宅などの整備を進める。  


Posted by いざぁりん  at 00:42