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地球環境は、周期的に変動するのですが、その変動の範囲内です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161221-00076800-okinawat-oki
(以下は、コピーです)
 21日は二十四節気の一つ冬至。1年で最も昼間が短くなる日だが、沖縄地方の各地で、夏日を観測した。宮古島市の下地島空港では午後0時9分に28.1度となり、12月下旬としては歴代最高気温となった。平年より6.4度上回った。

 ほかにも石垣島では27.4度、与那国島で26.5度、西表島で26.3度、那覇で25.6度となり、各地で10月から11月下旬の陽気だった。

 沖縄気象台によると、地球温暖化の影響のほか、エルニーニョ現象に伴って大気全体で高温の状態が続き、平均気温と沖縄周辺の海面水温が高くなっているという。沖縄地方では今後1週間、平年に比べて気温が高くなる見込み。

 東京から宮古島に来た男性(23)は「夏と変わらないくらいの暑さ。東京は寒かったので気候が全然違う」と日光浴を楽しんでいた。  


Posted by いざぁりん  at 18:36
対トランプ外交も、安倍総理は失敗しています。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161220-00150477-toyo-bus_all
(以下は、コピーです)
 久しぶりに注目された日ロ首脳会談だったが、結果は自民党の二階俊博幹事長が「国民の大半はがっかりしている」と発言したように、外交的成果の乏しいものだった。特に最大の関心事である北方領土問題については、公表された文書にも安倍晋三首相とプーチン大統領との共同記者会見でも、言及されることさえなかった。

 12月16日の首脳会談終了後、深夜までテレビ番組をはしごした安倍首相が強調したのは、4島の元住民の墓参など自由訪問の拡充の検討や、4島での共同経済活動を実現するための交渉開始で合意したことだった。領土問題で一歩も譲らないロシアに対し、経済分野での協力で日ロ間の協議をつなぎとめるというあたりが真相だろう。2日間の過密スケジュールをこなした安倍首相が休む間もなくメディアに露出し成果を強調したのは、それだけ国民の期待とかけ離れたものだったと自覚している表れだろう。

 欧米諸国の首脳に比べると、権威主義国家であるロシアのプーチン大統領が議会やメディアに登場して自らの考えを語る機会は少ない。それだけに首脳会談後の12月16日に行われた共同記者会見、さらには12月14日朝刊に掲載された日本テレビと読売新聞によるプーチン大統領への単独インタビューは、プーチン大統領が日ロ関係や北方領土問題、さらには現在の世界情勢などをどう考えているかを知る絶好の機会となった。そこで明らかになったのは以下のような点である。

■プーチン氏「4島一括返還は議題にすらできない」

 まず北方領土問題だが、プーチン大統領の基本的立場は、「日本とロシアとの間に領土問題はない。あると考えているのは日本である」(日本テレビ・読売新聞の単独インタビュー)であって、長く交渉が途絶えていた冷戦時代のソビエト連邦と変わらないものだった。ただプーチン大統領は、1956年に鳩山一郎首相(当時、以下同じ)がソ連を訪問してブルガーニン首相との間で合意した「日ソ共同宣言」については、両国が批准した法律的文書として、その有効性を認めている。

 問題はその解釈だ。共同宣言には「日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す」と書かれている。プーチン大統領は、共同宣言に書かれているのは4島ではなく、歯舞、色丹の2島であるにもかかわらず、日本は4島の返還を持ちだしてきた。「これは共同宣言の枠を超えている。まったく別の話だ」と主張している。

 つまりプーチン大統領は、日ソ共同宣言は認めるが、それは平和条約締結後の2島引き渡しを書いているだけで、日本政府がこれまで主張してきた4島一括返還などということは議題にもできないという立場である。今回の首脳会談でもこの立場に変化はなかったようで、共同記者会見で両首脳からは「4島の協議」という言葉さえ出てこなかった。

「ダレスの恫喝」に言及した理由

 これまで日ロ間では、1993年10月に細川護熙首相とエリツィン大統領が、「北方4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」という東京宣言に合意し、2001年3月には森喜朗首相とプーチン大統領が東京宣言の内容を再確認している。さらに2003年1月に、プーチン大統領は小泉純一郎首相との会談で、日ソ共同宣言や東京宣言など日ロ間の一連の合意を平和条約交渉の基礎であると確認した。

 つまりプーチン大統領は「4島の帰属問題」を協議することを一度は認めていたのだが、いまはそれを完全に否定している。そして、安倍首相の発言を見る限り、日本側もそれを跳ね返すことはできなかったようだ。つまり北方領土交渉は振り出しに戻ったといえるだろう。

■2島を返還すればロシア軍の活動は制約される

 そればかりではない。プーチン大統領は共同記者会見で別の問題も提起している。記者会見の終盤に大統領は次のような発言をした。

 「(1956年の共同宣言合意の時)米国のダレス国務長官が日本に対して実質的に最後通牒を突きつけた。もし日本が米国の利益に反することをするのなら、沖縄は完全に米国の管轄権に属すことになる、というものだった。なぜ私が今、この話を述べるのか。現在、ロシアはウラジオストック周辺に2つの大きな海軍基地を持ち、我々の艦船が太平洋に出て行く。一方、日本と米国の間には安全保障条約があり、条約上の義務を負っている。我々が柔軟性について述べる時、我々は日本の同僚と友人がこれらすべての微妙さとロシア側の懸念を考慮することを望む」

 この発言は非常にわかりにくい。そのためか日本のメディアはほとんど報じていない。

 まず、ダレス国務長官の発言は、当時の日ソ交渉過程で二島返還論受け入れに傾いた重光外相に対し、「承服しがたい。もし日本が国後、択捉をソ連に帰属させたら、沖縄をアメリカの領土とする」と述べた事件のことであり、この発言は「ダレスの恫喝」として知られる。当時は冷戦の真っただ中で、米国は日本がソ連に接近し西側陣営に風穴があくことを極度の警戒しており、ダレス長官の発言には日ソ交渉の進展を妨害する明確な意図があった。

2島返還についても言質与えず

 プーチン大統領が「ダレスの恫喝」を引き合いに出して米国に言及したのは、1956年と同じように現在もオホーツク海周辺で米軍とロシア軍が緊張関係にあることを示したのだ。したがって、仮にロシアが2島を日本に帰した場合、その島が日米安保条約の適用対象になれば、オホーツク海などでのロシア軍の活動が制約を受けることになる。安全保障政策上、ロシアはそういう事態は受け入れることができないという意思を示したのだ。

 つまり、共同宣言には平和条約締結後の2島引き渡しを書いているが、ロシアの安全保障政策上、自国の利益が保てないのであれば引き渡しはもとより、条約締結さえ難しいということを意味する発言なのである。

 同時に「日本の同僚と友人がこれらすべての微妙さとロシア側の懸念を考慮することを望む」というのは、米国との同盟関係にある日本が米国の意に沿わないことをどこまでやれますかという挑発的な問いかけにもなっている。

■米ロ関係に縛られ、独自外交の展開は困難

 そして、プーチン大統領の発言はさらに踏み込んだ。

 「1956年の日ソ共同宣言は2島の日本への返還を想定しているが、どのような基礎の上で行われるのかは明らかではない。確かに共同宣言は発効したが、そこには平和条約締結の後に、とも記されている」

 日本側は当然、日本の領土として返還されることを意味していると主張している。しかし、プーチン大統領は共同宣言にはどういう条件で引き渡すかまでは書かれていないと解釈している。つまり、「引き渡し」は主権を含むのか施政権などそれ以外にとどまるのか明確ではないというのだ。ロシアからすれば、仮に日本に引き渡しても、その後、米軍が日米安保条約に基づいてその島に軍事施設を作るなど自由に使えるようになってはたまったものではない。したがって、引き渡しについての言質を与えようとしていないのである。

 プーチン大統領がここまで強い態度に出た背景には、近年の米ロ関係の悪化があるだろう。実際、日ロ首脳会談が行われているその日に、米国では中央情報局(CIA)が米国大統領選で共和党のトランプ氏が勝つようロシアがサイバー攻撃を仕掛けたと調査結果を公表し、オバマ大統領が記者会見で「これはプーチン大統領の関与なしにロシアでは起きないことだ」とプーチン大統領を名指しで批判している。そんな空気の中で、米国と同盟関係にある日本と蜜月関係を築くことなどできようはずもない。

 日ソ共同宣言から60年たっても、北方領土問題は米ロ関係に縛られ、日本が独自外交を展開することは難しい問題なのである。

  


Posted by いざぁりん  at 00:17
こちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161220-00050045-yom-int
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 11月8日に投開票された米大統領選の選挙人投票が19日、全米50州と首都ワシントンで一斉に行われた。

 計538人の選挙人による投票で、共和党のドナルド・トランプ氏が過半数を上回る304票を獲得し、当選が確定した。

 すべての選挙人が一般投票の結果に従えば、トランプ氏は306票を獲得するはずだったが、米メディアによると、テキサス州で2人の選挙人がトランプ氏への投票を拒否した。ただ、多数が造反する事態が回避されたことで、トランプ氏の大統領就任が覆る可能性はなくなった。

 民主党のヒラリー・クリントン氏が獲得した選挙人も、232人のうち5人が造反した。米紙ニューヨーク・タイムズによると、両党合計7人の造反者が出たのは史上最多だという。正式な投票結果は1月6日に集計される。  


Posted by いざぁりん  at 00:12
こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161220-00000008-nikkeisty-musi
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 角刈りにパイソン柄のセットアップ、目元には怪しいサングラスをした謎の男性が、「ペンパイナッポーアッポーペン」と、テクノ調の曲で歌い踊る約1分間の動画が世界を席巻している。
 『PPAP』と名付けられたその動画は、2016年9月28日に米国の人気シンガー、ジャスティン・ビーバーがTwitterで「お気に入り」と紹介したことをきっかけに大ブレイク。「YouTube週間再生回数ランキング」では、3週連続で日本人初の世界一を記録。累計は1億回を超える。
 その張本人であり、お笑い芸人・古坂大魔王とそっくりな、千葉県出身の53歳のピコ太郎に、『PPAP』の創作秘話について聞いた。

       ◇        ◇        ◇

 僕の才能を見いだしてくれた、プロデューサーの古坂大魔王さんの家に行った時に生まれたのが『PPAP』です。古坂さんがコントで使っていた『テクノ体操』のトラックを基に、曲を作ろうとなったんです。僕が歌詞を考えている時に、手に持っていたのがペン。じゃあ「アイ・ハブ・ア・ペン」でいいんじゃないかと。彼は青森県出身ということもあり、部屋にリンゴが置いてあったので、「アイ・ハブ・アン・アッポー」。そんな調子で出来上がった1曲です。
 8月末にYouTubeに『PPAP』をアップした後、女子中高生たちが歌やダンスをマネした「カバー動画」を上げてくれるようになりました。その後、米国の面白動画を紹介するサイト「9GAG」に取り上げられ、その3日後に、あのジャスティン・ビーバーがTwitterで紹介してくれたんです。今はそのことを“ジャスティンインパクト”、そして今の状況を“ジャスティンフィーバー”と呼んでいます(笑)。

 ヒットした理由は全く分かりませんが、「ペンパイナッポーアポーペン」は英語圏の方からすると、「L」が多く入っていて、発音が意外と難しいらしいんですね。外国の方に「子どもはあれを覚えて言いたくなるんだよ」と言われました。最近では、トランプ米国次期大統領の5歳の孫娘さんが、「カバー動画」を上げていて驚きました。

■ミュージカルの手法を活用

 約1分という長さも良かったんだと思います。一般的に曲といえば5分ほどありますよね。ただ濃厚な1分間で盛り上がって終わる曲があってもいいんじゃないかと。Twitterにアップ可能な動画の上限時間も140秒だったりしますしね。グラミー賞も受賞している、米国のヒップホップグループ、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムさんが数年前のインタビューで、「今後の曲はよりシンプルに、より音階もなく、1分ぐらいになるんじゃないか」と言っていたのが、頭のどこかに残っていたのかもしれません。実際のところは、1分くらいの長さの曲しか作れないというのもあったりはするんですけど(笑)。
       ◇        ◇        ◇
 楽曲の踏み込んだ話になると、「プロデューサーの古坂さんが言っていた話ですが」と謙虚に断わりを入れつつ、『PPAP』に隠された秘密を語ってくれた。
       ◇        ◇        ◇
 実はミュージカルなどで使われる、盛り上がる部分ではBGMを流さない、「ブレイク」というテクニックを使っています。最後の「ペンパイナッポーアッポーペン」がオチというかサビなので、それを強調して聴かせるために、直前で音を止めているんです。相川七瀬さんの曲『夢見る少女じゃいられない』と同じ方式と言えば分かりやすいですかね(笑)。
 また冒頭に、かわいらしい子どもの声で「ピ、ピコ、ピコ、ピコ太郎」と入れてあるのですが、あれにはお笑いの要素である、「緊張と緩和」の意味合いがあって。見た目の怖い僕からいきなり曲を始めるのではなく、子どもの声で1度聴く人たちを「緩和」させておいて、その後に流れる曲をより際立たせる効果を狙っています。
 ですがヒットしたのは本当に偶然だと思います。ただ準備だけはずっと怠らずにやってきました。打率が低いことは分かっているので、『PPAP』をアップした際にも、同時に5曲を上げているんです。それは古坂さんの歩んできた人生から学んだことが大きく影響しています。

 90年代にはやったバラエティ番組『ボキャブラ天国』で芸人ブームが起きた際、底ぬけAIR‐LINEというコンビを組んでいた古坂さんも一躍時の人となりました。周りの芸人たちが売れたお金で車を買うなか、古坂さんはブーム後を見据えて、「音ネタ」をレベルアップさせようと、パソコンやシンセサイザー、音楽ソフトに何百万も費やしていたそうです。しかしそこからすぐにうまくいったわけではなく、食えない時期や音楽だけをやっていた時期もありました。周りの芸人からはバカにされるも、「音楽で世界を変える」という思いだけはずっと持っていたそうです。
 先日、同じボキャブラ世代の芸人のくりぃむしちゅー上田(晋也)さんに、「あの時に言ってた音楽ってこういうことか。国境を越えちゃうからすごいよな」と言われた時は、今までの努力が報われた気がして、涙が出るほどうれしかったと言っていました。
 今後も1カ月に2曲ぐらいのペースで、曲をYouTubeにアップし続けていくつもりです。ヒットの作り方は分からないので、今面白いと思うものを皆さんにどんどん提供して、あとは世の中の人々に選んでもらえるかどうかだと思います。このような作品でも、日本文化の一端ではあると思うので、それを世界の人々に楽しんでもらえるとうれしいです。
  


Posted by いざぁりん  at 00:12
Posted by いざぁりん  at 00:11
Posted by いざぁりん  at 00:11