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参拝は、違憲です。
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靖国参拝 稲田朋美防衛相ぶら下がり詳報 「忘恩の徒にはなりたくない」「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝した」

産経新聞 12/29(木) 10:59配信

靖国参拝 稲田朋美防衛相ぶら下がり詳報 「忘恩の徒にはなりたくない」「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝した」


参拝を終え、報道陣の質問に答える稲田朋美防衛相=29日午前、東京都千代田区(福島範和撮影)(写真:産経新聞)


 稲田朋美防衛相は29日の靖国神社参拝後、記者団の取材に応じた。詳報は次の通り。



 --記帳は

 「『平成28年12月29日 防衛大臣 稲田朋美』と記帳いたしました」

 --玉串料は

 「玉串料は私費です」

 --公人としての参拝か

 「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝したということです」

 --このタイミングとなった理由は

 「いつも申し上げていることですけども、今の平和な日本は、国のために、祖国のために命をささげられた方々の、その貴い命の積み重ねの上にあるということを私は忘れたことはありません。戦後70年に安倍晋三首相が談話を発表され、また今年は原爆を投下した国の大統領が広島を訪問され、また、真珠湾に首相が行かれ、慰霊の言葉を述べられました。私も同行したわけですけども、最も熾烈(しれつ)に戦った日本と米国が、いまや最も強い同盟関係にある。どのような国であったとしても、敵方として分かれた方々、国であっても、例えばミズーリ号には私は行きましたけれども、たくさんの特攻の青年たちの遺書と写真が飾ってあります。また、飯田房太中佐の慰霊碑は米国方が建てたものであります。その飯田さんは真珠湾攻撃で引き返して、基地に撃墜した方ですけれども、米国方でしっかり慰霊をしております。そういったことなども報告をし、未来志向に立ってしっかりと日本と世界の平和を築いていきたいという思いで参拝をしました」

 --中国や韓国の反発が予想される

 「私は、いかなる歴史観に立とうとも、いかなる敵味方であろうとも、祖国のために命をささげた方々に対して感謝と敬意と追悼の意を表するのは、どの国でも理解をしていただけるものだと考えております」

 --参拝について首相と真珠湾で話をしたか

 「しておりません」

 --真珠湾での慰霊と靖国神社参拝は意味合いが異なる

 「私自身は、さきほども申し上げました通り、いかなる歴史観に立とうとも、また敵味方として熾烈に戦った国同士であったとしても、祖国のために命をささげられた方々のその命の積み重ねの上に今の平和な日本がある、そして、そういった方々に感謝と敬意と追悼の意を表するということは理解いただけると思います」

 --心の中には特攻隊員で訓練中に亡くなったおじへの思いもあるのか

 「そうですね。おじは21歳で、しかも、終戦直前の5月25日に特攻隊員として訓練中に亡くなり、そして靖国神社に合祀(ごうし)されております。そういった将来ある青年たちが、決して日本は勝つと思っていたわけではないけれども、自分たちの出撃したことによって、日本の未来を、平和な日本というものを描いていたと思います。そういった青年たち、また戦争で家族とふるさとと国を守るために出撃した人々の命の積み重ねのうえに今の平和な日本があるということを忘れてはならないし、忘恩の徒にはなりたくないと思っています」

 --8月15日に参拝できなかったことへの後悔もあるのか

 「それはありません。私は今までも海外視察を優先して8月15日に参拝しなかったのは、今までも、8月15日にこだわっていたわけではありません。そして、このタイミングでというのも、真珠湾の訪問のことや、また、さまざま公私ともにあったことなども報告をしてきたところです」

 --真珠湾訪問が今回の訪問のきっかけになったのか

 「いえ、そういうことではないです。ただ、真珠湾や飯田房太さんの慰霊であったり、またミズーリ号にも行ってきましたが、そういったことなども報告をしたということです」

 --大臣になって初めての参拝か

 「そうです」
  


Posted by いざぁりん  at 13:58
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「12月に入って、3キロも痩せました」。首都圏のヤマト運輸に勤めるAさんは、入社10年以上のベテランセールスドライバー。体重が減るのは、長時間の肉体労働に加え、昼食の時間が取れないためだ。

「荷物が多くて、まとまった休憩が取れません。12月は、お歳暮、クリスマス、おせちと1年で一番忙しい。朝7時半から夜11時くらいまで働いています」

実質的な時間外労働は「過労死ライン」と呼ばれる月80時間前後。「僕だけでなく、大半がそんな感じで働いているんです」

●ネットショッピングでドライバー疲弊

ネットショッピングの拡大で、宅配便の利用が増えている。国土交通省によると、2015年度の宅配便は37億4493万個。この10年間で約8億個(約27.3%)も増加した。

ショップ事業者としては、Amazonが独走している。インプレスの調査によると、2015年のAmazonの売上高は9300億円。2位のヨドバシカメラが790億円だから、10倍以上だ。楽天については、楽天ブックスなどの直販が対象のため、5位(550億円)。楽天市場を含めた流通総額では日本トップクラスとされる。

必然、Amazonの配達を受け持つヤマトの取り扱い数も増える。同社の2015年度の「宅急便」取り扱い総数は17億3126万件。Amazonの配達開始から3年で、およそ2億4000万件(約16.4%)伸びた。

本来、荷物が多いことは、ドライバーにとってマイナスばかりではない。ヤマトでは配送件数に応じた「業務インセンティブ」があるからだ。ただし、宅急便は1個20円ほど。仮に余分に50個運んでも、1000円ちょっとにしかならない。

「忙しさに比して、給料が上がった感覚はありません」。Aさんは訴える。結果として、現場にはAmazonに対する負担感が蔓延しているという。

●終わらない「再配達」、コンビニ配送は「オアシス」

Aさんの場合、1日に運ぶ荷物は150個ほど。12月は200個以上の日もあったという。そのうち、2~3割がAmazonだ。「Amazonを扱うようになって、本当にしんどくなりました」

Aさんは朝、配達を始めると、まずマンションに向かう。「宅配ボックスってあるでしょ。すぐいっぱいになっちゃうから、他社と競争になるんです」

ボックスを狙うのは「再配達」したくないからだ。国交省の調査(2014年)によると、宅配便の再配達率は19.6%。再配達1回目でも約4%が残る。「みんな帰宅してから再配達の電話をかけてくる。だから夜の仕事はいつまでたっても終わらないんです。ヤマトの時間指定は午後9時までですが、その後も配達を続けています」(Aさん)

宅配ボックスを使いたい理由は、ほかにもある。都心部で働くBさん(40代)は、「タワーマンションは宅配業者にとって、面倒なルールが多い」と語る。管理人から台車の利用禁止や、一軒一軒インターホンで許可をとるよう言われることが多いそうだ。宅配ボックスを使えれば、そのわずらわしさから解放される。

「Amazonは、もっと荷物をまとめて発送してくれたらなと思います。それから、小さいものは封筒で送ってもらえると、不在でも郵便受けに入れられるのでありがたいです」(Bさん)

再配達に悩まされる宅配ドライバーにとって、オアシスとも言えるのが「コンビニ」だ。今年、ヤマトを退社した元ドライバーのCさん(30代)は、「コンビニはまとまった量を確実に受け取ってくれるから、本当にありがたかったです」と語る。

しかし、コンビニ店員の評判は芳しくないようだ。Cさんはこう続ける。「知り合いの店員さんは、『こんなサービスなくなればいいのに』と話していましたね。バックヤードがいっぱいになるし、受け渡しに時間がかかるから『休めない』って」

●業務効率でカバー図るも「現場はパンク状態」

Amazonの配送はもともと佐川急便が受け持っていた。ところが、運賃の値上げ交渉が決裂し撤退。入れ替わりで、ヤマトが2013年から参入した。現在、Amazonの配送はヤマトを中心に、日本郵便や「デリバリープロバイダ」と呼ばれる中小企業などが受け持っている。

佐川が撤退するような運賃でもヤマトが手を挙げたのは、佐川とのビジネスモデルの違いが大きい。佐川の宅配便の多くは、下請け業者に代金を払って届けてもらっている。これに対し、ヤマトはほぼ自社ドライバーで届けることができる。配達効率を上げれば、利益が出る。

しかし、目論見に反して、現場はパンク寸前だという。前述のAさんは次のように証言する。「この1年で周りのドライバーが10人ぐらいやめました。下請けの人にお願いして凌いでいるけど、社員自体はなかなか増えない。この間も、体験入社の子を1日、トラックの助手席に乗せたところ、『仕事が慌ただしすぎる』と言ってやめてしまいました」

●「送料無料」を求める消費者

Aさんはこうも述べる。「Amazonについて言えば、会社(ヤマト)が安く仕事を取って来て、現場に押し付けているという感覚です。そもそも『送料無料』は厳しいと思います。最近は、米や水など重いものもネット通販。消費者の方も『送料=手間賃』だと思ってもらえないでしょうか…」

送料が無料なのはAmazonだけではない。急速にシェアを伸ばしているヨドバシカメラなどもそうだ。野村総研が2016年に発表した「買い物に関するアンケート調査」によると、「ネットショップを選ぶ際の必須条件」は、「送料が安いこと」が約70%で、「価格の安さ」を上回る1位だった。送料無料の背景には、消費者の強い要望がある。

「適正な送料をいただければ、給料も上がるし、人も増えると思うのですが…。ダッシュボタンも出て、これからAmazonやネット通販の利用はもっと増えますよね。肉体労働ですから、今のままでは、あと何年体がもつか、まったく先が見えません」

●「労働時間の削減」がかえってサービス残業を生む

ヤマトは今年8月、横浜市にある支店が労働基準監督署からの是正勧告を受けた。問題視されたのは、(1)休憩時間が法定通り取得できていないこと、(2)時間外労働に対する賃金が支払われていないこと。

労基署に窮状を訴えた元ドライバーによると、労働時間を短縮するための取り組みが、かえってサービス残業を生み出していたそうだ。

ヤマトの労働組合は、会社との協定で労働時間の上限を決めており、上限は年々短縮されている。しかし、業務量は増える一方。サービス残業しないと、仕事が回らない状態だったという。

ヤマトの社員ドライバーは5年前から約4000人増えて、およそ6万人。しかし、荷物の増加に追いついているとは言いがたい。単純計算だが、この間、社員ドライバー1人当たりの宅急便の件数が年3000件以上増えているからだ。

会社も業務の効率化を目指し、近年は地域の主婦を2~3時間だけパート社員として雇う「チーム集配」という方法に力を入れている。ドライバーと同乗させて、客先まで荷物を届けさせるのだ。

同社広報は「労働集約型の産業なので、人手が大切という認識は当然あります。ドライバーの増員も含めて、対策を検討しています」と話す。

●ユーザーはどうすべきなのか?

12月24日午前、記者宅のインターホンが鳴った。部屋の前にいたのは、ヤマト運輸の中年セールスドライバー。ネットの酒屋で注文した商品を届けてくれたのだ。

サインをしながら、恐る恐る尋ねてみる。「やはり、クリスマスは大変ですか?」。男性は苦笑いで答えた。「キャパ超えちゃってますね。特にAmazonは多過ぎ。仕分けが追いつかないですよ」。送料別のサイトで買ったものの、後ろめたい気持ちばかりが残った。

近所の営業所をのぞくと、大小さまざまな段ボールがうず高く積まれていた。慌ただしく出入りするスタッフ。「現代のサンタクロース」は忙しい。それも物凄く――。

今年はクリスマス期間中に、佐川急便に大規模な遅配が発生し、大きな話題になった。ネット通販で生活は飛躍的に便利になったが、運ぶのは「人」だ。宅配便の増加に、業界が耐えられなくなって来ている。

とはいえ、Amazonをはじめ、ネット通販の便利さを手離すことは難しい。Aさんに尋ねてみた。「利用者として最低限できることはなんでしょうか」。返って来た答えは、次のようなものだった。

「僕も『利用者』なんで、あんまり偉そうなことは言えません…。時間指定して、その時間必ず家にいてくれる、それだけでもだいぶ違います」  


Posted by いざぁりん  at 00:12
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 明豊物流(東京都町田市)に勤めていたトラック運転手の女性(41)が、長時間労働で鬱病を発症し、八王子労働基準監督署町田支署が労災認定していたことが27日、分かった。認定は19日付。

 女性と代理人の弁護士らが27日、厚生労働省内で記者会見した。女性は「せめて奴隷ではなく人間として働きたいと思った。人間らしく働ける会社になるべきだ」と話した。

 女性は平成21年3月に入社し、4トントラックでの配送を担当。荷量が多く渋滞も多いコースを走り、1日20時間働くこともあった。休憩時間も取れず、食事も運転しながら食べることがほとんどだったという。

 26年末ごろに運転中にめまいや動(どう)悸(き)が激しくなり、鬱病を発症した。休業中の27年7月に解雇され、今年4月に労災申請していた。

 明豊物流は「コメントはない」としている。  


Posted by いざぁりん  at 00:12
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http://bylines.news.yahoo.co.jp/soichiromatsutani/20161227-00065908/
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葬式のようだった最後

12月26日に放送された『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)最終回は、1996年に始まったこの番組の20年間を5時間弱に渡って振り返る内容だった。

開始直後の森且行の脱退(1996年5月)、稲垣吾郎・草なぎ剛の不祥事による一時離脱と復帰(2002年、2009年)、マイケル・ジャクソン出演(2006年6月)、東日本大震災の復興応援活動(2011年3月~)、5人旅(2013年4月)、ノンストップライブ(2013年9月)など、20年間にこの番組で彼らに生じたいくつかのポイントをピックアップしたものだった。また、その合間には「BISTRO SMAP」に登場した多くの大物ゲストも紹介された。それらは、なんとも豪華で楽しい総集編だった。

しかし、ラストでその雰囲気は一辺した。

番組の冒頭から告知されていたとおり、エンディングは「世界に一つだけの花」だった。多くの花が飾られた白いスタジオのなかで、5人は歌を歌いきり、幕が降り、そしてメンバーたちのアフターショットとスタッフロールが流れるなかでの記念撮影が映された。それが終わると、5人は静かに去っていった。直接のメッセージはなかった。「世界に一つだけの花」が、彼らのメッセージということだろうか。

明るくて楽しい総集編があったからこそ、その反動は大きかった。それはなんとも悲しいシーンだった。

そして、多くのひとは思ったはずだ。まるで葬式のようだと──。

SMAPにとっての『スマスマ』とは

『SMAP×SMAP』(以下『スマスマ』)は、ふたつの点で大きな意味を持つ番組だった。ひとつがSMAPの歴史にとって、もうひとつがテレビ放送の歴史にとってである。

まずSMAPにとっては、『スマスマ』は大きな転換点になった冠番組だった。88年のグループを結成し、91年にCDデビューをしたものの、SMAPは当初伸び悩んだ。オリコン1位を獲得するのは、デビューから2年半後の94年3月のことだ。若さを売りにするアイドルにとっては、かなり遅咲きのブレイクだ。

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「ジャニーズの落ちこぼれる」とも呼ばれていたSMAPが活路を見出したのは、バラエティだった。『夢がMORIMORI』や『笑っていいとも』などに出演することで、彼らは生きる道を模索した。その一方で、木村拓哉の俳優としての大ブレイクなどもあった。

96年から始まる『スマスマ』は、6人がそれまで芸能界で培ってきたキャリアが総動員された番組だ。ゲストを招いて料理対決をする「BISTRO SMAP」を中心に、女優と共演するショートドラマ、数多くのキャラクターを作り出したコント、そして歌手とコラボレーションをする「S-Live」と、盛りだくさんの内容だった。あらためて説明するまでもなく、『スマスマ』はSMAPのブレイクを確実にした番組だった。

それは量的にもある程度は確認できる。雑誌の記事索引検索サービス「Web OYA-bunko」でSMAPと各メンバーが雑誌に登場した回数(連載は除く)を調べると、明らかに『スマスマ』開始時期からその数が増えている(グラフ参照)。メンバーが個人活動をしていようとも、SMAPの中心にあったのは間違いなく『スマスマ』だったのだ。

テレビ史にも重要な『スマスマ』

一方、テレビ放送史のなかにも『スマスマ』は大きな存在として位置づけられる。

とくに26日の最終回で多くのひとが気づかされたのは、過去に多くの故人が出演していたことだ。「BISTRO SMAP」第1回のゲストは大原麗子であり、それから田中好子、坂口良子、高倉健、伊丹十三、中村勘三郎、立川談志、そしてマイケル・ジャクソンと、すでにこの世を去ったひとびとが多く登場した。その多くは昭和から平成にかけて一世を風靡したスターばかりだ。

そこから強く感じられたのは、戦後日本のポピュラー文化の中心にあったテレビ放送の文脈が、『スマスマ』によって維持されていたということだ。他国に比べて多チャンネル化が遅れ、それと同時に地上波放送局が90年以降も強い勢力を維持してきた日本では、ポップカルチャーはテレビを中心として動いてきた。音楽や映画など、他メディアもテレビの強い恩恵に授かってきた。

『スマスマ』の放送が始まったのは、バブル崩壊から数年後、日本社会がいまだに抜け出せない長い低迷に突入した頃と重なる。そうした暗い時代の入り口から、『スマスマ』は従来のテレビの明るく楽しい魅力を強く発揮し続けていた。音楽、ドラマ、映画、お笑いと、隣接するさまざまなエンタテインメントの中心に『スマスマ』があったと言っても過言ではないだろう。

ただし、それは2016年1月18日までだった──。

「公開処刑」とも呼ばれた1月の“謝罪会見”を経て、『スマスマ』はまるで葬式のような雰囲気のなかで幕を閉じた。

思うに、あれはテレビの葬式だったのだ。ゲストとして「BISTRO SMAP」に来店した多くの故人とともに、『スマスマ』も終わった。すなわちそれは、かろうじて『スマスマ』によって存続してきた地上波テレビ放送が中心だった時代の終わりを意味していたのではないか。

夢や希望を語ってきたSMAP

『スマスマ』最終回は、なんとも悲壮なものだった。それまで楽しかった19年分の総集編を観せられていただけに、悲しくてやりきれないものがあった。もちろんその前提には、あの“謝罪会見”がある。あのことによって、『スマスマ』の最終回の葬式ムードはよりいっそう強いものになった。

その悲しさと同時に湧いてくるは、アイドル(あるいはエンターテナー)の終わりがこのような悲しさに満ちたものでいいのか、という強い疑問だ。

ここでひとつ補助線を引こう。それは2015年4月にモーニング娘。’15が、東京・新宿駅の地下道に掲示した広告だ。そこには、彼女たちの以下のような「宣言」がある。

2015年4月、新宿駅地下道に掲示されたモーニング娘。'15の広告(筆者撮影)

夢とか希望は、私たちアイドルの仕事だ。

アイドルってなんだ? 歌う、踊る、笑う、それだけの存在か? いや、きっと違う。私たちモーニング娘。は違うと信じている。アイドルとは、最後まで夢とか希望を語れる人のことだ。もし誰もそれを語らなくなっても、夢の大切さを、希望の在り処を、伝えつづけられる人のことだ。18年目の私たちは今、その信念を新たに歌う、踊る、笑う。18年目の新体制、モーニング娘。’15だ。


この一文は、文化産業に携わるさまざまなひとの心に刺さるものだった。とくに「アイドルとは、最後まで夢とか希望を語れる人のことだ」という部分がそうだ。実際、震災直後に多くの芸能人が現地に入り、活動を続けた。それは被災者のひとたちに夢や希望を感じさせることに繋がったはずだ。

そしてこの「アイドル」の部分には、ほかの言葉も代入可能だ。「エンタテインメント」でも「マンガ」でも「映画」でも「音楽」でも、もちろん「SMAP」でもいいだろう。

しかしあの”謝罪会見”や、それによって生じた『スマスマ』の最終回は、SMAPがもう夢や希望を語れない存在になったことを白日のもとに晒した。それが、われわれの感じる悲しさの正体だ。

芸能界の悪しき商慣習

SMAPの解散を「たかが芸能」と捉えるひともいるだろう。ただ、日本のエンタテインメントの中心にいたSMAPは、日本のドラマ、音楽、映画の象徴的な存在でもある。その存在を蔑ろにすることとは、芸能界と関係する日本のドラマや音楽、映画を蔑ろにすることと同義だ。よって、「たかが芸能」と切って捨てられるのは、日本のドラマや音楽、映画などをいっさい享受しないひとだけだろう。

そして、今後われわれが考えなければならないこととは、2017年9月以降のことだ。

今回の解散が生じた背景には、SMAPメンバーがチーフマネージャーとともにジャニーズ事務所からの独立を企図したことがある。結果的に全員ジャニーズ事務所に残留したものの、来年2017年9月の契約更新時になんらかのアクションを起こす可能性が囁かれている。実際、その可能性は決して小さくないだろう。

ただ、あの”謝罪会見”が起きたように、芸能界ではタレントが事務所を離れて独立することに大きなリスクが生じる。独立すれば、旧事務所から圧力がかかったり、クライアントのテレビ局などの「忖度(そんたく)」が生じたりすることによって、活動しにくくなる状況に陥る可能性がある。

実際、現在NHK以外の民放テレビ局に「のん」の芸名で活動する能年玲奈がいっさい出演できなくなっている。それは、彼女が芸能プロダクションから独立したからだ。芸能界とその取引先であるテレビ局などは、古き悪しき商慣習にいまだに縛られている。SMAPの元メンバーが今後独立を考えたとき、そうした状況に陥る可能性はけっして低くない。

もちろん同業者の仕事に圧力をかけることは、本来的には独占禁止法の「不当な取引妨害」に抵触する。しばしば囁かれる「共演NG」という言葉も、表立ってそれを明示すれば、違法行為である。ただ、それらの交渉の多くは、関係者同士の水面下で行われるために、「圧力」を証明することは簡単ではない。

国会議員も注視するSMAPメンバーの今後

井坂信彦衆議院議員(2016年8月/筆者撮影)

こうした芸能界の悪しき商慣習を疑問視する国会議員も存在する。そのひとりが、衆議院議員の井坂信彦議員(民進党所属)だ。井坂議員は、”謝罪会見”から間もない2月3日に、「SMAP騒動と放送法に関する質問主意書」を内閣に提出した。「質問主意書」とは、文書による内閣への質問のことだ。その内容は、韓国のJYJ法(詳細は「テレビで「公開処刑」を起こさないための“JYJ法”」)を踏まえたうえで、日本の放送法改正などについて質問したものである。

これに対する安倍総理の答弁は、「お答えすることは困難である」と鈍いものだった。

筆者は、来年1月に刊行する著書『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)のために、解散発表後の8月に、井坂議員に直接会って今後考えられうることについて話を訊いた。厚生労働委員を務めたきたこともあってこの一件を「働き方」の問題として捉え、また放送法にも明るい井坂議員は、以下のように話してくれた。

「現在は、まだなにも起こっていない状態だと言えます。法律を作るには、その根拠となる立法事実と呼ばれる事象が必要となりますが、それはまだ確認できません。今後も4人が不自由なく活動できる状態が続けば、法律を作る必要は生じません。韓国のJYJのケースでも、4~5年間ひどい状態が続いて、ようやく全会一致で法律が通りました。明らかに人気があるにもかかわらず音楽番組に出られないという、異常事態だったのです。逆に、出演回数が少し減った程度で予防的に法改正に動くと、それは政治の過剰介入にもなりかねません。ただ、もし極端に仕事を干されるようなことがあれば、やらなきゃいけないなと思っています。そのときは、私以外の議員もおそらく問題意識を持つでしょう」

出典:松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年/SB新書)

井坂議員が話していることは、けっして大げさではない。芸能が社会のロールモデルとして機能する以上、それは看過されない社会問題だからだ。

松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書/2017年)

結局のところ、SMAPの解散が見せてしまったことは、28年間必死に仕事を続けて立派な結果を残しても、「公開処刑」のような”謝罪会見”をさせられた挙句に、古き悪しき「義理と人情」を振りかざす年寄りによって、悲壮な解散に追い込まれるという事態だ。あの一件が多くのひとの反感を買ったのは、規模は異なれど日本のいたるところでいまも起きている事態だからだ。

もちろん国会議員のなかには、井坂議員とは対立する立場の者もいる。”謝罪会見”のときに文部科学大臣だった馳浩議員(自民党)は、「私の妻も芸能界にいて、芸能界のしきたりはわかっているので、それを踏まえても5人一緒で良かったと思っている」(NHK「かぶん」ブログ2016年1月19日)と答えた。それは実質的に、芸能界のあの商慣習を是認する発言と捉えられる。

韓国では、法改正までして芸能界の状況を変えようとしている。日本の国会が、どれほどこの問題に真剣になれるかが今後は注目される。

地上波テレビ時代の終わり

最後に、あらためてテレビ時代の終わりについて触れておこう。

前述したように、『スマスマ』の最終回は、おそらくテレビ放送時代の終わりを意味している。ただし、それは決して“テレビの終わり”ではない。あくまでも“地上波テレビ放送の終わり”だ。

もちろん、地上波テレビ放送は決してなくなることはない。ただ、テレビ放送がポップカルチャーの中心に位置することが、本格的に終わるのである。その背景には、ネット回線を使ったサブスクリプション・テレビ(STV)の存在があるからだ。

2015年から日本でもサービスを開始したNetflixとAmazonビデオは、Huluに続いてオリジナルの日本のコンテンツを当初から配信している。フジテレビの『テラスハウス』、吉本興業の『火花』や『ドキュメンタル Documental』、アミューズの『深夜食堂』、NHKの『NHKスペシャル』などである。テレビ朝日がサイバーエージェントと組んで始めたAbemaTVや、スポーツ中継専門のDAZNもある。もちろんYouTubeやニコニコ動画はそれ以前から人気だ。

地上波テレビ放送は、こうしたさまざまな映像配信サービスによって完全に相対化されつつある。地上波テレビの視聴率の低迷は、多くのひとがSTVで好きな番組を好きなタイミングで楽しんでいるからだ。若年者にそれはとくに顕著な傾向だ。地上波テレビ放送に強い期待をいまだに抱いているのは、STVサービスに疎い高齢者を中心とした層であることも明らかになりつつある。長く続いてきた業界のしがらみに囚われたままの地上波テレビ放送は、今後はニュース番組に特化する方向に舵を切ることを余儀なくされるだろう。

STVのプレイヤーに既存の放送局が多く含まれているように、テレビ局も地上波テレビが相対化されることにはある程度は自覚的だ。既得権を保持したまま、ビジネスモデルを徐々に変えていくことは重々承知している。ただ、そうした状況では、SMAPのような“国民的”といった形容をされる存在は、今後はもう現れないだろう。

逆に考えれば、これまで続いてきた芸能界の悪しき慣習がSTVでは通用しないことを意味する。なぜならNetflixもAmazonも外資系だからだ。そこでは、日本国内だけで通用する商慣習は機能しない。SMAPのメンバーがもしジャニーズ事務所を辞めて、地上波テレビでの活動を制限されたとしても、いまは十分に活躍の場はある。

SMAPの終わりはたしかに地上波テレビ時代の終わりではある。だが、新しい時代の幕開けになる可能性が高い。古き時代が終わり、新しき時代が始まるのである。『スマスマ』最終回で歌われた「世界に一つだけの花」は、結果的に地上波テレビ時代の葬送曲だったのである。
  


Posted by いざぁりん  at 00:12

2016年12月29日

サンタマラソン

Posted by いざぁりん  at 00:11