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頑張れ、若者!
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all
(以下は、コピーです)

いま沖縄では、若い世代の動向に注目が集まっている。アメリカ軍基地に翻弄される苦難を味わってきた戦後世代とは別に、生まれたときから基地と共存してきた世代ゆえの葛藤を抱えた若者たち。辺野古新基地建設の是非を問う県民投票にこぎ着けた彼らの胸中を追いながら、苦悩する沖縄のいまを探る。
【第1回】沖縄の彼女が波風立てても世に伝えたいこと(2019年1月30日配信)【第2回】沖縄の若者が「戦後世代」との間に見る高い壁(2019年2月3日配信)

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 2019年が明けて10日ほど経ったときのことだ。

 アメリカ軍新基地建設のための辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票の署名集めに奔走していた「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎代表(27歳)から、若手の主要メンバーにラインのメッセージが届いた。

 「ハンガー・ストライキをやろうと思うんだよね」

 メッセージを受け取ったひとりである大城章乃さん(27歳)は、LINEで流れてきた言葉に目を疑った。そこまでやらないと、いけないものなのか。
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■迫られた決断

 疑問をぶつけてみた。

 「それがいま、私たちができることでいちばん効果があること?」

 元山さんから、すぐに返信がきた。

 「だと思う」

 彼が一度決めたらいくら説得しても無駄だ。大城さんは、こう答えた。

 「だったら、サポートするよ」

 リーダーがハンストしなければならないほど、自分たちは追い込まれている。そう感じた。

 大城さんは、それまで政治に関わったことはない。那覇市出身で、東京での大学時代は政治とは縁遠いバンド好きの少女だった。大学3年のときにアメリカに留学し、大学を卒業後は奨学金を得てハワイ大学の大学院で社会学を学んだ。
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 帰国して間もない昨年3月、後輩から県民投票を目指す若者のためのチラシをもらった。気軽に参加した会合だが、主催者の元山さんの話を聞いているうちに、同じ年齢の大学院生が1年間休学してまでやろうと思っていることを応援したいと思った。

 元山さんは、アメリカ軍の普天間飛行場を抱える沖縄県宜野湾市出身だ。東京の国際基督教大学に通っていたころに、安倍晋三内閣が国会に提出した安全保障関連法案に反対していた若者の組織SEALDs(シールズ)に加わった経験がある。辺野古新基地建設の埋め立ての是非を問う県民投票が、当時、政府と対峙していた翁長雄志前知事の後押しになればと2017年12月に「辺野古」県民投票の会を立ち上げ、昨年4月からは、一橋大学大学院を1年間休学して取り組んでいた。


 大城さんは、元山さんが辺野古の新基地建設をストップさせたいという思いが強いことは理解している。だが、彼が一方で言い続けているのは、対話の必要性だ。沖縄戦や戦後のアメリカ軍統治下で抑圧されてきた世代と、その苦難を知らない若い世代。新基地建設を容認する人たちと反対する人たち。それに島で生活する人たちがさまざまな問題を抱えていることも、同じ県内で知られていない。アメリカ軍基地という外からもたらされたものを巡って生じるさまざまな分断を乗り越えるために必要な対話。県民投票はその対話につながる、と元山さんは考えているのだ。 
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 5月から、署名集めが始まった。だが、スタッフにとって、住民投票は初めての経験だ。署名用紙をつくる作業さえおぼつかない。2カ月で有権者の50分の1に当たる2万3000筆が実施の条件だ。しかも、元山さんは、全市町村で有権者の50分の1を集めたいという。周知さえできていない中、街頭で署名を集めても効率が悪い。1カ月経っても5000筆ほどしか集まらない。大城さんは焦った。「やばいことに足を突っ込んでしまった」と後悔するが、元山さんは、「何とかなるでしょ」と悠然と構えている。
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 元山さんが言うとおり、転機はすぐに訪れた。署名が思うように集まっていないことが地元紙で報道されると、県民から事務所に電話が殺到した。

 「どこで署名すればいいの?」「用紙をちょうだい。仲間で集めるから」

 署名は瞬く間に増えていく。最終的には条件を大幅に超える約10万1000筆(重複などを精査した結果は約9万3000筆)に達した。県議会で県民投票条例が可決され、あとは機運を盛り上げていくだけだ。

 だが、落とし穴が口を大きく広げて待っていた。
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■県民投票に異論あることは百も承知

 年末から年始にかけて、沖縄市、宮古島市、石垣市、うるま市、それに元山さんの住民票のある宜野湾市の5市長が、不参加を表明、ないしは最終判断を保留していた。

 元山さんらは各市の市長や市議会議員に面会を求めて参加を請うたが、意思を覆すことはできない。このままでは有権者の3割強にあたる約36万人が投票できないことになる。住んでいる地域によって1票を行使できない人が出てくる。常識から考えたら理不尽極まりないが、5市長はかたくなだ。窮地に追い込まれた元山さんが、思い悩んだ末に行きついたのがハンストだった。
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Posted by いざぁりん  at 23:11

2019年02月10日

(続き)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all&p=3
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all&p=4
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all&p=5
(以下は、コピーです)

 元山さんは、いきなりハンストに突入するのは危険だとのアドバイスを受けて、数日間は食事制限をして身体を慣らしていった。そして1月15日朝8時半から、宜野湾市役所前でハンストに突入した。元山さんの宣言だ。

 「沖縄の先人たちは土地を守るためにあらゆる場面で闘ってきた。投票権を勝ち取った1968年の主席公選から約50年経って、やっていい投票と、やってはいけない投票があるのは、あまりに屁理屈。これに抵抗するためのハンストはありだと思う」
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 主席公選とは、沖縄が本土に復帰する前に行われた琉球政府行政主席を選ぶ選挙で、「即時無条件全面返還」を統一綱領に掲げた屋良朝苗氏が、日米政府が推す候補を破った戦後初めての選挙だ。

 今回の県民投票に、異論があることは元山さんも百も承知だ。「危険な普天間基地が固定化されてしまいかねない」「新基地建設に反対か賛成かの2択に、『やむをえない』『どちらとも言えない』の選択肢を加えるべき」などの意見も根強かった。基地建設反対派の人たちの間でも、「玉城デニー現知事が圧倒的な票差で当選したことで、辺野古反対の民意は示されている」「辺野古に土砂投入されたいま、反対勢力を辺野古に集中すべきときだ」など、「戦後世代」からの疑問の声も上がっていた。
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 だが、ハンストがテレビや新聞、ネットなどで報じられると、世論の後押しによって徐々に変化していく。

■ウーマンラッシュアワーの突然の訪問

 ハンスト2日目の16日午前10時、政治を揶揄するお笑いで有名なウーマンラッシュアワーの村本大輔さんが、朝一番の飛行機で駆け付けた。折りたたみいすに座りながら、「対談」が始まった。村本さんがまず問いかけたのが、沖縄の分断についてだ。

 「この普天間の街に育った人間として、基地のこと変に言わないでくれという声もあると思うんですよ。僕も地元が福井県おおい町で原発があって、反対と言うのは大きい声では言えない空気ってあるわけ。そんななか、やり続けるエネルギーとか、どっから出てくるんですか」(村本)


 元山さんは、こう答えた。

 「自分の子や孫から絶対に聞かれると思うんですよね。『お父さん、あのとき何してたの。なんで辺野古の基地できてしまったの』と。そのときに、自分の言葉で話したいなと思って。じゃあ、いま自分に何ができるかなと思って」

 「基地容認とかも、沖縄では言いにくいじゃないですか。元山さんもかつてSEALDsにいたけど、それだけでレッテル貼られ、話していることに耳を傾けない」(村本)。

 「沖縄こそ分断を乗り越えないといけないと思うんですよね。県民投票で1つの答えを出して、分断に1つの終止符を打ちたい」(元山)
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 村本さんはきっと、閉塞感が漂う沖縄と、政治的な発言を続けてたたかれてきた自分と重ね合わせていたのかもしれない。約40分の「対談」を終えた帰りがけ、記者に囲まれた村本さんがもらした感想が、それを示している。

 「選挙でどちらに入れたかも言えない沖縄って聞くんですよ。ケンカになるから。そのなかで意思表明して、飯食わずにあそこに座るという覚悟。僕は勇気をもらいました。大人になればなるほど空気読んで言わなくなる。彼もネットでいろいろと言われているのに、ほとんど文句言わずに誠実に淡々と語った姿。ああいう人が、自分の人生をちょっとずつ変えていってくれるんだろうな」
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 ハンスト1日目を終えた深夜、大城さんは得意の英語でFacebookに長文の文章を投稿した。「私たちはハンガー・ストライキに入ることを決めました。できれば、世界に広めてほしい」といってハンストの目的と、これまでの経緯を詳しく記した。シェア数は450件近くに達した。

■「許可取ってるんかあ!」と右翼の攻撃

 2日目から翌日にかけては小雨模様で気温が下がる。夜中には13℃台に。沖縄でこの寒さはこたえる。大城さんは、インスタグラムにこう書き込んだ。
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 「My heart aches so much」(私の心が痛む)

 小雨のうえに、これだけ肌寒い。空腹感に耐えるのはつらそうだ。それでも頑張る姿を見て、苦しかった。2日目を終えた深夜だった。大城さんらサポートメンバーが話し合った。終わりは誰が決めるの?  元山さんに何かあったら、どうするの? 

 疲れているのに申し訳なかったが、本人を起こして尋ねてみた。

 「見ていて、きつい」と大城さんは伝えた。

 元山さんは、仲間の不安を受け止めながらも、「みんなの意見はわかるけど、5市の市民の投票権は奪われたまま。身体的にはまだいける。僕は続けたい」と答えた。


 署名集めがうまく回らないときも、元山さんの悠然と構えていた姿を思い出した。

 「大丈夫。彼の言葉を信じよう」

 3日目、大城さんの心は少し軽くなっていた。ハンストと同時に集めていた県民投票実施を求める請願書の署名に訪れる市民の姿も増えてきた。だが、今度は右翼の攻撃にさらされることに。

 街宣車に乗った右翼が道路から大音量のスピーカーで追及してくる。

 「市役所の許可を取ってんのか!  不法にテントなんか立てておかしいだろ!  ルールを守れないのか!」
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 元山さんたちは、市役所には文書で「ご迷惑をおかけします」とは断っているものの、正式な許可を得たわけではない。そこをついてきている。署名に訪れる市民が遠巻きに眺めている。サポートにやってきた大学生らの表情も少し強張っている。

 すると、テント内で身体を休めていた元山さんが表に出てきた。テント前で仁王立ちだ。右翼が「元山君!」とターゲットにして攻め立てる。だが、元山さんは、最後まで矢面に立ち続けた。

 大城さんらスタッフは、この日から元山さんの体力を温存するために、個別取材の代わりに時間を決めて会見を開くことにした。私は、元山さんからハンスト初日に話を聞いただけで、あとはずっと現場に立って様子を眺めているだけだった。「メディアへの対応がいちばん体力を消耗します」という彼の冗談ともつかぬ言葉が耳に残っていたからだ。でも、どうしも「仁王立ち」の真意が聞きたくて、元山さんがひとりになったときに、1つだけ尋ねてみた。
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 「なぜ、仁王立ちに?」

 彼は答えた。

 「署名に来てくれる人たちが不安にならないように、毅然としていようと思って」

 そして夜9時半、水以外を取っていなかった元山さんは、初めて塩をなめた。

■「危険」との医師の宣告に「続けたい」

 4日目。5市長の態度に変化はない。一方、署名に訪れる人たちは、さらに増えている。高校生や元山さんの学校の先輩や後輩も駆けつける。夜の23時近くになっても夫婦で署名に来る人もいる。なかには、辺野古の基地建設に賛成だが、投票権を奪われることに疑問を持った市民もやってきた。スタッフに基地賛成の立場から論戦を挑んでくる若者もいる。市役所には投票権を求める抗議の電話やファックスが殺到した。


  


Posted by いざぁりん  at 23:10

2019年02月10日

(続き)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all&p=6
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264863-toyo-bus_all&p=7
(以下は、コピ-です)

 幼い子を連れてやってきた女性(35歳)は、このハンストに触発され、「私にもできることがあるのでは」と、次の日にバスで辺野古の座り込みの現場を初めて訪れた。市民の間で辺野古問題を考える機運が高まっていることは明白だった。署名総数も、最終的には6500筆にのぼった。

 ハンストは、3日目がいちばんつらいと言われている。空腹で身体に力が入らなくなり、感覚が麻痺して空腹を覚えなくなるという。4日目に入り、明らかに元山さんが衰弱していくのがわかる。話し方もゆったりとしてきて、声も小さくなった。目だけがギラギラと精気を放っている。極限の状況下でも、彼は極力テントの外に座って署名に訪れる人たちに対応している。夕方には病院に出向き、医師の指示で点滴を受けた。
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 事態は変わらぬまま、週末を迎えた5日目の夕方、通ってくれていた医師が血圧を測る。2日前には150を超えていた血圧が、90台に急激に下がっている。

 「これ以上続けたら危ないです」

 その様子を主要メンバーが見守る。そのひとり、与那覇卓也さん(24歳、仮名)は、上からモノを言わずに意見を聞いてくれる兄貴分のような元山さんを慕い、会の発足当初から行動を共にしてきた。辺野古に土砂が投入された日、ショックで謎の高熱を出して寝込んだ。その悔しさを乗り越えるために、できることは小さいことでもすべてやろうと心に決めた。今回のハンストもアルバイトで抜ける以外は、サポートのために泊まり込みを続けてきた。
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 元山さんの脇にしゃがんで、与那覇さんが声を掛けた。

 「どうしますか?」

 このとき、公明党の県議が調整に乗り出していることは聞いていた。政治の動きが加速するかもしれない。いま、元山さんに何かあったら、会としての判断を迫られたときに困る。

 今度は、大城さんが元山さんに語りかけた。

 「このハンストがきっかけで県民投票について考える人が増えてると思うよ」

 分断を乗り越えるための対話を促したいという彼の目的は、十分に果たされていると感じたからだ。


 だが、元山さんは首を縦に振らない。

 最後は、与那覇さんが告げた。

 「これで、終わりにしましょう」

 元山さんは、「うーん」と無念そうだが、最後には折れた。

 「悔しいけど、わかった」

 105時間に及ぶハンストが終わった。

 フラフラと立ち上がり病院へと向かう元山さんを、与那覇さんが肩を貸して支える。ふたりで駐車場へ向かう途中だった。小さな声で元山さんがつぶやいた。

 「本当に、ありがとう」

 めったに礼など言わない彼の思いが、痛いほど伝わってくる。自分も悔しさが込み上げてきた。
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 「全然、いいっすよ」

 そう答えた。

■「大人が静観してていいのか」と政治が動く

 そして彼らの行動が、政治を動かした。

 公明党の金城勉県議が、県議会の新里米吉議長に賛成・反対の2択から、3択へと変更して実施できるよう与野党の調整を願い出ていたのだ。公明党内部でも、ハンストに誘発された市民の声が寄せられ、動くことになったようだ。その金城県議が、謝花喜一郎副知事に3択案を示したときのやりとりが、地元紙に紹介されている。
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 「沖縄の未来を担う若者が一生懸命にやってるのに大人が静観してていいのか、と金城県議から話があった」

 当初、かたくなに2択を譲らなかった与党も、玉城デニー知事から「私の責任でやらせてほしい」と要請されたことも手伝って態度を軟化させていく。沖縄では野党である自民党が最後までもめたが、最終的には2月24日の投票日をずらすことなく、全県で「どちらでもない」を加えた3択での県民投票が実施できることになった。
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 2択を前提に署名集めをした元山さんらにとって、3択は妥協の産物だ。だが、全県民が1票を投じることができるようになったことは、何にも代えがたい。

 大城さんが大学生のころ、留学先のアメリカ・ロサンゼルスで、世界中の若い沖縄出身者が一堂に会する「世界若者ウチナーンチュ大会」に参加したことがある。沖縄を知らないはずの2世、3世がエイサーを踊る光景が壮観だった。鳥肌が立つほど心が揺さぶられ、沖縄にいるときは感じなかった県人としての誇りがみなぎるのを感じた。
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 与那覇さんも同様だ。留学先のハワイで県人会の人が奏でる三線やウチナーグチ(沖縄の方言)を聞いて、アイデンティティーを自覚した。沖縄と向かい合うようになったのは、それからだ。

 海外や東京などに移住して初めて沖縄の置かれている立場に思いをはせて、その沖縄のためにできることを模索する。そんな若者が沖縄の陥っている迷路に光を照らそうとしている。まだまだ、その意識が広がっているとは言い難いが、彼らの捨て身の覚悟は、世論と政治を動かす力を持っている。
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辰濃 哲郎 :ノンフィクション作家

  


Posted by いざぁりん  at 23:09
拡散希望。
こちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=LO_aJpvuuDc  


Posted by いざぁりん  at 00:20
「「どちらでもない」に投票した学生は「(基地問題について)よく知らない中で、判断していいか迷う」と話した」、とのこと。
調べればすぐにわかることさえ、調べようとしない学生。
学生の資格がありません。
民主主義を担う資格がありません。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190209-00000009-ryu-oki
  


Posted by いざぁりん  at 00:20
自公維は、逃げたことになります。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190209-00000063-jij-pol
(以下は、コピーです)
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設の是非を問う24日の県民投票を控え、県議会各会派代表者らによるシンポジウムが9日、宜野湾市で開かれた。

 県政与党の社民、共産両党は移設反対の民意を示したいと表明。一方、自民、公明両党は参加しなかった。

 シンポジウムを主催したのは県民投票条例制定を県に直接請求した市民団体。欠席の理由について自公両党からは「都合をつけられなかった」(自民)、「静かに見守り県民の判断を待つ」(公明)との回答がそれぞれあったという。

 一方、参加した日本維新の会は「今回は静観する」との立場を示した。   


Posted by いざぁりん  at 00:19
幸福に生きたければ、結婚しないことです。
結婚制度とは、資本主義社会維持・労働力確保のために、資本家が労働者に労働力再生産の負担を強いる制度であって、個人の幸福を実現する制度ではないのです。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190209-00905577-jspa-life
  


Posted by いざぁりん  at 00:18