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本人による弁明が、必要です。
報道は、こちらです。
https://mainichi.jp/articles/20190530/k00/00m/040/171000c?inb=ys
(以下は、コピーです)
 衆院議院運営委員会は30日の理事会で、北方領土を戦争で奪還する趣旨の発言をした丸山穂高衆院議員=大阪19区、日本維新の会を除名=の言動について、北方領土へのビザなし交流に職員を派遣した内閣府と外務省から事情を聴取した。内閣府などは「丸山氏がコニャックを10杯以上飲んだ」と説明。宿泊先に戻った後も外出を求めて騒ぎ、その際、「会期中は不逮捕特権で逮捕されない」「おっぱいもみに行きたい」などと発言したと報告した。報告の詳細は以下の通り。



【ビザなし交流の概要】

・令和元年度第1回ビザなし交流事業は5月10~13日に実施され、国後島を訪問。主な島内活動は、日本人墓地墓参、文化交流、ホームビジット等。訪問中は国後島の友好の家に宿泊。参加団員は元島民、国会議員、公務員、報道関係者、通訳等の計65人。

・丸山氏の参加は「沖縄及び北方問題に関する特別委員会」の推薦に基づき、内閣府より実施団体に推薦し決定された。



【経緯】

・4月23日、丸山氏本人に対し、内閣府が事業の趣旨や、団体行動をとる旨を説明した。

・5月9日の事前研修会で、実施団体から参加団員に対し、団体行動や、飲酒は適量を心がけることなどについて説明した。

・国後島上陸後、5月11日夕刻、丸山氏がホームビジット先でコニャックを少なくともショット10杯以上飲んだとの報告を受けた。

・ホームビジット先から宿泊先(友好の家)に戻った後も、丸山氏は外出を強く希望した。その後、丸山氏は食堂に入り、政府同行者は丸山氏が外出しないように、宿舎入り口において監視にあたった。

・丸山氏の食堂内の様子については、実施団体から、コップで机をたたき、大声を張り上げていたとの報告を受けた。

・同行していた報道関係者からの取材妨害がなされたとのクレームによると、丸山氏が団長に対して、耳元で大声を出したり、北方領土は戦争で取り返せばいいといった発言をしたことにより、団長がこれ以上は取材を受けることができないと、取材を打ち切った。

・食堂を閉めた後、自室に戻る途中の丸山氏が他の団員ともみ合いとなり、実施団体と共に、政府同行者が止めに入った。

・その後も、実施団体及び政府同行者が自室に戻るように促すも、部屋に戻る、出て騒ぐ、職員が戻るよう促すことを繰り返し、25時近くまで続いた。

・その際に、「外に飲みに行きたい」「君たちは警察でもないのになぜ外出を止めるのか。私は、会期中は不逮捕特権で逮捕されない」旨の発言があった。

・12日の朝食時、実施団体の助言に基づき、丸山氏から団員に対して謝罪が行われ、これに納得しない団員の求めに応じ、昼食時に再度、謝罪がなされた。



【11日夜のその他の発言】

・丸山氏が外出を強く希望した際に、「友好の家の前の建物の左側のネオンがついているところは飲み屋か」「女性がいるのか」「おっぱいもめる店?」「おっぱいもみに行きたい」「そこに飲みに行く」などの発言を確認した。
  


Posted by いざぁりん  at 02:43
五輪を、廃止しましょう。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190530-00000030-sasahi-soci
  


Posted by いざぁりん  at 02:42
選挙ではなく、くじ引き、というのが、素晴らしいです。
報道は、こちらです。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14038413.html?rm=150
(以下は、コピ-です)
 ■民主主義の危機への治療法示す

 「民主主義には二度万歳をしよう。一度目は、多様性を許すからであり、二度目は批判を許すからである。ただし、二度で充分。三度も喝采する必要はない」。こう書いたのはイギリスの作家E・M・フォースターである。この作家にとって、三度の喝采に値するのは、ただ「わが恋人、慕わしログイン前の続きき共和国」のみであった(小野寺健編訳『フォースター評論集』岩波文庫)。

 昨今の民主主義批判にはもはや審美的要素はない。批判は民主主義の根底に突き刺さり、万歳二唱どころかせいぜい一唱、果ては民主主義否定にまで及ぶ勢いなのである。政治家は国民を代表していない、民主主義はまどろっこしく、効率性に欠ける。このような疑念の隙間から、決められる政治、強い指導者への願望が高まっていく。

 政治的指導者は国民を真に代表していないとする「正統性」の危機は、指導者と国民を一体化させるポピュリズムに力を与え、他方の「効率性」の危機は専門家支配、すなわちテクノクラシーの台頭を促す。このような民主主義の根底に関わる疑惑を、本書の著者は「民主主義疲れ症候群」と呼んでいる。

 今日、世界に蔓延(まんえん)する民主主義の危機はどこに淵源(えんげん)を持つのか。政治家の人材払底にか。民主主義それ自体にか。それとも民主主義の一形態である代議制民主主義にか。このように順次問い質(ただ)していった揚げ句、危機の原因は選挙型代議制民主主義にあるとの診断が下される。そしてその根本的な治療法として提案されるのが、抽選と投票による代議制、すなわち二重代議制である。

 これは意表を突く結論である。われわれは民主主義といえば条件反射的に選挙を思い浮かべる。しかし古代ギリシャ以来の民主制の歴史を見れば、抽選による民主主義は決して夢物語ではない。選挙がイメージ操作の対象と化している今日、本書の主張は一考に値するだろう。

 評・間宮陽介(京都大学名誉教授・社会経済学)

     *

 『選挙制を疑う』 ダーヴィッド・ヴァン・レイブルック〈著〉 岡崎晴輝、ディミトリ・ヴァンオーヴェルベーク訳法政大学出版局 3672円
  


Posted by いざぁりん  at 02:42
なるほど。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190601-00028866-president-bus_all&p=2
(以下は、コピーです)
 人はいったん孤独になると、再び、人とつながることを極端に恐れるようになる。一度拒絶された「群れ」に戻ろうとすることは、再び、拒まれ、命の危険にさらされるリスクを伴うからだ。それよりは、何とか1人で生きていくほうが安全だ、と考えて、閉じこもりがちになる。

 慢性的な孤独下に置かれた人は、ほかの人のネガティブな言動に対して、極度に過敏になったり、ストレスのある環境に対する耐性が低くなったりする。さらにアンチソーシャル(非社交的)、孤独を深めていく、という悪循環に陥りやすい。このように、孤独は、恐怖心をかき立て、人を自己中心的、攻撃的にすると考えられている。

 長期的に孤独の人が増えれば、日本はさらに、不寛容な社会へと変質していく可能性がある。ブランドコンサルティング会社のリスキーブランドによる調査では、この10年、日本では「冷笑主義(シニシズム)」の傾向が高まっている。日本社会では「積極的に社会とかかわる」「深く考える」という人が減り、「社会とは一定の距離を置く」「刹那的に生きる」という考え方に振れる人が増えているというのだ。

■「孤独」が莫大な経済的損失を招き、社会としての寛容性を奪う

 高齢者クレーマーの増加など「不機嫌な孤独社会」の萌芽はそこかしこに見えている。「孤独」の弊害は、海外では大きな社会問題としてとらえられており、「孤独」が国民の健康を害し、莫大な経済的損失を招くとして、国を挙げて調査や対策の取り組みが始まっている。

 筆者はそういった孤独の負の側面について警鐘を鳴らすべく『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)を昨年、出版したが、寄せられた多くの声が「孤独の何が悪い」「人とかかわりたくない」というものだった。

 実際に、書店には「孤独のすすめ」「極上の孤独」などと、孤独を極端に美化し、その「効用」を説くような本が山のように並び、多くがベストセラーになるなど、「孤独礼賛」の機運が極めて高いことに驚かされた。  


Posted by いざぁりん  at 02:41
主観的幸福の要因が、コミュニケーション。
報道は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190601-00028866-president-bus_all&p=2  


Posted by いざぁりん  at 02:39