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こちらです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150929-00079092-diamond-soci&p=1
(以下は、コピーです)
 つい最近都内の有名私立大学の医学部付属病院で起きた「事件」を取り上げたい。

 受付の女性職員に「言葉による暴力・脅迫行為」をする男性がいた。男には、そのような思いはないのかもしれない。しかし、現場にいて一部始終を見ていた筆者からすると、それは「脅迫」にしか見えなかった。
 
 しかも、職場にいる他の職員たちは、誰もこの女性を助けようとしなかった。なぜ、名門大学病院の中で、しかも衆人環視の中で、こんな問題が生じたのか……。それを考えていくと、この病院という大組織の中で見た光景からは、多くの企業がぶつかる問題が透けて見えてくる。

● 病院の受付に鳴り響く患者の怒号 顔面蒼白で対応する若い女性

 「だから、何度も同じことを言わせるな! 」

 9月24日、午前10時――。

 「さっきと同じことを聞くな! 」「だから、何度も同じことを言わせるな! 」

 70代前半と思える男性の低く太い声が、フロアに響く。この病院の患者だが、その声には張りがある。老人とは思えないほどに背中は広く、背筋がまっすぐに伸びている。

 ここは、大学病院の消化器内科の受付。JRの某駅から数分の場所にある私立大学の医学部だ。がんの出術や治療で「権威」と呼ばれる医師が多数在籍することで知られている。

 男性が罵声を浴びせているのは、受付の20代半ばとおぼしき女性。入職し、数年を経た感じだった。背が170センチほどと長身でスリム。目が大きく色白で、清潔な雰囲気がある。

 筆者がこの病院を訪れるようになったのは、1995年からだ。年に数回のペースで、胆嚢や胃などの検査を行なっている。十数年前までは、受付に3~4人の女性職員がいたが、ここ5~8年は常時2人になった。しかも、以前は40~50代のベテランの女性たちが多かったが、今の平均年齢は20代後半くらいと若くなっている。

 男性が怒声を上げたとき、受付には20代の女性しかいなかった。ぎこちない応対ではあるが、丁寧で誠実なものだった。もう1人の女性職員は、裏にある事務所に戻っていた。男は、10分ほど前に受付に現れた。保険会社に提出する書類を求めているようだった。この消化器内科で入院か、通院などをしたのだろう。そばに寄り添う家族などはいない。背広を着ている後ろ姿を見る限りでは、紳士だった。

 筆者は、受付から数メートル離れたソファに座っていた。当初、男の質問に女性の職員は丁寧に答えていた。だが、男はその受け答えに不満を持ったようだ。

 「同じことを聞くなよ! 」「おい、聞いているのか! 」「だから、何度も言わせるなよ! 」

 男が、次々とまくしたてる。女性の顔の表情が、一瞬で変わる。色が一段と白くなり、顔をひきつらせる。30~50センチほど後ろにのけぞる。声が震え始める。それでも、なんとか説明を続ける。か細い声がかすかに聞こえる。男は、その1つ1つに反論する。

 「それは、さっき言っただろう! 聞いていなかったのか! 」

 男はエスカレートする。女性だから反撃してこないと思ったのかもしれない。自らの左手を女性の頭のほうに突き出し、振り回す。側頭部をこづくマネまでする。女性はまた後ろに下がりつつ、必死で説明しようとする。

 その様子を見て、男は調子に乗る。受付のカウンターに右手をつき、前かがみになり、左手で女性の顔や頭をつかもうとする。男の背は170センチほどで、カウンター越しの女性にその手は届かない。

 「逃げるな! おい、聞け! 」

 左手で女性の長い髪をつかまえようとする。女性は1メートルほど後ろに下がる。声が出ない。顔がひきつったままだ。男の声がフロアに響く。

 「だから、何度も同じことを言わせるな! 」

● 100人近くの人が見て見ぬふり 女性1人が脅迫される異常な空間

 受付前のソファに座るのは、患者やその家族たち。80~100人ほどはいた。だが、誰一人として男の行動を制止しようとする者はいなかった。筆者は、4段あるソファの最前列に座っていたが、立ち上がることができなかった。男が70代前半くらいであり、認知症か精神疾患など、何らかの障害を抱え込んでいるように見えたからだ。あえて止めるまでもない、と思った。

 そんななか、たった1人だけ受付から数メートルほどのところで立ち止まり、振り返って見ていた男がいた。髪は地肌が見えるほどに薄くなり、腹が突き出ている。40~50代のように見えた。腹が立ったのだろうか、受付前で興奮する男に何かを言おうとしている雰囲気だ。だが、2~3歩受付のほうに向かうが、そのまま進まない。迷いもあるようだった。

 筆者の左横に座る中年の女性が、一緒にいる主人らしき男性に話しかける。

 「他の職員の人を早く呼ばないと、若い女の人が殴られるよ」「あの男は、まともじゃないよ……」

 3分ほどにわたり、男は罵声を浴びせ続けた。女性は体が動かない。立ったままであり、肩のあたりが震えている。こんな事態になっても、なおも男に向かって説明をしようとしていた。その間、職員も看護師も医師も現れない。患者やその家族たち80~100人ほどもまた、何もしなかった。

 女性が、腰が抜けたかのようにしゃがみ込むそぶりを見せた。貧血のようだった。男は突然、声が小さくなった。勝ち誇ったかのように左手を軽く振り回し、その場を離れた。振り返るときに顔を見たが、メガネをかけていて、意識が朦朧としているような表情だった。胸を張り、悪びれた様子もなく、小走りに階段のほうに向かった。

 女性は、受付のカウンターの中にある椅子に10秒ほど座っていたが、その後、その壁の向こうにある事務室に入った。カウンターには、誰もいなくなった。壁に肩がぶつかり、「ドーン」と音が響く。

 数分すると、他の女性職員がカウンターに現れ、患者などへの対応をしていた。奥に入ったままだった20代の女性は、10分ほど後カウンターに戻った。頬は引きつり、顔色は青白いままだった。目の表情はうつろだ。生気がない。椅子に軽く座り、パソコンに向かい、画面をじっと見ている。ろう人形のように動かない。

 横に座る他の女性職員が声をかける。その間の距離はわずか30センチしかないのに、聞こえないようだった。肩をたたかれ、ようやく返事ができる。会話があまりできない。話の途中でパソコンの画面に視線を戻す。またろう人形のようになり、しばらく動かなかった。

● 助けい合いも支え合いもない 病院の受付で疲弊する若手

 さらに10分ほど経った。この間、ベテランの女性が1人で、目の前に現れる患者やその家族に対応をしていた。20代の女性は表情がまだこわばっていたが、顔色は多少よくなり、赤みが出てきた。しばらくすると、患者などの対応をするようになった。

 親子くらいの年齢差がある2人の女性職員は、目で合図をし合ったり、声を軽くかけ合い、次々と患者の質問に答えたり、書類を発行したりしている。筆者がこの20年見ている限り、ここの受付の職員たちは、職人芸とも言えるほどに慣れたものだった。

 しかし、この日は違った。筆者は、2人の女性職員の姿を「助け合い」にも「支え合い」にも感じられなかった。「OJT」にも見えなかった。無責任な病院の体制の中、なおも健気に職務を遂行する20代の女性職員と、腫物に触るかのように接する中年の女性職員の姿しか、そこには見えなかった。

 受付は何事もなかったかのように静かになったが、問題は何も解決されていないように思えた。問題が起きた理由の1つは、受付にキャリアの浅い女性職員しかいない時間が長くあったことだ。十数年前までは、職員が1人だけになる時間はまずなかった。20代の女性の対応にも慣れないものがあったのかもしれない。それが、あの男を怒らせたのかもしれない。しかしそれを踏まえたとしても、男の言動には理解できないものがある。

 人の命を預かる病院は、本来緊急のバックアップ体制を整えていないといけない。少なくとも、緊急事態に対応できない数の職員しか現場にいないような状況は、あってはならないと思う。

● 経営陣による人件費の圧縮で リスクに晒される現場の実情

 筆者はその後、この病院の職員らが加盟する労働組合の役員らに確認した。それによると、消化器内科に限らず、ここ5~8年、職員の数は明らかに減っているという。病院の経営陣が、人件費の圧縮をしたいのだそうだ。組合の役員はこうも指摘する。

 「もしかして、その女性職員たちは派遣社員だったかもしれない。そうであるならば、不意の事態が起きたときに一層混乱が生じることもあり得る」

 このような構造的な問題に対しての具体的な解決策が、あの病院の職員らが働く現場には浸透していないように、筆者には思える。

 診療を終え、受付に向かうと、20代の女性職員の顔色は元に戻り、表情もハリのあるものになっていた。それでも、患者がいなくなり、受付の中にある椅子に座ると、ふっと落ち込んだ表情を見せる。筆者がカウンターの前に立つと、つくり笑いをして、書類を渡した。頬にえくぼができて、ビーバーのような八重歯が見えた。

 その瞬間、とっさに思った。

 70代のあの男は、もしかするとこの女性に甘えたかったのかもしれない。寂しさを紛らわすため、単に若くて可愛らしい女性と接点を持ちたかっただけなのかもしれない。だとしたら、あれほどの剣幕で怒鳴られ、危害さえ加えられかねないリスクに見舞われた女性の心情は、いかなるものだったろうか。女性はこんな職場で、今後も声にすらできない無念さを胸に秘めて仕事をしていくのだろうか……。

 病院を出て、JRの駅に向かう。その下を流れる隅田川のように、筆者の心は濁ったままだった。

● タテマエとホンネを見抜け!  「黒い職場」を生き抜く教訓

 今回のケースについて考えると、前提として70代と思える男性の行為は、大いに問題がある。脅迫めいたものであり、もっと厳しく咎められてよいことだ。警察に通報する人がいても、よかったはずである。そのことを踏まえ、職場のタテマエとホンネを考えたい。

 1.「少数精鋭」という言葉に
 隠された黒いホンネ

 この病院に限らず、ここ十数年、多くの企業は正社員、役員、管理職のポストを減らしている。総額人件費を減らすことが、大きな理由と考えられる。それに伴い、「少数精鋭」「プロ意識」「プロフェッショナル」といった言葉が産業界に浸透した。こうした言葉は、経営者や経済界からメディアなどを通じて、しつこいほどに繰り出されている。

 こういう空気やムードが浸透し、世の中の職場では、社員が20代前半から妙な「プロ意識」を持たされ、仕事に取り組まざるを得ない状況になっている。ところが、そうした状況の裏付けとなる「人材育成の仕掛け」ができていない。十数年前までは、若手はもう少し時間をかけて、しかも見習うべき先輩社員がいる中で、OJTを施されながら働くことができた。

 その意味では、現場の状況はリーマンショック後の2009年頃から、とりわけ厳しくなっている。一段と社員が減り、20代などの若手にしわ寄せがいく職場もある。今回の病院で起きたような問題が顕在化する理由は、この文脈で考えるのが自然ではないかと思う。

 2.「少数精鋭」「プロ意識」
という言葉に騙されるメディア

 「少数精鋭」「プロ意識」というと、言葉の響きはいいが、これらはあくまでタテマエでしかない。組織のホンネとしては、もっと他の思惑があるはずである。本来、職員に「プロ意識を持て! 」と促すならば、職業意識を植え付けるべきである。たとえば、「私はこの事務という職業で、プロになろう」という意識を、職員が自発的に持てるような環境整備や啓発の仕組みづくりが必要だ。

 しかし労組によると、この病院では、受付の女性などは「事務部門」として採用され、定期的な人事異動や配置転換により、全く分野の違う総務や経理もさせられるのだという。つまり職員に職業意識ではなく、大学病院そのものへの就職意識を求めているのだ。職業人ではなく、「病院職員の一員であれ」と促しているわけだ。

 職業意識を植え付けようとしない一方で、職員に「プロフェッショナル」を求めるのは矛盾がないだろうか。労組の役員は、「経営側は医師や看護師はともかく、病院職員に職業意識を植え付けると、人事異動や配置転換などを迅速に、柔軟にできないと危惧している」とも言う。

 このホンネとタテマエの使い分けは、多くの一般企業にも言えることである。経営側は、「職業意識を植え付けよう」「職種別組合をつくるようにしよう」などとは、一切考えていない。そんなことをすれば、経営側にとって不利になるからだ。安易な職業意識は、会社を管理する側にとって、確実にマイナスにに働く。自分たちにとって都合のいい体制を温存しつつ、人件費を削っていく目的で、「プロ意識を持て! 」と促し、発奮させているだけのことなのだ。

 そんなホンネを見抜くことができずに、一部のメディアは企業の経営者が発信する「少数精鋭」「プロ意識」「プロフェッショナル」といった言葉を無批判に受け入れ、報じている。あたかも新しい時代が訪れ、労働者はプロとして黙々と働けば認められる、といわんばかりだ。しかし残念ながら、そんな時代は来ない。もともと多くのメディアは、人事・労務の現場に明るくないこともあり、こういうレトリックで見事なまでに騙されていると言えよう。



Posted by いざぁりん  at 01:05