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こちらです。
http://www.asiapress.org/apn/archives/2015/10/05105712.php
(以下は、コピーです)
兵役は拒否できる──。「その発想自体があまり知られていないのではないでしょうか。現代では、兵役は拒否できるというのが世界のスタンダードになっています」。ドイツやイスラエル、米国などで実際に兵役拒否をした人たちに会い、インタビューを重ねてきた市川ひろみさんはそう話す。

市川ひろみ京都女子大教授

国家がその国民に兵役の義務を課す「徴兵制」がある国は、イスラエルやロシア、スイス、韓国など世界に50ヵ国以上存在する。しかし、フランスでは90年代半ばに、イタリアでは2000年に廃止され、ドイツでは11年に停止されるなど、徴兵制を廃止・停止する国は増加傾向にある。

「徴兵制はそれ自体にコストがかかるということと、戦争のあり方が大勢の人数を送り込んで総力戦で闘うというものではなくなってきたことも要因です。そして、徴兵制を採用している国であっても、良心に基づく兵役拒否の制度を設けることが一般的になってきました。国連も兵役拒否を人権として保障しようとしています」

「戦争には加担できない」「いかなる暴力にも反対する」など、個人の良心に基づいて兵役を拒否する良心的兵役拒否は、宗教的、政治的、哲学的な信仰や信念によるものが多い。なかでもキリスト教徒の一部は、宗教上の教えに従って古くから拒否の姿勢を示し、時の権力者によっては厳しく処罰された歴史ももつ。

市川さんは兵役拒否の類型を、個人の内面の自由に権力が介入しないという「自由主義的兵役拒否」、戦闘役務に代わる軍隊の別の役務に就く「代替役務型兵役拒否」、軍隊や戦争に直接かかわらない役務に就く「民間役務型兵役拒否」、軍隊での役務には就くが特定の戦争や作戦を拒否する「選択的兵役拒否」という4つに大きく分類。
「兵役拒否は、その制度や文化、歴史、時代によってあり方が大きく異なり、社会に与える影響もさまざまです」


米軍の脱走兵支援するカナダ市民、
米国ではベトナム戦争から撤退した1973年に徴兵制が廃止されて志願兵制となり、すべての軍人は自身の意思で入隊する形態となった。良心的兵役拒否も制度化され、兵士は戦闘部隊以外への配属を求めることができるというが......。

「イラク戦争後、申請する兵士が増加しました。しかし、申請には自らの信条や信仰による良心を詳しく記述し、審査で認められなければならないため、容易ではありません。イラクへの派遣を回避するために脱走を選択した人たちも多く、実数は不明ですが05年にはカナダに逃れた人が200~400人とも推測されています」

カナダでは、市民による戦争反対者支援キャンペーン「War Resisters Support Campaign」などが脱走兵の受け入れを支援している。そのキャンペーンにも参加して反戦活動を行なっていた元米陸軍兵士、ダレル・アンダーソンさんは、「無害な市民を撃ち殺すなど、違法な戦争に軍隊の一員として加担したくなかった」と、派遣されたイラクからの一時帰国中に脱走してカナダへ。米国に戻れば逮捕される可能性があったが、カナダでは兵役拒否が「勇気ある選択」として人々から支持され、自尊感情も回復したという。 

一方、二つの大戦を経験し、戦後45年間も東西に分断されてきたドイツにとって、徴兵制は重大な問題だった。「冷戦時代は西に米軍、東にソ連軍が駐留し、緊張状態にありました。もし戦争が起これば、ドイツ人同士が殺し合うことになる。当時は戦争経験者も多く、その記憶や状況は非常に生々しいものでした。誰にとっても兵役は切迫した問題であり、兵役拒否の考え方も進んだのだと思います」

もともとドイツでは兵役について絶対的な服従を求めるものではなかったうえ、ナチス・ドイツを生んでしまった教訓もある。1983年には当時の西ドイツの国防相が陸軍将校の学校において、「あなたたちは異なった見解を表明する倫理的権利だけでなく義務をもっています。知識と良心が求めることを上官に言わないばかりか、その上官が聞きたいと思っているであろうことを言う『先行する服従』ほど不快なものはありません」とスピーチ。

そして、1989年にはベルリンの壁が崩壊した。
「60年代の東ドイツでは良心に従って兵役を拒否する人が続出し、彼らを配属するために建設部隊が設置されました。建設部隊員ら兵役拒否者たちの運動が細く長く続き、壁崩壊へとつながる市民運動の大きな原動力になったのです。体制間の対立は厳しくても、市民が体制にとらわれることなく活動することでつながり、ベルリンの壁にエメンタールチーズのように無数の穴が空けられたのかもしれません」

冷戦後は脅威が減少したことで兵役拒否者が急増。また、ドイツでは1971年に民間役務が認められ、1990年からは良心の審査を国が放棄。1999年には民間役務に従事することを選ぶ若者が過半数を超えた。民間役務の70パーセントが看護や介護など福祉関連の仕事であった。

イスラエルの「イェシュ・グヴウル」
建国以来、絶えず「臨戦状態」にあるイスラエルではどうか。イスラエルでは男女ともに兵役が義務づけられているが、兵役拒否は権利として保障されていない。兵役拒否者は絶対的少数者であり、就職や家族関係にも影響が出るなど社会から向けられる目は非常に厳しい。

「そのイスラエルには拒否者自身による兵役拒否支援団体『イェシュ・グヴウル』というのがありますが、彼らは徴兵制の廃止は求めていません。徴兵制があることで、軍は職業軍隊ではなく市民の軍隊にとどまることができる、市民が入っていることが大切だという考え方です。たとえば米軍は、志願兵制となったことで一部の人たちだけが戦場へ行き、裕福な層は戦場へ行かずに安全でいられるシステムになりました。必然的に関心は薄まり、戦争に至りやすくなった側面があります」

ある自衛官の言葉「とんでもない命令をする政府を作らないで」
戦場にあっても、兵士には国際法や交戦規定を守る義務がある。しかし、すぐに行動しないと自分が殺されるかもしれないという緊迫した状況にも遭遇する。

「国際法廷では、違法なあるいは人道に反する命令を下した上官のみならず、その命令に従った部下も裁かれます。そんな中で〝自身で判断をくださないといけない〟というのは相当に大きなプレッシャーです。そういう状況にならないよう、もっと前の段階で踏みとどまれるようにしないといけません。それは兵士だけの問題ではなく、誰もが社会の一員として考えなければならないことです」

近代日本で兵役拒否をした人は、キリスト教徒などごくわずか。
「まず日本には、個人として国家に対峙するという発想がなかったですし、軍隊の側も拒否者に対してどう対処していいのかわからず、現場レベルでは黙殺されていた例もあります。そして今も、日本国憲法には兵役拒否に関する明確な規定はありません」

そして、ある自衛官の言葉を紹介してくれた。
「私たちは、命令があれば行かざるをえません。だから、みなさんが、とんでもない命令をくだす政府をつくらないでください」

NHKの朝の連続ドラマ「ごちそうさん」では、戦後の焼け野原で、「どないしたらこんなふうにならんかったんやろうか」と主人公が自問し、「おかしい思おたら言わなあかん。これは、無力な大人の責任や」と長男につぶやくシーンがある。

「その言葉にとても共感します。日本では周りに合わせるということが優先され、異議を唱えたり、質問したりすることさえ歓迎されない風潮がありますが、おかしいと思うことはおかしいと言わないといけません。兵役拒否とは、大きな存在である国家に一人で異議を唱えることでもあります。小さくてもそんな一人ひとりの自覚や行動が、社会を変えていくのだと思います」



Posted by いざぁりん  at 00:02