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こちらです。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12409135.html?rm=150
(以下は、コピーです)
 5月2日。ハンガリーの首都ブダペストで、トローチャーニ・ラースロー司法相に憲法改正の狙いを尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「グローバル化が進む中で、共同体を守るためにも、我々のアイデンティティーとは何かを決定したということに、新憲法制定の意味がある」

 同じ日、ブダペストから直線で約9千キロログイン前の続き離れた東京。新憲法の制定をめざす超党派の議員同盟の集会が開かれ、会長の中曽根康弘元首相がこうあいさつしていた。

 「現憲法がグローバル化の中で、はたして日本民族が民族たる意味を示しうるかどうか。国を取り巻く時代の状況変化に十分に対応しうるかどうかが従前に増して大きく問われる」

 二人に共通するのは、グローバル化によって民族や共同体のアイデンティティーが揺らいでいる、だから憲法で国家や民族のアイデンティティーを規定し、国民統合をはからねばならないという危機感だ。

 【1867年】 オーストリア・ハンガリー二重帝国の成立/江戸幕府が大政奉還

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 公演で14年秋にブダペストを訪れた劇作家・平田オリザさん(53)の目には、同じ時期に「帝国」となった二つの国の歩みが重なって見えたという。

 「ナショナリズムとグローバリズムを接ぎ木した新憲法を作ったハンガリー。同じような改憲草案を政権党が持つ日本。過去の栄光や民族の誇りに訴えかけて国民をつなぎとめ、国民国家を維持しようとしている」

 ハンガリー新憲法O(オー)条は、こう規定している。

 「何人も、自己自身に責任を負い、その能力及び可能性に応じて、国及び共同体の任務の遂行に貢献する義務を負う」

 グローバル企業は国境を越え、国に貢献しない。経済成長は頭打ちで、財政赤字は膨らみ、金をばらまくことはできない。トローチャーニ司法相は「福祉国家ではなく、仕事をする義務を果たし、個人が責任をとる社会作りを目指す」と、自己責任を強調する。

 一方、自民草案。「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」(12条)とし、前文は「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り……活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と国家への貢献をうたう。

 家族の共助も強調される。

 自民草案24条が「家族は、互いに助け合わなければならない」とうたえば、ハンガリーの新憲法XVI(16)条は、親の子どもの養育義務に加え、「成人の子は、援助を必要とするその親の世話をする義務を負う」と定める。

 国家はもう面倒をみられないから、自己責任と家族の助け合いでしのいでください――。

 本来、権力を縛るための憲法が、権力によって、国民を都合よくまとめあげる道具として使われようとしている。



Posted by いざぁりん  at 00:42